鳥とパイプと日本酒のおっさんメモ

おっさんの日々の散歩における鳥たちの写真と、好きなパイプタバコの感想
好きな日本酒の感想、等を、写真でメモ

羽生竜王が名人戦挑戦者に

2018年03月22日 | 将棋あれこれ
2018/3/22 木曜日
昨日行われた 名人戦挑戦者を決める A級棋士6名によるトーナメントの最終戦で
羽生善治竜王が 稲葉陽八段を破り 名人戦の挑戦者となりました

順位的に優位なトーナメント戦でしたが 豊島八段 稲葉八段を破っての挑戦権は 価値があります
今将棋界は 若手が随分と台頭してきた状態となっています
少し前ならば そんな若手を この羽生さんが潰して来たものだったのですが
流石に年齢的なものがあり タイトルも続けて失っている所でしたが
ここへ来て また活躍していますね

将棋というものは そう簡単に頂上を取れる物ではない・・・ということでしょうか
新しい人の活躍を楽しみにするのと同時に やはり羽生さんなどの ベテランの頑張りを
期待してしまうのは おっさんが若くない証拠なのでしょうか・・・

なんにせよ 羽生さんには もうひと華 咲かせてほしいところであります

久保八段も王将位を防衛した模様で まだまだ久保さんも頑張っていますね
羽生さんよし少し下の歳ですが ベテランですね ほぼ羽生世代です

将棋は体力と気力ですが 特に体力がものを言いますね
健康には十分気を付けて 特にベテランには頑張って欲しいものです

おっさんの独り言でした

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明日(3/21)の名人戦挑戦者決定戦は 稲葉-羽生 の戦いに・・・

2018年03月21日 | 将棋あれこれ
2018/3/20

A級棋士6名による 前代未聞の名人戦挑戦者決定トーナメントは
長い戦いの末 遂に 稲葉陽八段 対 羽生善治竜王 との戦いの勝者が挑戦者になることが
決まったようです
豊島八段は残念ながら 驚異の5人抜きはならず惜しくも敗退となりました
稲葉八段が勝てば 去年に引き続き2年連続の挑戦 羽生竜王が勝てば一昨年に続いての
佐藤-羽生による名人戦となります。
どちらが勝っても面白い名人戦になりますね

稲葉陽八段といえば まず思い浮かべるのは
分かってください・・・ の あの 因幡晃さんですね
サングラスをかけ 長髪で 眉毛を八の字にしながら熱唱する あの人です
おっさんが若い頃随分あの歌流行ったものです 丁度 中島みゆきさんの 時代 という曲が
流行ったころでしたね・・・
おっさんの心にグサッと突き刺さる刃の様に いつまでも忘れられないいい曲でしたね・・・
キィが高くてうまく歌えないんですがね・・・

まあそれは余談ですが 明日が楽しみなところです


将棋の強さについての考察の続きですが
以前 月下の棋士 という将棋の漫画があったのですが
初手に端歩を突いて なんかそれらしき事をしたり顔で言ってました・・・これで俺が勝つ! なんてね

実に将棋を馬鹿にした漫画だと思いましたね・・・
この作者将棋を全然わかってない・・・そう思いました

将棋が100手前後で決着が着くとするならば いったい何手の手を読めばいいのでしょうか?
あまりに天文学的な数字になるので 気が遠くなります・・・
そんなことをわかって言ってるのでしょうかね

以前書いたことで 坂田三吉が関根名人に わしは100手先を読む というと 関根名人が
私は 150手先を読む と返した とテレビドラマでやっていたのですが
それも お話しです
将棋はそんな単純なものではありません

相手がこう指すとわかっているならば 自分の都合の良い手ばかりを直線的に交互に差し
100手先の場面まで 思い浮かべることは出来そうです
アマチュアの方でも それくらいは出来そうですが それはあくまで条件付きのお話です

むかし 原田泰夫八段が 3手の読み という次の1手問題をつくっていましたが
自分の指した手に対して 相手の候補手が少なくとも3通りあり そのそれぞれの手に対し
良い手があるかないか・・・という問題です
つまり 3手目(自分の手番の時に)にいい手があるならば その最初の手が正解ということです

でもこれも あらかじめ結論が出た将棋の一場面限定の問題で
いい手があるから問題になるのであります。
実際の指将棋では 形勢が傾くまでが実に長い・・・どちらも最善手を指すならば 
それはいつになるか見当もつきません・・・しかし いつかはどちらかに傾くのですがね・・・

一手指すごとに 相手の指す可能性のある手は増えてゆきますし そのあとのじぶんのても
その1手ごとに対してそれぞれ同じくらい複数のを読まなければなりません・・・
つまり1手増えるごとに少なく見積もっても
3×3×3×・・・・・・というように級数的に増えてゆきます
100手先ならば 3の100乗 という数字になります・・・
こんなに手を読むことは 人の頭の中では無理なお話になります・・・

