ブログをがんばって再開しようと思う。
随分書いていないなぁと思って、過去の記事を見たら、1ヶ月、そろそろ2ヶ月くらい更新していないことに気がつく。
久しぶりの今日は、夢の話。
2日前にこんな夢を見た。
学校らしきところにいた。
たぶん、小学校なのだろう。
というのも、オープンスペースで、四角い4人机に座っていたので…(中学からは、1人机だったのだ)
その4人机には、いじめっ子と、いじめっ子の子分らしきのが座っている。
かつての旧友の誰という認識は出来ない。夢の中で、僕は、象徴として、いじめっ子とその子分ということで認識していた。
いじめっ子の子分が、パンを出す。
そのパンは、ミミの部分が、ガムテープで出来ているパンで、いじめっ子の子分は、そのパンを食えと言う。
僕は、嫌なことを言うなぁと思いつつ、反論する。
「なぜ、そのパンを食べなければならないのか、理由が分からない」
いじめっ子の子分は、答える。
「食べなければならないから、食べるのだ」
僕は答える。
「食べなければならない理由を聞いているのに、食べなければならないからでは、ちゃんとした答えになっていない。なぜ、に答えていない」
夢の中ながら、理路整然とした答えだと、ほんの少しうれしかった。
そして何より、すらすらと言葉が出たことがうれしかった。
そして、そのまま子分は何も答えないのだが、僕は、子分の後ろにいる、いじめっ子の存在を感じ始める。
こんな口応えをしてしまって良かったのだろうか、後で、ひどいことにはならないだろうか。
そして、夢から覚めた。
夢から覚めて、印象的な夢だったなぁと改めて、夢を思い返す。
夢は現実の世界を映すことがある。
現実世界で悩んでいたり、気にかかることが夢になってまで出てくる。
今回見た夢は、まさにそれだったのだろう。
いじめっ子の子分は、プロジェクトの統括リーダー、そして、いじめっ子は、プロジェクト統括リーダの後ろにいる、所属長であったり、会社であったりする。
理不尽な要求に対して戦っているのは、僕自身。
夢を見終わった後の感想は、とてもすがすがしかった。
それは、ちゃんと自分の思ったことをいえたからだろう。
人生は夢に例えることが出来るのだろうか・・・
随分書いていないなぁと思って、過去の記事を見たら、1ヶ月、そろそろ2ヶ月くらい更新していないことに気がつく。
久しぶりの今日は、夢の話。
2日前にこんな夢を見た。
学校らしきところにいた。
たぶん、小学校なのだろう。
というのも、オープンスペースで、四角い4人机に座っていたので…(中学からは、1人机だったのだ)
その4人机には、いじめっ子と、いじめっ子の子分らしきのが座っている。
かつての旧友の誰という認識は出来ない。夢の中で、僕は、象徴として、いじめっ子とその子分ということで認識していた。
いじめっ子の子分が、パンを出す。
そのパンは、ミミの部分が、ガムテープで出来ているパンで、いじめっ子の子分は、そのパンを食えと言う。
僕は、嫌なことを言うなぁと思いつつ、反論する。
「なぜ、そのパンを食べなければならないのか、理由が分からない」
いじめっ子の子分は、答える。
「食べなければならないから、食べるのだ」
僕は答える。
「食べなければならない理由を聞いているのに、食べなければならないからでは、ちゃんとした答えになっていない。なぜ、に答えていない」
夢の中ながら、理路整然とした答えだと、ほんの少しうれしかった。
そして何より、すらすらと言葉が出たことがうれしかった。
そして、そのまま子分は何も答えないのだが、僕は、子分の後ろにいる、いじめっ子の存在を感じ始める。
こんな口応えをしてしまって良かったのだろうか、後で、ひどいことにはならないだろうか。
そして、夢から覚めた。
夢から覚めて、印象的な夢だったなぁと改めて、夢を思い返す。
夢は現実の世界を映すことがある。
現実世界で悩んでいたり、気にかかることが夢になってまで出てくる。
今回見た夢は、まさにそれだったのだろう。
いじめっ子の子分は、プロジェクトの統括リーダー、そして、いじめっ子は、プロジェクト統括リーダの後ろにいる、所属長であったり、会社であったりする。
理不尽な要求に対して戦っているのは、僕自身。
夢を見終わった後の感想は、とてもすがすがしかった。
それは、ちゃんと自分の思ったことをいえたからだろう。
人生は夢に例えることが出来るのだろうか・・・