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ネタバレ必至で読み解く主観的映画批評の日々!

鋼の錬金術師 嘆きの丘(ミロス)の聖なる星

2011-07-27 23:05:59 | 映画(は)
評価点:53点/2011年/日本/110分

監督:村田和也

テレビスペシャル程度の内容。

錬金術師の禁忌である人体練成を行なったエルリック兄弟の兄エドワードは右腕と左足を失った。
弟アルフォンスは全身を失い、かろうじて鎧に魂だけを定着させて生きながらえた。
二人は身体を取り戻すために、兄は国家錬金術師となり、その鍵を握る賢者の石を探していた。
大国アメストリスと対立するクレタは、テーブルタウンと呼ばれる街を境に小競り合いが続いていた。
その間にすむミロスは、谷底深くに追いやられて厳しい生活を続けていた。
そんな中、クレタに逃亡した科学者の娘がアメストリスで密入国が判明する。
同時期、刑務所で脱獄騒ぎがありメルビン・ボイジャーが錬金術を使って逃亡する。
その捜査にあたったエルリック兄弟は、テーブルシティにその手掛かりがあると考え、列車で向かうが…。

原作漫画に忠実なテレビシリーズ「鋼の錬金術師」の劇場公開版である。
以前ここで批評を書いたシリーズとは内容が違うシリーズとなっている。
全く別次元の物語として扱う他ないだろう。

今回の劇場版はテレビシリーズの序盤の物語に挿入される形で構成されている。
よって物語のキーを握るホムンクルスも出てこないし、フラスコの中の小人も出てこない。
賢者の石が人間の生きた命で構成されているということを突き止めたあたりまでの部分だ。
その意味でも以前の劇場版とは位置づけそのものが異なると言ってもいい。

僕は原作を一通り読んだ程度で、テレビシリーズもほとんど見ていない。
今回の劇場版についての予備知識を入れずに見に行った。
TBS期待の星の人気シリーズに恥じないだけの出来になっているだろうか…。
答えは映画館で自分の目で確認するしかあるまい。

▼以下はネタバレあり▼

本編の最も油が乗って面白いところを切り出して、挿入的に映画用の物語を構成している。
アニメも漫画も、本編は終わっているわけで、映画化するとしたらこうしたやり方が妥当だったのかもしれない。
けれども、以前の劇場版を知っている僕たちとしては、やはりどうしてもパンチは弱い。
物語としての結論部の映画化と、挿入的な映画化では重みも違う。
こんな形で映画化するなら、せめてアニメが放映されている時期に合わせるべきだったのではないだろうか。
その時点でこの映画への評価は低くならざるを得ない。
原作漫画も、アニメも終わり、荒川弘はすでに新しい漫画を連載している。
「今さら感」は否めない。

それはともかく、全体的に「ハガレン」らしさは随所にみられる。
ファンはきっと楽しめるだろう。
逆に言えば、原作がある、アニメシリーズがある映画なのでシリーズファン以外にはあまり楽しめない排他的な映画になってしまっていることは仕方がない。
兄弟の設定が丁寧に描かれているため、ここからシリーズに入っていけるように、という配慮も見られる。
けれども、おそらくこれを初めて見た観客は、シリーズにはまれるかといえば、多分NOだろう。
完成度が全体的に低いからだ。

「ハガレン」の面白さの一つが、社会的な要素を入れ込んでいるという点だ。
これまでの少年漫画は完全に架空の話だったり、主人公を取り巻く世界に対する設定が曖昧だったりしていた。
けれども、二人の兄弟が世界を旅する中で社会的な国と国、人と国といった問題を扱おうとしている。
だからこそ、それまであまり国や社会に興味を持たなかった読者層にとって斬新だったのだろう。
しかも、現実を彷彿とさせる設定もある。
時事問題を直視したくはないが、多少知っておきたいという高校生や中学生、そして大人にも知的好奇心をくすぐる効果はあっただろう。

今回の舞台となるテーブルシティも社会的、歴史的背景を丁寧に説明してくれる。
大国どうしに挟まれた少数民族が土地を奪われて、谷深くに生活の場を追いやられている。
大国に挟まれた国、という現代の国際社会ではここかしこに見られる状況が舞台である。
少数民族ミロスは迫害されている自分たちの地位と土地を取り戻すために賢者の石とおぼしきものを探している。
これも自分たちを土地を奪い返すテロリストたちを彷彿とさせる。
ハガレンらしいところは、彼らを大国アメストリス側に立ちながら少数民族ミロスの立場を理解させようとするところだ。
原作でイシュバールの民の立場を理解させようとしたやり方と共通する。

大国にはそれぞれ思惑があり、そしてその大国同士の争いに巻きこまれてしまった不遇のミロス。
その三者の考えが対立し、モラルジレンマを生んでいる。
その葛藤はエルリック兄弟に深く突き刺さり、同時に観客にその矛盾を突きつける。
物語が単なるアニメとして片付けられない理由であり魅力……である。

だが、それに対して用意した答えがあまりにも曖昧だ。
テーブルシティは観客のほとんどが予想できたであろう、賢者の石を生成するための巨大な錬成陣だった。
テーブルシティの人間を犠牲にすることで錬成陣を描き、賢者の石を創り出す。
そのパワーで敵国に対する対抗勢力を得る。

両国の思惑が交錯する中、クレタの作戦はマグマによるミロスの殲滅だった。
マグマを止めるために、ミロスだけではなく、アメストリスのテーブルシティからも錬成の腕を伸ばし被害を抑える、という結論だった。
つまり、両国が痛みを分け合うことで、小国を救うという結論だ。
しかし、その答えは結局「保留」であり、解決ではない。
幻想的で象徴的な錬成の腕を伸ばすシークエンスは感動的に見えて、問題解決には繋がらない。
賢者の石に頼らずに生きていけ、というのはあまりにも安直な結論だ。