でもそれをやるのがコンピュータなんですね 奴等ならそんなことは朝飯前なんですね
しかし 問題は形勢判断でしょうか
いい 悪い を瞬時に判断できるならば 到底人はコンピュータに勝つことは出来ないでしょうね・・・
残念ですがね

でもそこが難しいんですね
人には経験による 形勢の判別能力があります これが素晴らしい
中々機械にはマネの出来ないところです
だから今までは ヒトがコンピューターに負けなかったのですが それも事情が変わったようです
逆転してしまったようです・・・人工知能が進歩したんですね
もうこれからはヒトがコンピューターに勝てることはなくなりそうですね・・・


話を戻しますが 経験により ヒトは手を読まなくとも ある程度最善の手を見つけることが出来ます
それは長い間の修練によるところが大きいです
難しい局面でも 手を読まなくとも 候補手が浮かんでくるようです・・・
手が見えるというか 自然に次に差す手が分かるんですね
この事を早見え という言葉で表現しますが
これが一流棋士になればなるほど 凄い
今のプロ棋士は みんなこの能力が凄い様です

アマチュアは 考えないと指せない 
ヘボは 考えても指せない
・・・
プロは考えなくとも指せる こうでしょうかね

手が見えて その裏付けの為に読みを入れる…こういった感じでしょうか
でもね 本当に強い人は そのプロでさえ切り捨てたあまり可能性のない手でさえ
深く読みを入れるんですね・・・それが妙手になるんですね 中々指せない手なんですねこれが

それが嗅覚とでもいうか 勝負の本能みたいなものではないでしょうか
もちろん そんな手を指せるのは 一流棋士に限られてきますがね・・・
そこが棋士の芸なのではないでしょうか。

名のある棋士はみなそういったところがある様です もちろん羽生さんもネ‥

可能性のある手だけを拾い集め 数十手先の場面を思い描けることが出来れば
かなり強くなれそうです
でもそれが出来ないんですね・・・一般の人は

プロ棋士の凄さが一番分かるのは めくら将棋ですね
目隠しをして将棋を指すんですね 最後まで・・・
プロの人はこれが出来るんですね

将棋には棋譜というものがあります 記号で指した手を記してあるんですが
将棋の練習をするのに 将棋盤に駒を並べないで 頭の中だけでその手を進めて行きます
頭の中の将棋盤に駒を並べる訳です つまり。

しかし これが出来ない・・・
ある程度手が進んでゆくと 何がなんだかわからなくなるのですね・・・
将棋の駒の位置が分からなくなってしまうのです・・・
でもプロの方はこれが出来るんですね

これは 小さい頃からの訓練が必要なようです 頭脳の良さも必要の様です
これだ! と思いましたね 棋士に必要なのは


以前NHK の特番で 羽生さんが目隠しをして 棋譜を覚え 100手以上あるその棋譜を
最終手が終わった段階で 盤に並べる という事をやっていたのですが
これが驚きです 持ち駒の歩の枚数迄 その通りに再現しましたね

いったい どういった訓練をするとこんなことが出来るのでしょうか?

おっさんなども 頭の中で将棋盤を置いて並べてみるのですが
まず 81個のマス目が実に曖昧になります 盤面すべてが頭の中に入らないのですね・・・
5×5 位ならばなんとかなるのですが 9×9 となると ぼやけて
駒の位置が実に不確実になります これでは無理な話です・・・
つまり数手先の盤面を再現出来ないのですね・・・正確には・・・

この数手先の局面を再現する ということが 将棋の手を読む場合に必要不可欠になってきます
色んな手をそれぞれ読み進めた時に
この盤面がそのまま再現出来れば その盤面で 最善手を発見することが出来やすいし
面白い手や誰も考えつかない手を 発見しやすくなります

もちろん すべてのマス目に置いて正確性が要求され
一流は その再現の解像度が なまら半端ない と思われます
くっきりと その数手先の場面が頭の中に描かれているものと思われます
それが読みの正確性 とかいう言葉で表現されるのだと思います


将棋の勉強は 色々ありますが 興味を持てばかなり進めることが出来ます
しかし この能力だけは 中々出来るものではありません

むかし 忍者は ものを覚えるのに写真のようにそのもの自体を記憶する と聞いたことがあります
広く盤面を見つめ すべてを写真のように覚えてしまうという様な訓練をすればある程度は
それが出来る様になるかもしれません・・・
でもね 若くて 目もよくないとダメですね・・・

指し将棋は盤面が広いので大変なのですが
詰将棋というものがあります
今は いいアプリがあって スマホで無料でダウンロード出来るのですが

詰将棋パラダイス スマホ用 というアプリがあります
無料で 詰将棋が10000題位楽しめるのです 難問揃いですが おっさんはこれを愉しんでます
将棋に強くなりたい方は これをやってみるのが一つの良い方法かと思います

