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遠海

母の眠る遠い海へ

朝から体調が良くない

2009-06-11 13:33:06 | 日記

朝から体調が良くない。
頭が重くて、少し寒気がする。
昨晩あまり寝ていないのが原因だと思う。
夜、仕事をするつもりでコーヒーを飲んだのが良くなかったらしく、昨晩の眠りはかなり浅かったと思う。
本日はお昼からミーティングだったので、それを乗り切れば、解放されると思っていたのだが、運悪く、顧客の都合でミーティングが夜に変更になった。
MTGの後に、出された宿題や課題の分析、仕事の割り振りをチーム内でやってから帰ると、結構遅くなりそうで、憂鬱だ。


まずは、体調を戻さなくてはならないので、薬局に行ってバファリンプラスを購入した。
バファリンよりも有効成分が多く入っていて、強めの薬なのだが、良く効く。
とはいえ、とにかく眠い。
バファリンを飲んだとしても、この眠気はどうにもこうにも収まらないようだ。
チームのリーダーからは、夜のMTGに使う資料の修正依頼が来ているので、直さなければならないのだが、なんというか、やる気が出ない。


思考の転換

2009-06-10 11:04:50 | 日記

仕事がなかなか上手くいかない。
今は、契約締結一歩手前で、お客ともめている。
もともと、契約締結後に入る予定だったのだが、締結前に入り、現在は締結のために協力しているのだが、そもそも、顧客が我々が売りつけようと思っているものをいらないと思っている。
いらないと思っている人を前に、どんなに必要性や、利便性なんかを力説しても、空しく響く。
押しても引いても、感触が悪い。


本日は朝っぱらから、自社内の各チームがよりあって、僕のチームがどうやってやっていくべきかを話していた。
僕が結構好きな別チームの人が、アドバイスをくれる。
アドバイスは正論だ。
僕は、正論が好きだ。
どんなに状況がこんがらがっていても、正論が正しいのだと思う。
こんがらがった状況で、一度正論に立ち返ってみると、なんだか整理されることもある。


僕の好きな別チームの人は、40を超えたおばさんだ。
社会にはいろいろな人がいる。
いろいろな人がいろいろな考え方で仕事をしている。
仕事は表現の一つだと思う。
ある問題に対する解決方法は、その人の考え方、個性が色濃く反映される。


さてさて、僕の好きな別チームのAさんは、切れ味タイプなのだ。
切れ味タイプと勝手に言っているのは、何か問題があったときに、根本問題を解決する解をずばっと言うからだ。
僕は根本問題を解決しない付け焼刃的な解決方法は好きじゃない。
交通事故にあって足がぐちゃぐちゃになっている人に、何枚ばんそうこうを張っても、根本的には良くならない。
むしろ腐って、じきにより悪くなってしまう。
大変な困難、苦痛を伴うが、足を切るのだ。


そんな風に、根本的な解決方法、苦痛を伴う解決方法も、必要なのだ。
必要なことはやらなければならない。


話は戻るが、契約の話。
Aさんの話を聞きながら、分かった。
自分は契約を取らなければならないという観念にとらわれていて、間違った話の進め方をしていたんだなぁと。
目が曇っていた。
僕の仕事はお客に製品を売りつけることではなく、製品を買うかどうか判断できる材料を素直にお客に提示することなんだ。
結果、売れなくてもいい。
そんな風に思ったら、やる気が出てきた。


忙しくなってきた

2009-06-03 13:07:24 | 日記

プロジェクト赴任1か月が経つのだが、徐々に忙しくなってきた。
おととい、ほぼ夜を徹して作った資料でプレゼンテーションをしたのだが、受けがいまいちよくなかった。
要求レベルがハイな仕事場に来た感じがする。


異動した理由の一つが、こういったピリピリとした感覚を求めてだった。
上手くいかない時のがっかり感と、落ち込み、焦り、不安すら、なんだか少し懐かしい気持ちだ。
前のプロジェクトとは違い、ハードルが高い。
高いが、ハードルを越えた時は、より気持ちがいい。
そんな感覚を求めて異動したんだった。


