全く想像していなかった女の言葉に、俺は唖然としてしまった。
しかも、この女は他の女と違って、俺に色目を使わねー上に全く興味がなさそうだ。
何度も頭を下げながら、
『すみません。』だとか、
『申し訳ございません。』なんて言っている。
このタイミングで、女将と料理長がいつものように挨拶をしに部屋へ入ってきた。
直ぐに女将と料理長の元に駆け寄った女は、また
「すみません。」
って、言いながら頭を下げた。
そして、二人に向かって、
「折角、作って頂いたお料理なのですが…。父の体調が悪くなってしまって…。」
こんな風に謝りだしたんだ。
さっき、俺に謝った時と同じように、何度も謝罪の言葉を入れ、その都度頭を下げている女。
こいつが頭を下げる度に、こいつの黒髪が室内の照明に反射して綺麗に光る。
思わず俺が、その髪に見惚れてしまった時─────。
仲居が料理を運んできた。
「お料理のお代は、私が…。うっわー、おいしそう。綺麗!食べるのが勿体ないっ!
って、すみません…。えっとー、お料理のお代は、こちらで負担させてもらいます。」
なんて言い出したんだ。
いつの間にか、俺はこいつの綺麗な髪から、コロコロと変わる表情に目が移っていた。
俺や女将、料理長に謝るこいつの顔。
料理を見た途端、目をキラキラさせるこいつ顔。
こいつと目が合った途端─────。
「お前、時間あるのか?」
俺は、こんなことを口走っていたんだ…。
思いもしない支社長の言葉に─────。
私は思わず「はい。」って頷いた。
確かに、私が『はい。』って言ったんだけど…。
なんで『はい。』なんて言ってしまったんだろう…。
なぜか、私は支社長と、運ばれてきたお料理を一緒に食べているの。
ビックリでしょ。
だから、私は極度の緊張状態!
会社の上司とご飯を食べるってだけでも緊張するのに、支社長だよっ!
お茶も溢せないし、もちろん、おかずも落とせない。
お箸を休ませる時なんて、少しだけ下を向いて深呼吸したくらい。
それなのに、そんな私の大緊張に全く気が付かない支社長は…。
私の目の前で、綺麗にお料理を食べているの。
本当に、綺麗に食べているんだよ。
思わず、見惚れてしまうくらい。
私なんて、マナーもなんにも無いから正直恥ずかしい。
遅いくらいだけど、私も社会人なんだから、食事のマナーとか身に付けていきたいな。
支社長って、怖いって思っていたけど…。
普通に優しい人なのかもしれないな。
さっさと帰ったっていいはずなのに、私と一緒にご飯を食べてくれているんだよ。
私が、思わず「美味しー。」なんて言ってしまっても、
「そうか?美味いか?」なんて、聞いてきてくれるんだよ。
あまりの美味しいお料理に「うーん!」なんて唸ってしまっても、
そんな私を見て、笑ってくれているんだよ。
俺の目の前では、牧野ってオヤジの娘が、『美味しー』だとか『綺麗』っつー言葉を言いながら食い出した。
マナーなんて全くねーが…。
こいつが美味そうに食っているのを見ると、無意識に笑ってしまっている。
スゲー美味そうに食っていて、いつもはあまり食わねー俺ですら食いたくなるくらいだ。
幼なじみのあいつらにはバカにされっけど…。
正直、女と仕事抜きで飯食うなんて初めてだ。
女と飯を食うって、こんなに楽しいんだな。
こいつは、今までに俺に群がってきた女たちとは違う。
誰に対しても同じように謝る、こいつに興味を持った。
しかも、料理を見たときの顔が可愛いんじゃねって思った。
女に対して、こんな気持ちになったことなんてねーけど…。
こいつと一緒にいてーだとか
こいつのことを知りてーって思ったんだ。
「食べるのが勿体ない。芸術品みたいですね。」
なんて言いながら、その芸術品ってやつをキラキラした瞳で楽しんだ後、キッチリ食う。
そんなこいつを見ていると俺まで楽しくなって、気付けは俺のグラスのビールは空だった。
「女将、ビールを瓶で。」
女将に頼むときに、俺は左手を上げた。
この料亭を使う時のサイン。
俺が右手を上げたら、最短で解散出来るように料理は次々と運ばれる。
反対に左手を上げると、料理はゆっくり運ぶようにという指示。
俺からの初めてのサインに、女将は一瞬目を見開いた。
確かに、俺が左手を上げたのは初めてだ。
しかも、酌なんてされたくねー理由で、グラスビールしか頼んだことがねー俺が、瓶ビールを頼んだんだ。
俺の意図することを直ぐに判断した女将は、
ビールを持って来ても、酌などは一切せず直ぐに退室した。
俺は、目の前の女がどう動くのかを観察しだした。
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