ただし 強くなるには ルールがあります
ロールプレイングゲームではないのですから すべて頭の中で考えなくてはなりません
マス目は少ないですが 初手から最終手まで すべての可能性を考えて
詰んでから 指すわけです 之しかないところまで頭の中で考えるのです
盤に駒を置いてはなりません それが出来れば かなり読むことが上達します
もちろん詰将棋ですから 王手の連続なので 読む手も限られてきますがね

詰将棋ですから 面白いですよこれは
ロールプレイングゲームのように 適当に可能性のある手を指して行き最後まで続く手を
探すやり方は NG
将棋が上達したければ すべて頭で考えなくてはなりません
そういう訓練をすれば 少しは将棋が上達すること間違いないところですね


あと お勧めの方法は NHK の将棋トーナメントの放送を教育テレビでやってますが
それを見ながら 実際に自分も考えてみて 読みを入れたのち次の手を予想するということです
強くなればだんだん当たるようになります
これは楽しいですよ 予想外の手が出ると これまた楽しいものです

まあ 今は ヒトと指す機会がほとんどないので こんなことをして将棋を楽しんでいます

将棋の強さの一つの理由を考えてみました

それでは また
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将棋名人戦がプレーオフ どうなるのかな・・・

2018年03月14日 | 将棋あれこれ
2018年 3月14日

後で知ったことですが 去年初めてプロ棋士になったばかりの
藤井聡汰四段が 将棋の順位戦C2組で 10戦全勝で 来期はC1組に駆け上がることになりました
簡単に言いますが これは相当大変なことで プロ棋士初年度で ここを突破した棋士はほとんど見たことが
ありません。
来期に期待が高まりますが 最低でも名人挑戦には 4年かかることになります
それは こちらを

で 問題の A級順位戦ですが 今 前代未聞の 6名によるプレーオフの真っ最中
3/12 の対局で トーナメント表最下位の 豊島将之八段が 同3位の 広瀬章人八段に勝ち
3/18 に 羽生善治竜王との対局となります これに勝てば 最終局で 稲葉陽八段との対局となり
勝つと 佐藤天彦名人への挑戦が決まるという事になるのですが・・・

もしそうなれば 実に5人抜きにての 名人挑戦 ということになり 凄いことになるのですが・・・
どうなりますやら。

将棋界の一番長い日 が A級順位戦の最終局の一斉対局となる 3/3日
この順位戦と言うのが 棋士にとっての格付けを決めるところになります
特に A級は 怖ろしいところです 真剣勝負の場ですね・・・
最初5連勝でトップを走っていた豊島八段ですが 最終局を残しまさかの 6勝3敗に・・・
久保利明八段も同じ 6勝3敗 順位が上の久保八段が勝てば久保の挑戦 久保が負け豊島が勝てば
豊島の挑戦となるところでしたが 結果は両者負けて 6勝4敗で 6者が並び
前代未聞の 6人によるトーナメントになりました
でも この順位戦 番付の上位の者が優位で 1位の者は一回勝てば挑戦権を獲得
2位の者は 二回勝たないとダメ そして最下位の者は 5回勝たないと挑戦権をとれない仕組みと
なっています。 それが順位戦なんですね 順位がものをいう仕組みなんですね

ですから 順位が最下位だった豊島八段には とても厳しいトーナメントなんですね
今 3人抜いたから 今度が4人目の羽生さんとの対局になります。


おっさんくらいの年齢の物には やはり まだ 羽生さんに頑張ってもらいたい所ですが
豊島-佐藤 による名人戦も見てみたい所であります

この豊島八段 四段になりたての頃は 羽生さんの後を継ぐもの として期待されたものですが
なかなか 伸びきれず 順位戦もようやく今季 A級に登ったばかりなんですね
この2~3年 特に充実してきて 最近は目覚ましい活躍をしていますが 一皮むけたのでしょうかね
今名人の佐藤天彦さんも そんなところがありますね

何にしても楽しみなところであります。



最近まで知らなかったのですが 森内俊之十八世名人が 去年から事実上の引退ともいえる
順位戦フリークラスに移ったそうです
何のことやと言われそうですが もう名人戦には挑戦しません ということになります。
棋士として順位戦に籍を置かないのは 引退と同じ ということらしいです。
いまは  将棋連盟の理事をしているそうです

森内さんといえば 羽生さんの同期で同い年 小学生のころから切磋琢磨を繰り返し
数々の死闘を羽生さんと繰り返してきた間柄
よきライバルであり 親友でもあったようです。
まだ羽生さんは頑張っているようですが 先に森内さんが・・・ということみたいです
とても淋しい気がします・・・長い事将棋を観戦してきたものとしては・・・

あと 渡辺明さんが 今期のA級で 下位3名になってしまい A級陥落となりました
来期は B級1組 からの再出発となるようです
彼にとってはいい機会として 自分を見つめなおすチャンスであると思ったほうがいいですね
一度はそういう経験をしたほうがよい気がします