昨日、失敗した後、落ち込んで考えて、本日、目が覚めた気分だ。


悪かったなぁと思うのは、本当は今日休みを取る予定だったのだが、取れなかったことだ。
失敗したので、結局本日リカバリーになってしまい、妻と休みを合わせることが出来なかった。
すれ違う風景が目に浮かんだ。


昨日の午前中、部門ミーティングに出たのだが、わが社は、まだ500人ほど人があぶれているのだそうだ。
そんな風に所属長が、全体に向かった話すということは、そういうことが上で決まってきているということだ。
つまりは、500人をどこかに移さなくてはならないということだ。
どこかが、会社の外か、会社の中で受け皿を作るかは分からない。


そういう異動や、リストラが、以前ほど、怖くはなくなった。
リストラされたら、リストラされたなりの生活をすればいいのだと思うようになった。
9時-5時でつつましく過ごすのも、1つの生き方だし、生活保護を受けるのも一つの生き方だ。
その中で楽しみを見つけていくしかないのだろうなぁと。
そういった、環境が変わっていくということに対して、恐れが無くなったというより、あきらめが強くなったのだなぁとふと思った。


切れ味

2009-05-25 10:23:35 | 日記

異動して、早速、新しいプロジェクトに入れられた。
5、6月は前のプロジェクトと兼任のため、かなり忙しい日々が続いている。


新しいプロジェクトでは、触ったことのない製品を扱うことになった。
しかしながら、その道のスペシャリストということで入れられているため、結構しんどい。
いつまでも、知っている製品だけで仕事を回していけるのであれば、良いが、製品は変わり、顧客の要望も変わる。
新しい製品や新しい概念に、いかに柔軟にとっついていけるのかが、大事になる。
そういう意味では、このプロジェクトの結果は、今後の僕の行く末を測るためのバロメータになりうる。


プロジェクトの人間関係は、悪くはないのだが、やはり、前のプロジェクトが、周りと仲良くなりすぎたこともあって、つい、前のプロジェクトと比較してしまう。
今のプロジェクトは、少しドライな関係だ。


ミーティングで40を超えたと思われる、別チームの女性リーダーがプレゼンをしているのを聞いた。
話の内容、議論の持って行き方、全てが洗練されていて、鋭い。
けれども、声のトーン等は柔らかい。
オーラが出ている。


久しぶりに、はるか上を行く人を見た。
それが、とにかくうれしかった。
5、6年ほど前に赴任したプロジェクトでも、そういうオーラを出している人を見たことがある。
きっちりと仕事をこなすのではなく、切れ味鋭い感性で仕事をする切れ味タイプ。
僕も、そんな切れ味鋭いタイプになろうと思って仕事をしてきた面がある。
新しい見るべき見本のような人と出会えたことは、幸せなことだと思う。
良く見て、良く学びたいと思う。


GW明け

2009-05-08 00:44:18 | 日記

特に何もしなかった(実際は妻の親が来ていたのだが)GWが明けて、初日、さっそく、ずる休みをしてしまった。
朝、休もうかなぁと思ったのが最後、絶対に行きたくないと思って、結局、いつもの子供が熱を出して・・・という2つのうちの1つの理由で休みをとった。(もう一つは、体調不良でなのだが、前回使ったので、今回は子供の熱にした)


家にいたのだが、妻もちょうど休みだった。
真面目に会社の仕事を家でしていると、どこかに連れて行けと言ってきかない。
とはいえ、実際にやらなくてはならない仕事がたまっていたので、そのまま聞き流していたら、機嫌を損ねてしまったらしく、昼から不貞寝してしまった。
子供の相手をちょくちょくしつつ、仕事を進める。


GWが終わってしまったという事実と、妻の機嫌が悪いということが重なって、若干鬱っぽくなってしまう。
仕事をしていても、気分が乗らずに溜息ばかりが出てくる。
こんな時に限って、10年後のこととかを考えて、余計鬱になる。
はぁ、仕事を辞めたいだとか、考えだす始末。


しばらくうだうだして、子供が寝たころになって、ふと、あぁ、自分は鬱の時期なんだなぁと気が付く。
自分の状態に納得して、少しだけ気が軽くなる。
気持ちが落ち込んでいる原因が分かって、じっとしていれば、いずれ去っていく、いつものやつだなぁと思えば、やはり気が軽くなる。