アメストリスで賢者の石を探し続ける兄弟は良い。
その場から立ち去ることで問題を回避できるからだ。
しかし、残された彼らはどのような生活が待っているのだろうか。
安易な解答が必要だったのではない。
少なくとも糸口を示さなければ、単なる「きれい事」で終わってしまう。
そして何より、映画としてのカタルシスがあまりにも小さい。

そこに不満が残るのは、物語全体の設定に不自然な点が多いことだ。
それはまるで映画化するために作られた物語であるかのような、そんな不自然さだ。
僕はこの映画をみながら、「まるでサスペンス劇場だな」と思ってしまった。
長い過去、二転三転する真犯人、旅する主人公、スパイスとしての社会的コード。

まず、兄が顔を剥がされた相手を捜せると見込んだのはなぜなのか。
途中で死ぬかも知れない、戻ってこないかも知れない、それなのになぜ行動を起こすまで待ったのだろうか。
そもそも、もっと積極的に殺しに行けばよかったのではないか。
メルビン・ボイジャー(偽兄)は、なぜ5年も妹の密入国を待ったのだろうか。
妹が潜入すると分かっていたのだろうか、もし妹がレジスタンスにならなければどうなっていたのだろうか。
彼の計画はそれだけで頓挫してしまう。
そもそも、両親を襲ったとき、なぜ妹まで錬成陣を剥がなかったのだろうか。
ミロスに堕ちても生きていられる可能性は高くないはずだ。
そう考えると彼の行動や計画には整合性がない。
あまりに無計画な考えではないか。

このようにきちんとひもといていくと、不自然さがどうしても残る。
物語を面白くするために、ドラマティックにするために、物語が複雑化していったような気がしてならない。
根本的な問題として、各主要なキャラクターたちの葛藤や内面が描ききれていなかったからだろう。
顔の皮を剥がれてミロスを見おろしながらクレタに堕ちた兄はどんな思いで妹を捜していたのだろうか。
なぜ、妹が探せると踏んだのだろうか。
結局「個」を描こうとしなければ、物語が先行し、表層的な面白さだけを追求することになる。
そこにあるのは物語ありきの人物であり、安易な内面しかない。
サスペンス劇場が面白いのは、物語の意外性や安定感。
面白くないのは、ステレオタイプの作られた内面しか人物がもっていないということ。
主要人物だけではなく、錬成陣を敷くためのテーブルシティに一般人がほとんど描写されず、アメストリスの軍人だけが住んでいるような町になっているのも物語の重みをなくしている。

僕にはこの映画が、是非描かなければならないテーマ性をもった作品だとはとても思えない。
ただ、話題性のために、関連グッズやDVD(BD)を売り込むためだけの商業的な意図を持った作品としか思えない。

まあ、テレビの映画化なんて、その程度の映画なのだろうけれども。

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4 コメント

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感想 (グーパーすると車酔いしにくくなるよ)
2011-08-03 21:41:37
なるほど。
的外れかもしれませんが、前回の劇場版のストーリーがスタッフみんな――とはいわないまでも、複数のスタッフで練り上げていった感触がありますが、今回の映画は主にシナリオライターがひとりで作った感じがします。
返信する
完全に夏バテ状態。 (menfith)
2011-08-05 07:38:45
管理人のmenfithです。
最近下痢が止まりません。
すみません、いきなり汚い話で。
冷たいものを飲み過ぎなのが原因だと思われますが、毎朝下痢です。
ゲイリー・オールドマンです。
この前は途中下車してトイレに駆け込んだところ、なんと大便が満員。
我慢できないほどの(扉の向こうに体を持って行かれるくらいの)危機だったので、「すみません、急いでください」と見知らぬ人に催促してしまいました。

何か良い飲み物とか食べ物とかありませんかね?

>グーパーすると車酔いしにくくなるよ さん
確かにそうですね。
映画として作ろうという意欲が全然違う気がします。

「コナン」の映画化のような、安易さを感じてしまいます。
前作が、物語の根幹に関わるような題材だったので、妙にハードルが上がったことは確かです。
返信する
Unknown ()
2012-03-11 15:13:25
>メルビン・ボイジャー(偽兄)は、なぜ5年も妹の密入国を待ったのだろうか。
成長を待ってただけじゃなかったかね
普通に出れたらそのまま会いに向かったんじゃ?
返信する
物語の必然性 (menfith)
2012-03-14 00:00:55
管理人のmenfithです。
最近「僕の魔界を救って!」というアプリを入れまして、見事にはまってしまっています。
職場でも魔王軍がどうなっているのか気になって仕方がありません。
まだ初めて数日ですので、しばらくこの状態が続きそうです。とほほ。
そんなことしている場合じゃないのに。
おかげで電池の減りが速くて驚いています。

>成長を待ってただけじゃなかったかね
普通に出れたらそのまま会いに向かったんじゃ?

5年も危険な場所に放置して、しかも彼女が密入国しなければこの計画は成り立たなかったように思えます。
そうだとすれば、先にキャラクターがあったのではなく、先にこの不自然な地形の街が存在し、それが錬成陣となることをおもしろくさせるために、キャラクターが置かれたというような奇妙さを感じるわけです。

そもそも、全体的な構成が、「これ以外に可能性は残されていない」というような「たられば」を問えない必然性を感じられませんでした。
僕がこの映画でおもしろさを微塵も感じられなかった理由をそこに見出したのです。
返信する

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