藤井聡汰中学生棋士の登場で 今将棋界には 大きなムーブメントが来ているように思えます
ここ何年かの コンピューターとの戦いを経て いま 人間の知的戦いである将棋の本質と
その本来の魅力に 脚光が浴びつつあります。
スポーツと同じ感覚で楽しめばいいんですよ そんな気もします


次回は書きかけのものがあるので その続きを・・・
それでは また
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おっさんの将棋哲学 その5 プロ棋士の強さについて

2018年01月08日 | 将棋あれこれ
2018/1/8 月曜日

将棋の強さを考えるにあたり まず
プロ棋士のつよさ 
という事を考えてみました

プロ棋士というと 羽生善治19世名人 とか 藤井聡汰四段 を思い浮かべますが
すべて 四段以上の肩書があります アマチュアの世界でも 段位はあるのですが
根本的に プロとアマでは その意味が違います
つまり 住んでいる世界が違うという事なのです
どういう事かというと

日本将棋連盟には プロ棋士養成機関として 奨励会なるものが存在し
その奨励会に入会し そこで四段にならなければ プロになれない仕組みがあります
ですから アマチュアの人が どんなに強くても プロになることは出来ないのです
奨励会に入らなければ・・・

もちろん例外もあるにはあるのですが ほとんど稀なことです

詳しい事は この方が書いておられますが

奨励会に入会するには
1 15歳以下である事
2 年1回の試験を受けなくてはならない
3 試験は受験者間で 6局戦い 4勝しなくてはならない 3勝ならばそこで失格となり
  勝ち上がっても 二次試験で 現役の奨励会員と3局戦い 1勝以上しなくてはならない

それらを満足した時 初めて奨励会の6級になることが出来ます
めでたく 奨励会員になることができるのです
この奨励会は プロ棋士の下部組織ですから 6級から 3段迄が奨励会となります
お金はまだもらえません

しかし そこからが大変な世界なのですね 既定の成績を修めると昇進出来るのですが
そうで無くては昇進できません もちろん 対局でのみその結果が得られるのですが・・・
つまり 熾烈な競争世界であると言えます

しかも 過酷な年齢制限があります これが非情なのです
 21歳までに初段  26歳までに 四段にならなくては 強制退会させられるのです


同時期に奨励会に入会した人の中で一人か二人位しかプロになれないそうです・・・
我々が 大学に入ることに比べれば とてつもなく高いハードルといえます
道を究めるということは そういうことなのでしょうね 恐れ入ります

しかしながら 羽生善治も 渡辺明も 藤井聡汰も みなここを通って来たんですね
一般人には厳しすぎる世界ですね

で アマチュアの四段くらいが 奨励会の6級位に匹敵する強さらしいです

10年くらい前に 話題になった 今はプロ棋士の瀬川昌司さんがいますが 
かれもまた 奨励会を退会させられた人であります 羽生善治さんとも 奨励会で戦ったことが
あるそうです 彼の場合は その後の精進で アマチュアで成績を積み重ね
後に プロの編入試験を受けることになるのですが
それは 希なことでありました

奨励会の三段になると 三段リーグというのがあり そこで上位2名にならなくては四段になることが
出来ません 
NHK の朝ドラ ふたりっ子 の世界ですね
岩崎ひろみさん 内野陽聖さんが なつかしいですね


しかし プロになっても そこで タイトル戦に登場出来るのは ほんの一握りの人たちのみ
なんですね
実に壮絶な世界であります

将棋の世界では 経験が勝負の行方を分けることがありますが
それは 実力が伯仲している場合のみのこと
同じスペックであれば という話です

スポーツのアスリートが 或る年齢を過ぎれば 現役でいるのが無理になって行くように
将棋の世界でも 老化により 頭脳の働きが落ちて行き 勝てなくなって行きます

将棋界の場合は 45歳位が そのラインでしょうか
どんなに強かった棋士でも その辺りで勝てなくなって行きますね

大山15世の場合は もっと遅かったようですが
中原16世はもう少し早かったような気もします
谷川17世 森内18世 も45歳位で見事に勝てなくなって行きましたね

羽生19世は すでに47歳ですから そのラインは過ぎています
去年 立て続けにタイトルを失ったのは そのことが原因でしょうか・・・
でも 彼の場合は 19歳位から 常にトップアスリートでしたから スペックも別格のところが
あります 今後どのようになってゆくのか 面白いところですね

将棋は頭脳スポーツですから フルに頭脳を活用して 先を読むことが必要になってきます
ですから その頭脳の働きに 陰りが出てくると 正確な読みが出来なくなるようです
そうすると 意図している先の場面での誤差が生じ 狂いが生まれて行きます
それが積み重なり負けてしまうのでしょうか

一流の棋士はそこがすごい 実に読みが正確なんですね
ちょうど カメラの解像度のように ずっと先の場面を頭の中に描いたときに
その場面が 何の狂いも無くはっきりと見えるのではないのかと思うのであります

