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この日の夜遅く─────。
俺は、西田から牧野の履歴書奪還に成功した。
牧野の直筆だぞ!
しかも、大学生の頃の写真付。
今と同じ顔だ。
いや、少しだけ今の方が大人っぽいか?
字も、綺麗な字を書くんだな。
俺が、牧野の履歴書を見て感動しているっつーのに…。
「それでは、総務部に返却しますので返してください。」
なんてことを、西田が言ってきたんだ。
あ?
牧野の履歴書を返すだと…?
常識的には、返却するのが当然なんだろう。
そのくらい俺にもわかっている。
でも、返したくねーんだ。
俺が持っていたい。
西田が席を離したすきに、俺は牧野の履歴書のカラーコピーを取った。
そして、西田が戻ってくる前に、履歴書を本来あるべき場所に戻した。
気にすることはねー。
数年後には、間違いなく履歴書もデジタル化されている。
翌朝。
西田はしれっとした顔で
「本日の午後一番で、シンガポールに出張です。」
なんてことを言ってきた。
なんで俺が2週間もシンガポールなんて行かねーといけねーんだよ!
しかも、西田と。
牧野に、変な虫がついたらどーしてくれんだよっ!
変な男対策に、SPでもつけるか?
「出張には行かねー。俺は牧野とデートするんだっ!」
なんて、抵抗したが…。
西田は軽く鼻で笑いながら言ってきた。
「何を言っておられるのですか?それは、妄想ですか?デートすると仰られるなら、実際に、約束をしてからにしてください。」
クソっ。
ジト目で西田を睨んでみたが…。
俺のジト目なんて、こいつには全く効かねー。
全く怯まねー西田が、
「仕事でございます。予定は2週間。ですが、仕事が早く終われば、帰国も早まります。帰国後に、牧野社長との時間を手配する予定です。よろしいですね。」
こんなことを、念押しするかのように言ってきた。
マジでムカつく。
飴と鞭の使い方じゃねーかっ。
昨日の履歴書のこともだが…。
ムカつくことに、俺の扱いはババアより西田の方が上だ。
間違いなく、俺が動くようにもってくる。
「わかったよ。行けばいいんだろ。ソッコーで帰国してやる!」
っつー俺の返事に、西田が笑った。
西田の笑顔なんて見たくねぇ。
俺は、牧野の笑顔が見たいんだ!
私がお昼の休憩から戻ると─────。
秘書課がバタバタしているから、履歴書を取りに来て欲しいって内線が入った。
また、秘書課…。
支社長の執務室がある、最上階まで行かないといけない。
でも、支社長に会えたら─────。
覚えてくれていないかもしれないけど…。
実は、私も道明寺ホールディングスの社員ですって伝えよう
黙っていたことと、この前、料亭でビールをかけてしまったことを謝ろう。
こう思いながら、私はエレベーターに乗り込んだ。
秘書課に入ると…。
見るからにベテランの秘書さんが数名、忙しそうに動いていた。
そして、私に気付いてくれた秘書さんが、
「ごめんなさいね。西田さんに借りていた履歴書を、総務部に届けるように言われていたんだけど…。今日は、会議が重なっている上に、午後一番で西田さんが支社長についてシンガポールに行ってしまって。」
って、ペラペラと話してきてくれた。
支社長は、シンガポールに出張なんだ…。
残念。
じゃ、会えないんだ…。
悲しいな。
あれ…?
残念ってなに?
悲しいってなに?
なんで、私、残念とか悲しいって思ったんだろ?
こんなことを思いながら、私は最上階のエレベーターホールへ歩き出す。
エレベーターは、1階で止まっていた。
エレベーターが着くまで、私は預かったばかりの履歴書をパラパラとめくり出した。
今より少しだけ幼いような気がする、同期の顔写真。
その中の1枚で、私の目は留まった。
あれ?
これ、私の字?
えっ?
これって、私の履歴書…。
じゃないっ!!
私の履歴書だけが、カラーコピーになっているっ!
折りしわも無い。
なんで?
どうして?
えっ?
昨日は、どうだったの。
西田さんに預けた時、私の履歴書は既にカラーコピーだったのかな?
私以外に、カラーコピーされたものは無い。
私は、さっき感じた支社長への想いなんて、すっかり忘れてしまっていた。
そして、ただ…。
カラーコピーになった私の履歴書を、ジッと見つめ続けた。
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