鬱の状態の時は、なぜだか少し先の将来のことを考えてしまう。
10年、20年、30年先を考えて、そして、一体全体、今やっていることに何か意味があるのだろうかと思い、結局何もしたくなくなってしまう。
ふらっと旅に出たくなったり、蒸発したくなったりするのは、きっとこういう時なんだろうなと思ったりする。


鬱の状態が周期的に来るのは、心のバランスを保つためなのだろうと考える。
個人のやる気や目的は、何度も見失って見つけて、見失って見つけることが必要なのだろうと思う。
時間とともに僕を取り巻く状況は変わっていくし、生きる残りの時間も少なくなっていく。
昨日よりも今日は、1日残り時間が少なくなっているのだ。
そんな中で、絶えず、周期的に目標の微修正を行うことを、人間の精神は必要としているから、僕はこうして鬱になっているんでなかろうか。


逆に考えて、この鬱の時間は自分を見直すための貴重な時間なのではないか!と、思えるほど、やはり気力はない。
なぜなら鬱だから。


鬱の人に、がんばれ!という言葉をかけてはいけないという。
確かに、今、がんばれ!と言われても、心に響かないなぁと思う。
知識が、経験によって、自分のものになった気がした。(今度、落ち込んでいる人を見た時には役に立つだろう)
ひとつ賢くなったと思う。


はぁ・・・気力がない。


経験と給与

2009-04-16 11:52:06 | 日記
土日に父から電話があり、治療はおおむね順調だという話を聞いた。
心より良かったと思ったのと、人の体と医療は不思議なものだなぁと漠然と思ったりした。

父と話している中で、弟が仕事のことで悩んでいるという話を聞いたので、夜、電話をしてみた。

要約すると、任せられたプロジェクトが火を吹いていて、その責任が社内、社外的に弟に向けられているということだ。
周りの人たちが、次々と弟に責任を押し付けて、逃げ去り、結局弟ただひとり、火を吹いている真っ只中に取り残されているというのが、弟の話だ。

弟は何年目だっけと、ふと思った。
僕も入社後、3年目か4年目に火を吹くプロジェクトのサブリーダーになっていたことがあった。
ふと気がつくと、リーダーがいなくなっていて、結局、自分が責任者のような形になっていた。
そのころから、会社のために自分があるのではなくて、自分のために会社があるという風に考えるようになったし、会社のために頑張っているのではなくて、自分自身のために頑張っていると思うようになった。

そう考えるようになって、視野が開けた。
会社の利益を上げるため、納期に間に合わせるため、赤字にならないためにシステムを組むのではなくて、ただただ、顧客が満足する良いシステムを作ろうという意識に変わった。
僕は良いシステムを作るためのスキルを磨いているのだと考えるようになった。

次のプロジェクトからは、会社の利益とか、契約の範囲とか、システムの制限とか、全く考えないで、純粋に顧客とどんなシステムを作ったら良いのか、話をするようになった。
自社の製品に照らして出来ないとか、考えなくなった。
追加の開発が必要になるから、受けられないとかも考えなくなった。
とにかく、何の制約も考えずにただ純粋に、お客の話を聞き、ただ純粋に良いシステムとは、どんなシステムなのかを考えるようにした。

結果、自社の製品導入は行えないケースもあったりしたが、プロジェクトは失敗しなくなった。
要件定義という局面がある。
お客の要望を聞く局面だ。
結局、お客の要望をいかに正確に聞き取るかが、勝負なのだと感じた。
それが出来ていないと、設計や、物を作っているときに、お客から要望が出てきて、作りなおしになったりする。

意識が変わってうまくいくようになったのだが、客観的にみると、どんなものを作るのかを明確にする局面に比重を置くようになって、物事がうまくいくようになった。

これは、そふとうぇあに限ったことではない。
ダムだとか、橋だとか、そんな公共の事業にも言えることだ。

一体全体、そのシステムは、誰にとって必要とされていて、何が出来ることが大事なのか。
お客の突拍子もない思いつき、戯言、夢を、聞きとり、その中から根本的に何を求めているのかを救い出し、システム化する。
システム化するものがきっちりと決まった状態であれば、あとは、プログラマーなり、開発者に鞭を打って飴を出してやって、時には、追加の費用を出してやれば、納期に間に合わせることができる。