ここら辺りが 我々と プロとの違いなのかとは思います
つまり 頭脳の働きかたが 全く違うのです
そんな特殊な頭脳をもつには 天性のものが一番で 幼少のころからの訓練が必要かと
思われます
どちらも無いのが アマチュアでしょうか 
これでは プロに太刀打ち出来るわけがありません

とにかく プロ棋士は プロになるために 厳しすぎるくらいの世界に身を置いている
と言うことが分ったでしょうか
しかも 或る年齢を過ぎてしまっては もう将棋に必要な頭脳の働きは望めないということも・・・
ここが プロ棋士の強さの秘密かと思います

次回は 違う観点から将棋を考えてみます

それでは また
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おっさんの将棋哲学 その4 将棋の強さということは・・・

2017年12月29日 | 将棋あれこれ
おっさんは 小学生の頃に将棋の指し方を覚え 中学生に頃に やはり将棋の好きな
友達と将棋をよく指すようになった
誰に教わるでもなく その面白さにひかれ 自然と新聞などを見てその戦術とか戦法などを覚えたのである

しかし いつも相手がいる訳でもなく 今の様に情報に満ち溢れている時代ではなかったので
ただの遊び以外の何物でもなかった・・・
それが 飛躍的に次の段階に進んだのは 町に将棋ホールという 日本将棋会館の
下部組織があったことによる
後の この町の市長になるお方が 私財を投じて この将棋の為の会館をつくったのである
幸いなことに この会館は無料で出入り自由であったのも子供には幸運であった

いつの頃からか おっさんと友達はここへ通う事となった・・・

そこには いつも師範代代わりの 老人の管理人がいた
今は当然この世にいないが 手の早見えする 振り飛車の特異な 気のいい爺さんであった
おっさんは 学校帰りにいつもここへ寄り この爺さんと将棋を指した
爺さんは当然強くて 全然勝てなかったのであるが
こちらも若かったので進歩も早く 次第に勝てるようになり 最後は立場が逆転した・・・

同じ様にここへ通って来ていた年上の先輩も数人いて その人たちともよく指した
その頃に 将棋世界とか 近代将棋とか言った月刊誌を買って読んだものである

将棋の単行本も たくさん買った
大山 升田の勝局集とか 加藤一二三の 振り飛車破り というハウツー本であるとか
わざわざ旭川まで行って買ったこともある(自転車でね)半日かけてね・・・

新聞棋戦もみた しかし 将棋の何たるかをわかるようになったのは
残念ながら もっとずっと後のことである。

その時に そういうことが分っていたならば 今と違うことになっていたのかもしれない・・・

1年間くらいであろうか そこへ通ったのは・・・
高校生になり その年の終わりの頃には もうそこへは通わなくなっていたのである・・・
新年の将棋大会で 優勝したこともあったな でも 先の見えない遊びであったので
次第に足が遠のいていった・・・
ちゃんとした指導者も居なく 田舎の街では仕方がない事であったのだ

しかし その後も 指すことはなかったのであるが おっさんの横には何時も将棋の世界があった
好きだったんだよね あの世界が 面白いしね・・・

大学を卒業して 就職して 最初の初任給で買ったのも 厚さが6寸の 新榧の 将棋盤であった
駒は ツゲの彫りゴマをもっていた(お年玉をためて中学生の時に買ったもので 3000円くらいだった)
ので 駒台とセットで揃えたのである これは今も家にある

余談ですが
札幌の北16条西2位のあたりに 津村娯楽堂という 将棋盤と駒の専門店がある
おっさんは一度そこへ行って駒を見せて頂いたことがあるが
それはそれは 素晴らしいもので 手彫りの漆で盛上げた駒が木目も出ていて 素晴らしかったな
玉将の下に 竹風 と名前が彫ってあったな
当時で10万円位だったのだが 欲しかったな・・・
流石に止めたけどね

でも 今なら オークションで 盛上げの良い駒や本榧の盤が安く買えるんだよね・・・
使わないので買わんけどね



で さっきの将棋盤ですが
もう使ってはいない・・・というか 買ってからほとんど使ってはいないのだが

いつしか 将棋の事は 仕事に追われておっさんの日常からは消えていた・・・


そんな頃に 羽生善治が登場したのである そして同時期の7冠制覇ということで
テレビで話題になったのである・・・
その辺りから また将棋を見るようになってきたのである
すると 以前は気がつかなかったことが見えてきた

前置きが長くなったが ここから本題に入ります

将棋の強さは何処から生まれるのか?

