心より良かったと思ったのと、人の体と医療は不思議なものだなぁと漠然と思ったりした。
父と話している中で、弟が仕事のことで悩んでいるという話を聞いたので、夜、電話をしてみた。
要約すると、任せられたプロジェクトが火を吹いていて、その責任が社内、社外的に弟に向けられているということだ。
周りの人たちが、次々と弟に責任を押し付けて、逃げ去り、結局弟ただひとり、火を吹いている真っ只中に取り残されているというのが、弟の話だ。
弟は何年目だっけと、ふと思った。
僕も入社後、3年目か4年目に火を吹くプロジェクトのサブリーダーになっていたことがあった。
ふと気がつくと、リーダーがいなくなっていて、結局、自分が責任者のような形になっていた。
そのころから、会社のために自分があるのではなくて、自分のために会社があるという風に考えるようになったし、会社のために頑張っているのではなくて、自分自身のために頑張っていると思うようになった。
そう考えるようになって、視野が開けた。
会社の利益を上げるため、納期に間に合わせるため、赤字にならないためにシステムを組むのではなくて、ただただ、顧客が満足する良いシステムを作ろうという意識に変わった。
僕は良いシステムを作るためのスキルを磨いているのだと考えるようになった。
次のプロジェクトからは、会社の利益とか、契約の範囲とか、システムの制限とか、全く考えないで、純粋に顧客とどんなシステムを作ったら良いのか、話をするようになった。
自社の製品に照らして出来ないとか、考えなくなった。
追加の開発が必要になるから、受けられないとかも考えなくなった。
とにかく、何の制約も考えずにただ純粋に、お客の話を聞き、ただ純粋に良いシステムとは、どんなシステムなのかを考えるようにした。
結果、自社の製品導入は行えないケースもあったりしたが、プロジェクトは失敗しなくなった。
要件定義という局面がある。
お客の要望を聞く局面だ。
結局、お客の要望をいかに正確に聞き取るかが、勝負なのだと感じた。
それが出来ていないと、設計や、物を作っているときに、お客から要望が出てきて、作りなおしになったりする。
意識が変わってうまくいくようになったのだが、客観的にみると、どんなものを作るのかを明確にする局面に比重を置くようになって、物事がうまくいくようになった。
これは、そふとうぇあに限ったことではない。
ダムだとか、橋だとか、そんな公共の事業にも言えることだ。
一体全体、そのシステムは、誰にとって必要とされていて、何が出来ることが大事なのか。
お客の突拍子もない思いつき、戯言、夢を、聞きとり、その中から根本的に何を求めているのかを救い出し、システム化する。
システム化するものがきっちりと決まった状態であれば、あとは、プログラマーなり、開発者に鞭を打って飴を出してやって、時には、追加の費用を出してやれば、納期に間に合わせることができる。
実は、弟のプロジェクトが、このような状態になるだろうことは、去年初めて話を聞いたときから、何となく予想出来ていた。
全くもって予想通りの展開になったのだが、この展開をリーダーとして経験しているのと、していないのとでは、ITに携わる者としての厚みが違ってくる。
また、去年の時点でいろいろ言っても、弟は耳を貸さなかっただろうと思う。
世の中には、いろいろと割に合わない仕事があるが、今の弟の仕事は、まぁまぁわりに合った仕事だと見ている。
労働力の対価は、給与だけではない。
昔、父が、山の上まで石を持って行って、それを持って帰って来いと言われれば、無駄だと思っても山の上まで石を持って行って持って帰ってくる、それが仕事だといったことがある。
給与をもらえたとしても、僕は割に合わない仕事だと思う。
元々、生かさず殺さず安い給料で働いているサラリーマン。
労働の対価は、給与+経験、スキルじゃないと割に合わないと思っている。
弟の今の仕事は、経験、スキルがものすごつつく仕事だ。
つらい割に報酬はでかい。