実は、弟のプロジェクトが、このような状態になるだろうことは、去年初めて話を聞いたときから、何となく予想出来ていた。
全くもって予想通りの展開になったのだが、この展開をリーダーとして経験しているのと、していないのとでは、ITに携わる者としての厚みが違ってくる。
また、去年の時点でいろいろ言っても、弟は耳を貸さなかっただろうと思う。

世の中には、いろいろと割に合わない仕事があるが、今の弟の仕事は、まぁまぁわりに合った仕事だと見ている。
労働力の対価は、給与だけではない。
昔、父が、山の上まで石を持って行って、それを持って帰って来いと言われれば、無駄だと思っても山の上まで石を持って行って持って帰ってくる、それが仕事だといったことがある。
給与をもらえたとしても、僕は割に合わない仕事だと思う。
元々、生かさず殺さず安い給料で働いているサラリーマン。
労働の対価は、給与+経験、スキルじゃないと割に合わないと思っている。
弟の今の仕事は、経験、スキルがものすごつつく仕事だ。
つらい割に報酬はでかい。

運用プロジェクト

2009-04-15 23:59:09 | 日記

1年半入った、今回のプロジェクトも、残るところ2か月となった。
自分にとっては、はじめての運用保守プロジェクトだった。
運用保守プロジェクトとは、すでに出来上がっているシステムに対して、メンテナンスを行ったり、お客の要望を取り入れて作業をしたりする。
一般的には、保守ということで、堅いイメージ、定時に帰れるイメージを持つが、このプロジェクトはそうではなかった。(大体の保守プロジェクトが、そうではない気がするが・・・)


構築と違った忙しさがあった。
人数に対して割に合わないくらい多いシステムの数。
障害が発生した場合には、夜間、休日を問わずの呼び出し。
特に、インフラ(機械)周りの保守なので、故障が結構発生するのである。
1年に1回くらいならまだしも、1年に10数回の単位で発生するから困る。


逆に、やり方次第では構築と違った気楽さもある。
納期という概念がないのである。
だから、作業をちんたらやっていても、たまに注意を受けるだけで契約上の違反になることもなく、責任を問われることもない。


ただ、ちんたらやっていると、スキルがつかない、会社での業績のアピールが出来ないというジレンマに陥ってしまう。
気が楽な反面、得るものが少なくなってしまう。


さてさて、自分はというと、IT業界で働いていく上で、すごくためになったプロジェクトだったと思う。
今までは、作る側の立場だったのだが、作ったものを受け入れる側の立場に立ち、見えなかったものが見えてきた。
作った側の実際に使う現場を考えていないシステムの構成等、作ったものを受け入れる側の視点で見ると、今まで見えていなかった様々なものが見える。


また、運用の中でいろいろな人との意見が違い、戦ったことも今は、ためになったと思っているし、今回のプロジェクトの特異な構成(システムを作る側も、作ったものを受け入れる側も同じ会社)でのデメリット、メリットも実感した。
作る側は、作るまで(作る契約が終わるまで)のスパンでの視点なのに対して、受け入れる側は、実際に使っている期間を見据えた長いスパンの視点なので、基本的になかなか折り合いがつかない。
要は、作る側が期間内に終わらないと、会社に損失が出てしまうので、いろいろと端折ろうとするが、そんなものを受け入れてしまっては、自分たちが自分たちの首を絞めることになるわけだ。


もっともっと書くことはたくさんあるのだが、一度に書いては、まとまらなくなってしまうので、少しずつ書きためていこうと思う。


怒られた

2009-04-11 11:50:33 | 日記
所属長に怒られた。
交通費の清算が、過去3か月以上前のものまでさかのぼって清算したからだ。
社会人としての常識に欠けるとか、こんな申請は承認したくないとか、さんざん言われたが、最終的には承認してもらった。
なぜ、こんなくだらないことで、怒るのか、怒られるのかがいまいち分からなかった。
立て替え分は承認しなければならないのだから、うだうだ言わないで、さっさと承認すればいいのにと思いながら小言を聞いていた。