こんな事を考えてみる
そのために 次のことを検証して行く

1 プロ棋士の強さについて
2 手を読むということ そのメカニズム
3 将棋の読みにおける コンピューター と 人との 違いは?
4 能力的に 人はコンピューターに勝てないものがある
5 100手先に見えるもの その解像度
6 大局観とは
7 序盤 中盤 終盤 その違いとその意味
8 将棋に勝つためには
9 詰将棋パラダイス アプリ
10 勝負とは 強い人の理由


適当に思いつくことを並べたのであるが
それらの持つ内容は 深いものがあり ここに将棋が強くなるための鍵がある

次回より それぞれを掘り下げて行きたい

それでは また
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おっさんの将棋哲学 その3 羽生善治 永世七冠達成について

2017年12月25日 | 将棋あれこれ
先日  羽生善治さんが 将棋のタイトル戦の永世称号の7冠を達成したという
記事が 新聞の紙面や テレビで取り上げられました
今将棋界は空前のブームで 中学生棋士の 藤井聡汰四段の活躍によるところも大きいのであるが
おっさんにとってのヒーローは やはり この羽生善治を置いて他にはない

オッサンガ将棋を始めた頃は この羽生善治はまだ生まれていない
大山 升田の時代である

この羽生も 一時期将棋界に注目を与えた一人であった
NHK の朝ドラのヒロインもやったことのある 女優の 畠田理恵さんと結婚したのもかれであり
今は 二人の女の子の父親でもある
その頃 同時期に7大タイトル戦全てのタイトルホルダーになったのも 彼が最初である
というか 将棋界では 彼以外にいない

大山 升田の時代は まだタイトル戦の数が少なかった 最初の頃は 名人 王将 十段 の3つであった
し 後に これに 棋聖戦 と 王位戦が加わり 5つになったのであるが
棋士の数も少なかったようで在る 
また棋士のレベルも今より高くはなかったような気もする…
こんな事を言うと 当時の方から突き上げをくいそうであるが
まだ 将棋というものが 発展途上の感があった気がする
当然今よりも対局料も安かったようで在るし
棋士の社会的地位も まだ今より低かったような気がする・・・

今タイトル数は 7つであるが 前述の棋戦に 棋王と王座が加わり
十段戦が 竜王戦に名前を変え システムも変わった 最大の賞金総額を持つ棋戦になった
今 将棋界では
棋戦のランク分けとして

1 竜王戦 連続5期 か 通算7期
2 名人戦 通算5期
3 叡王戦   これは今年からできた新しい棋戦 ドワンゴがスポンサー まだ永世規定はない
4 王位戦 連続5期 か 通算10期
5 王座戦 連続5期 か 通算10期
6 棋王戦 連続5期 
7 王将戦 通算10期
8 棋聖戦 通算5期

このようになっているようである 右のは永世資格を獲得する条件
そのランク分けの根拠は その賞金総額かと思う のであるが それは非公開になっている

その他にもタイトル戦以外の公式棋戦があるが
羽生はそちらの方の優勝回数も凄い

今タイトル戦獲得回数は 99 である 100の目前であるのだが どうなるか
2位が 大山15世名人の 80 3位が 中原16世名人の 64 である
その後がグッと下がってしまい 谷川17世名人の 27 であるから
この記録は異常である
あの 渡辺明でさえ まだ 19 であるからして その凄さもわかる
羽生より 先に十八世名人になった森内俊之 は 12 しかとっていないのである

ここで 歴代名人を見ると
13世名人 関根金次郎 この人が坂田三吉の目標にしていたお人で 一世名人を返上した

  ここから 実力名人制の時代になった

14世名人 木村義男 升田幸三は打倒木村を目指し将棋を指した 升田のライバルはこの木村であった

15世名人 大山康晴 ご存知不世出の大名人 升田幸三の弟弟子 無敵の時代を築いた

  打倒大山を目指し 数々の棋士が挑戦するも敵わず ヒフミンこと加藤一二三もそのうちの一人
  羽生の師匠の 二上達也も辛酸をなめている一人である

16世名人 中原誠 大山を完膚なきまでに叩いて 全てのタイトルを奪った不世出の名人

  中原自然流と呼ばれ 中原の攻めは途切れることがない 同時期のライバルには
  米長邦夫 加藤一二三 内藤国男などがいる しかし 大山同様 無敵の時代が続いた
  しかし 40を過ぎてから急激に 棋力が衰えてしまう・・・

17世名人 谷川浩二 加藤一二三と同じく 中学生でプロデビュー

  中原以降の棋界を引っ張った人 羽生善治の少し先輩になる タイトル戦での 羽生との戦いが
  一番多いのもこの人だ 詰将棋の名手でもあり 光速流と呼ばれる鋭い寄せは見事
  しかし 羽生がいるためか その輝きは長くない

18世名人 森内俊之 ご存知 羽生善治の 小学生以来のライバル 私生活では親友でもある

  羽生善治が 一番苦手にした対戦相手である 鉄板流と呼ばれる 硬い受けが定評である
  タイトル獲得数は少ないが 名人戦では 羽生の挑戦を何度も跳ね返し 羽生より先に永世資格
  をとる  ここが 面白いところである

