secret boots

ネタバレ必至で読み解く主観的映画批評の日々!

トップガン マーヴェリック

2022-06-19 16:58:15 | 映画(た)
評価点:85点/2022年/アメリカ/131分

監督:ジョセフ・コンシンスキー

これぞ、アメリカ。

最新の戦闘機開発に携わっていたピート・マーヴェリック大佐(トム・クルーズ)は、直前になって計画と実験の中止を告げられる。
無人戦闘機に取って代わられる時代に突入し、予算の削減と配置換えを求められたからである。
それでも有人戦闘機の必要性を感じていたマーヴェリックは上官が来る前に実験を決行するべきだと申し出る。
なんとか最新戦闘機に乗り込んだマーヴェリックだったが、目標のマッハ10を超えたところで機体が大破してしまう。
重大な規律違反を犯した彼に告げられたのは、特殊作戦に携わるトップガン卒業生の訓練だった。
荒唐無稽な作戦に、作戦を成功させ生還させるというミッション・インポッシブルに挑む。

1980年代に大ヒットした「トップガン」の続編。
冷戦のまっただ中で制作された当時とは違って、アメリカの立場も海軍の役割もすっかり様変わりした。
「今更?」という想いは誰もが抱いた印象だろう。
けれども、それを作品として昇華させたことが、トム・クルーズ主演映画史上最高額の興行収入という記録に表れている。

本業の方が忙しく全く映画館に行く余裕がなかったが、なんとか合間を見つけて駆け込んだ。
前評判通り、多くの人を満足させる映画だった。
そして、こういう映画が評価されること自体が、今のアメリカを象徴しているともいえる。

▼以下はネタバレあり▼

ロシア・ウクライナの戦争を見る限り、アメリカの役割は非常に難しいところに立たされている。
軍事介入すべきだとしても、それが大きな火種になり得る。
かといって、捨て石にするようなことを見逃しては他にも波及するだろう。
プーチンはその足下をみて今回の行動を決めたに違いない。

大国であるが故にその行動や発言は大きな責任が伴う。
どのような行動が、どのような結果を生むのか、だれも知らないその予想を常にさせられている。
それはAIや過去の事象を分析するだけでは見えてこない。
冷戦にもあった情報の収集と分析、現実と理想の葛藤を、今でも常に味わっている。
その意味ではこの映画はタイムリーであったかもしれない。

目に見えた戦う意味が薄れたからこそ、人の意思を、ドラマをないがしろにしては国は守れない。
この映画にはアメリカのあらゆる側面が詰まっているといえるだろう。
そしてそれは現実そのものでもありならが、その中にアメリカの理想も交えられている。
こうであってほしい、こうであるべきだ、そうだよね、やっぱりこうだよね、という人々の欲求を叶える映画になっている。
その意味からも、この映画はまさに正統な続編としての冠を戴くにふさわしい映画である。

マーヴェリックは前作で相棒のグースを死なせてしまったことを常に悔いている。
そのグースの息子が同じ海軍の航空部隊に入隊を希望するという。
そしてトップガンの訓練を終えて特殊作戦を任せるべきメンバーの候補にまで選ばれた。
マーヴェリックは、実戦を経験し、人が死ぬことを知っている。
そのグースの息子に、非常に困難なミッションを託し「死ぬかもしれないが行ってこい」といえるのかどうか。

それはベトナム戦争で悲惨な経験をしたアメリカが、再び戦火になった第三国で、血を流すことを容認できるかというのにも似ている。

先にこの二人の関係から書こうか。
父親を死に追いやったマーヴェリックは候補者リストにグースの息子がいることに驚く。
そしてバーでの賑わいを見たとき、そこにグースそっくりの息子が楽しそうにまわりと騒ぐ姿を発見する。
死んだ父親の代わりにならなければならない。
けれども、安全に生還させる方法など、3週間で身につけさせることは難しい。
「過去にとらわれるな」とアイスマンやペニーに諭されるが、やはり前向きになれない。

再び規律を破り自分がリーダーとして先頭に立つことで、ルースターを導こうとする。
それは「死ぬなら俺が」という覚悟だったのだろう。
自分が安全地帯から見守って死なせるよりは、自らが命を賭して、あわよくば犠牲者は自分だけにしたい、と考えていた。
だが、彼のこの行動にあるのは「自分」だけだ。
ルースターへの気持ちも、グースへの気持ちも、自分だけの感情にさいなまれている。

かくしてミッションを遂行させたとき、敵の追撃を受けルースターを守るために一人敵地に取り残される。
それを助けたのはルースターだった。
ここで庇護する者は自分で、庇護される者はルースターだという思い込みを転倒させる。
彼は息子を守る、ということにとらわれて、実際にはチームメイトを信じることができなかった。
そして何より、チームメイトの思いではなく自分の思いを優先させていたことに気づくのだ。
だからラストでは「俺が父親の代わりだ」とルースターは伝える。
ここにはグースの幻想を見ていたのは、ルースターではなくマーヴェリック本人だったということをはっきりと示されている。

このドラマは、冷戦を乗り越えたアメリカという新しい領域に突入したアメリカ軍を暗示する。
いつまでもこのままではいられない、けれども変化はしつつ、魂はそのまま受け継がれるべきだ。
そういう新しいものと古いものを融合させる時代の到来を意識させる。
まさに、どの世代にもオオウケするはずのテーマである。

だが、それとて結局は前作の世代のための理想論だ。
随所にアメリカ的なシーンが挿入されるのもそのためだ。
空母から飛びだつ戦闘機、それを支えるスタッフ、自分の戦闘機を自分で整備するパイロット。
恋人との逢瀬と、窓から逃げる男、それを見透かす娘。

アメフトによるチームワークの醸造、教官に対する不遜な態度と反省、厳しいトレーニングと同僚との喧嘩。
もちろん規則に反する主人公をなんだかんだ認めてしまう空軍将校たち。
かなりフィクションが漂うが、それでもこれがアメリカだ、アメリカはこうであってほしいという理想像が描かれている。

もちろん、敵である「ならず者国家」がどこにあるのか、どんなものだったのかわからないところもチャームポイントだ。
(私は最後まで「やっぱりこの作戦中止です」と言われるのかとハラハラしていた。
作戦の全貌が全く見えてこなかったし、その訓練もやたらと要点だけにフォーカスされて作戦自体が訓練の一環だったというオチだと思っていたくらいだ。)

それはともかく、ここには古き良きアメリカが描かれている。
もはやそれはウェスタンの世界と言ってもいいくらい、コテコテだ。
けれどもそれがいいのだ。
それでいいのだし、私たちがトム・クルーズに「トップガン」に求めているのはそれだ。
非常にリアルな舞台設定(ディティール)で徹底した虚構(メルヒェン)を描く。
それがハリウッド映画の純然たる役割だ。

だから私は、映画鑑賞後、腕立て伏せをしたくらいなのだから。(2回くらいね)


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« セッション(V) | トップ | ザ・コンサルタント(V) »

コメントを投稿

映画(た)」カテゴリの最新記事