5月から新しい部門に変わるのだが、本当に良かったと思ったのと同時に、自分がそういうポジションになった時、同じことが起こったらどうすればいいのかなぁと考えた。

3か月の引き継ぎ期間の始まり

2009-04-06 16:16:38 | 日記
リーダー降格後の初めてのチームミーティングを行った。
5月からの異動に際して、今のプロジェクトで3ヶ月間(4,5,6月)の間、引き継ぎ期間として0.5人月分働くことになった。
もちろん引き継ぎ期間なので、リーダーは降格になる。
さてさて、リーダー降格後に初めてのミーティングを行うことになるのだが、新リーダーのIさんは、調整が上手いタイプだ。
チーム方針が大きく変わるのでしょうがないのだが、私の進めてきた路線とは違う路線を走ることになりそうだ。

路線が変わるということは、引っ張ってきた身としては、なんだか寂しい気持ちになる。
昔々、僕が新米の頃にリーダーをしていた際に、ある決断をして結果としてうまくいかなかったことがあった。
その際に、直属の子会社のマネージャが僕に言った言葉を思い出す。
「結果としてうまくいかなかったかも知れないが、その時その時の判断は間違っていなかったと信じるしかないんですよ。」
今回は上手くいかなかったということはないのだが、路線が変わって別の方向へ動き出そうとしているチームを見ていると、ふと、自分の路線は間違っていたのではないかと思ってしまう。
だけど、違うんだ。
その時その時の判断は決して間違っていなかった。
自分のその時の判断に自信を持とうと。。

週末

2009-04-05 15:34:44 | 日記
週末、沼津に来ることになった。
途中で御殿場のアウトレットショップの集まっているエリアに立ち寄った。
いろいろな洋服のショップが集まっている。
以前、東京の丸の内だったかで感じた劣等感をここで感じることはない。
みながみな、おしゃれをしてきているのだが、なんだか、田舎の人々が着飾ってきているようで、劣等感を感じない。

ショップの中に入るとおしゃれな店員さんがいるのだが、ふと考えると、ただのバイトなのか、派遣社員なのか、要するに綺麗に作ってある張りぼての裏が見える。
まぁ、そんな風に考えていること自体、何か漠然とした何かを意識しているのだろうが・・・
他者から自分がどう見えているのかが、自分の価値だと感じている自分がいる。
周りとの協調をとる上で必要不可欠なバランス感覚にもつながるのだが、行き過ぎると自分を見失ってしまう。
人はゆらぐ。
あるときは、個性を強く、あるときは周りを気にして個性を殺す。
そんなことの繰り返しを行って、バランスをとっているのだと思う。

さて、洋服だが、水色の薄手のニットが50%オフだったので購入した。
久しぶりのブランド品の購入だ。
ぶらぶら見ていると、あ、これは絶対ほしいなぁというジャケットがあったが、値段を見てびっくりした。50%Offで、65000円だった。つまり、元値は13万か・・・
いいのだが、さすがに買えない。。

靴屋があった。
昔、大好きだったCAMPARというメーカーの靴屋だった。
そういえば、父のはいていた靴も、このCAMPARという会社のだったなぁとおもいぶらりと寄ってみる。
やっぱり軽い。
この会社の靴は軽い。
ほしくなったが、1万円を超えていたので躊躇する。(なんだかなぁ)
ほしいもののリストに加えておこうと思って、出てきた。

久しぶりにいろんな店をぶらりぶらりとして、また欲しくなってしまった。
会社に入って、結婚して、5年くらい、全くしゃれっ気がなかったし、そういうものに価値を見出さなかったのだが、5年くらいを経て、肩の力が抜けて、もう少し楽におしゃれを楽しめそうな気がする。
安くてもいいので、少しずつ楽しんでみるのも言いなぁと思った。

日曜日、今から沼津から帰るのだが、外は春の陽気でぽかぽかとしている。
暖かい。
金、土と仕事のことが頭から離れなかったが、やっとのことで、少し開放された気がした。