19世名人 羽生善治  森内から名人位をようやく奪い 通算5期で 永世名人の資格をとった

  本来 大山⇒中原 と続く 大名人の称号は この羽生善治がとるべきものではあるが
  その間に 谷川 森内 と 永世名人が出た
  それは 羽生の対局者に対する姿勢が原因のひとつである それは どんな相手であっても逃げず
  常に相手の特異な戦法で勝負するという姿勢である これは 中々出来ないことである

  大山などは論外 彼の場合は 逆で 相手を自分の得意な戦法へ引きずり込んだ
  力があるうえに そんな駆引きをされては敵わない 彼が無敵を誇った要因がそこにある
  
  中原の場合は 自分の世界があったようだ 雑念が入ってこない人だったような感じがする
  だから 大山と戦ったときも 大山の技が掛からなかったような気がする
  大山も中原が苦手だったようです

  そこで羽生ですが 彼には求道者の趣がある様です 勝負よりも 最高の棋譜を作り上げるという
  それには 相手も最高の手を指してくれなくてはいけませんから猶更の事
  相手も得意な戦法で 真っ向から勝負するのが羽生流です
  感想戦をする場合も こんな手があったというのを 隠さないで明かすのが羽生流のようです
  ここに 彼の強さの秘密があるようです
  好きですね おっさんは


まあ 羽生善治 についての くわしいことはそちらを見ていただきたい

さて 次の永世名人は・・・という事になるのですが
本来は 渡辺明 が有力であったのですが
まだ彼は 一度も名人戦の挑戦者になっていません・・・そこが問題です

彼も大山名人みたいな雰囲気があると おっさんは思っているのですが
そこがどうもね・・・いまいち好きになれないんですよね・・・

今は佐藤天彦が 名人のタイトルを2期獲得していますが 今年は豊島将之が挑戦者になりそうなので
これも 面白い戦いになりそうです 豊島はかなり強いですよ
おっさんは豊島押しですが いかがでしょうかね

案外 藤井聡汰の登場を待つのかもしれませんね
そのあたりが 今後の将棋界の 楽しみですね

以上 簡単に 羽生善治を振り返りましたが
羽生善治は おっさんの時代ではなかったので 詳しい事はあまり知らないのですが
おっさんがいい年になって スカパーの 囲碁将棋チャンネル というのを見出してからの
印象です 将棋の NHK杯 も なかなか面白いですよ

それでは また

  

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おっさんの将棋哲学 その2 おっさんの将棋との出会い

2017年12月23日 | 将棋あれこれ
今回はおっさんの将棋との出会いについて触れてみたいと思う

将棋の駒の動かし方を覚えたのは 小学生の低学年の頃である
父親に教えてもらった記憶があります・・・
でもやり方を覚えたというだけで 将棋というもの相手がいないと成立しないゲームなので
そのままどんどん上達するわけでもなかった様です・・・

ちょうどその頃に 村田英雄さんの 王将 という曲が大ヒットして
ブームになったんですね
西城八十さん作詞 船村徹さん作曲の なんとも有名な曲で
300万枚以上のヒットをしたそうです

子供心に あの村田英雄さんの 胃に浸みるような唸り声が記憶に残っています

でも 坂田三吉という人のイメージが 良くも悪しくも 日本全国に知れ渡り
同時に将棋というものの印象が 頭脳ゲームという事よりも
勝負事 という一面を強調した感は否めません

でもそこが国民の親しめる一面であったのかもしれませんが・・・
なにはともあれ この曲が 将棋というものを国民に認知させる最大の出来事だったのでした



おっさんの記憶の中に もっと大きな出来事がありました
それは テレビドラマとの出会いであります

おそらく あまり知っている人はいないかもしれませんが
おっさんの記憶の中にはしっかりと残っています

そのドラマとは
坂田三吉役を 長門裕之さん
その女房の 小春役を 藤純子さんが やりました
王将物語 というドラマです
  1965.1月~4月 までの 13回放送でした

主題曲を 石原裕次郎さんが歌っていた記憶があります
調べると 夫婦駒 という曲だそうです

裕次郎さんが歌うこの曲は 子供心に響いたものでした

そして 小春役の藤純子さんの綺麗なことこの上なし
子供のおっさんも すっかり夢中になったものです
ところが 
それにくらべて 長門裕之さん演じる 坂田三吉の 
将棋以外の 人間性の欠如に因する
人としての だらしなさ 礼儀の無さ 馬鹿さ加減 たるや
はらわたの煮えかえることこの上なし
 毎回毎回 そんなアホに尽くす小春の健気さが 子供心を深く打ったものです・・・

それでも 花登筺のドラマ宜しく 少しずつ成長して行く坂田三吉にエールを贈ったものです

他の役者も良かったな・・・
時の 十三世名人の 関根金次郎に 今は亡き 丹波哲郎さん
この人が良かったな 濃くて・・・

三吉 『関根はん わいと勝負してくれはりまっか!』 
関根 『よかろう わしは誰の挑戦でも受ける!』

三吉 『今度こそわいはあんたに勝つ わいは50手先を読むで 』
関根 『わしは 100手先を読む! いつでも来なさい 』 ・・・・・・?

三吉 『小春 わいはやるでぇ!』
小春 『あんた おきばりやす』


こんな感じで物語が進んでゆくのですが
途中で小春は死んでしまいます・・・・・・


でもね 今思うと 坂田三吉って 人間がなってないんだよね

将棋の世界では 投了するときに 必ず
  負けました
と言わなくてはならない ルールがあります
しかし これがなかなか言えないんですね
相当訓練しないと言えません 子供ならまず絶対に言えないものです
でも 言わないと 将棋は終わらないんですね

自分の負けを自ら宣言する という事は何よりもつらい事です
人に勝とうと思ってやっているのですから猶更です
己の全人格を否定されたも同然の このルール

この辛さを乗り越えられなくては さらなる高みを目指せません
将棋というもの常に修行のゲームであるとも言えます
でもね 強い人は みなそれが出来るんですね・・・?

いや 強くても出来ない人もいるようですが・・・プロでもね

口惜しさは 明日の為の肥やしになりますが
潔く負けを認めることが 人としてはもちろん 技術的にもより高い成長には必要なことと
思うのであります
良いことは良いこととして 悪い事は悪い事として素直に認めることが
人間社会においては 一番必要なことです
そうありたいものですね


で 三吉は ダメなんですね 負けました と言ったのを見たことがありません・・・
最後は いっつも 呻いて将棋の駒をぐちゃぐちゃにするんですね・・・

これだから 大きくなれなかったんですね・・・
結局名人には成れなかったんですね その程度だったんだという事です

しかし お話しとしては大変面白かったんですね

今回は 懐かしいドラマを少しだけ振り返り
おっさんが将棋に興味を持った頃のことを思い出してみました
懐かしい気持ちがこみ上げてくるのを覚えます

それでは また
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おっさんの将棋哲学 その1

2017年12月22日 | 将棋あれこれ
2017 12月

実はおっさんの趣味で 将棋というのがある
このところ 将棋界は中学生プロ棋士の藤井聡汰四段の プロになって以来の29連勝という
前代未聞の記録で 大ブレイクしているのであるが
なんとも 嬉しいような不思議なような 意外な気がするのである・・・

もともと将棋というものは とても地味なもので 今の若者に受け入れられるとは到底思えない
気がする… 
現代の テレビゲームに慣れ親しんだ人たちが 到底受け入れることのできないものが
そこにはあるような気がするからだ

将棋の世界は とても厳しいものである やり直しの利かない世界である
待ったもリセットも そこではあり得ないのだ

だから 面白い事はこの上ないのではあるが 特定の能力のないものには
つけこむ隙の無い ディープでコアな世界であるこの将棋というものは
いずれ 
一般受けするはずはなく
世の普通の人には理解されずに 終わるような気もするのである


いまや 将棋の世界も 人間の頭脳をコンピューターが凌駕し 将棋の名人でさえ
コンピューターに勝てなくなってしまったのである
これ以降は 人がそれらに勝つことはもう二度とないであろうと思われる
悲しいかな それが現実である・・・



しかし だからといって 人がする将棋というものが死んだわけではない
人がする将棋というものの 意味と意義を改めてよく考えなくてはならないのだ

要はものの考え方である 人がするのが将棋であると 定義すれば良いことである
その中で楽しめばよいのである
何が一番強いのか ということではない
人間の中で その高みに如何にして登るのかという事でもある

そう考えると 気が楽になる
ヒトというもの そういう気楽さが必要な生き物ではある

今は簡単に手に入る 将棋ソフトというものがある
おっさんも そういったソフトを持っていて よく遊ぶのであるが
勝てない!
相当強いのである なにせ 読む力がすごいので 太刀打ちできない部分がある


ソフトに勝つにはどうしたらよいかとか そんなことは考えるべきではないかもしれない


このおっさんは昔 中学生の頃に将棋を覚えました
新聞の将棋欄を毎日見て 将棋雑誌を毎月買って
田舎の町の将棋会館へも 通ったものです
その時の この特殊な世界が好きで 魅力も感じたものです
しかし 上達するにつれ 
この世界が深く 普通の頭脳の人には 分かることのできない世界であることを実感した
のも事実で 趣味としての将棋の傍観者になったのであります

それはそれで楽しいものです 気楽さがあります
一人の人間の その人の人生の中に連れそう一つの友人として 
この将棋というものを眺めて行きたいと考えました


なので ここでは そういう事ではなく
ヒトとしての 将棋の楽しみ方や 懐かしいエピソードなどを書いて行きたい
そういうことを理解してもらえる人によんでいただきたい
そう思い立った次第であります


それでは また
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