もうっ!
パパのバカー!!
どうして新入社員のわたしが、よりによって勤めている会社の支社長と会わないといけないのよっ!
もうっ!
どうしようー!!
私は今、ある料亭へ向かっている。
そう…。
今夜、パパと支社長が会うはずだった料亭。
なんで私が、支社長に会う為に料亭に向かっているかって?
・・・・・。
パパったら!
パパったら!!
緊張しすぎてお腹が痛くなって、トイレから出られなくなってしまったのっ!
しかも、約束の時間の半時間前に、そんな連絡が来るんだよ。
今日に限って、ママもお弁当屋さんの残業が入ってしまって…。
その時間だったら、会社に連絡しても支社長も出てしまっているって時間だったから、私が謝りに行くことになったの。
うちみたいな零細?先細り?倒産直前の工場がっ!
道明寺ホールディングスっていう大企業の支社長さんと、話が出来るせっかくのチャンスを無駄にするなんてっ!!
パパは、そういうところがある。
勝負弱さって言うのかな?
それがあったらパパの工場も、もう少しマシな状態になっていたはずなんだよね…。
本当に─────。
いつ倒産しても、おかしくないような状態になってしまって…。
これから、どうするんだろ?
進だって、まだ学生なのに。
パパには悪いけど、パパの仕事の事を考えると溜息しか出ない。
そんなことを思っていたら─────。
道明寺ホールディングスの支社長さんが、女将さんに案内されて座敷に入ってきた。
私を見た瞬間、怖い…。
ううん。
怖すぎる顔になった。
同期で仲良しの璃乃ちゃんが言ってった記憶がある。
支社長は、すごくカッコいいけど女性嫌いだって…。
璃乃ちゃんー。
確かに支社長は、カッコいいとは思うよ。
でも、怖い。
本当に怖い顔をしている。
迫力ありすぎっ!
こんな睨まれた状態で、パパのことを言うの怖すぎるっ!
でも…。
パパが体調崩したことを早く言わないと、もっと恐ろしいことになりそう。
新入社員なのにー、私。
もう、パパのバカ!
でも、支社長も─────。
目の前の私が、自分の会社の新入社員だなんて思いもしないよね。
「お連れ様がお待ちです。」
襖を開けながら、女将が言ってきた。
その途端、俺の視界に入ってきたのは、小さな女。
牧野ってジジイ。
面識すらねーのに、速攻で自分の娘を差し出してきたのか?
最初から娘が一人っつーのは、さすがに今までも無かったぞ。
なんてことが頭に過ぎったが…。
それにしては、化粧っ気が全く無く、カラーリングもされてねー真っ黒でサラサラの髪でに、野暮ったいリクルートスーツを身に纏い強張った顔をしている。
そして、緊張からか声を震わせながら言ってきたんだ。
「こんばんは。初めまして、牧野と申します。急に父が、体調を崩してしまいました。せっかく準備して下さったのに、本当に申し訳ございません。道明寺様の会社に、連絡させてもらうには、少し遅くて…。」
体調不調なら、仕方ねーんじゃねぇの。
俺も、あいつらと合流しやすい。
『では、またの機会に。』
断ろうとした、その時────。
「私が代わりに伺いましたが…。私では、役不足で仕事の話は出来ません。父の体調が戻り次第、もう一度お時間を取って頂けないでしょうか?お忙しいなか、お越しいただき、本当に申し訳ないのですが、お帰りになってもらってもよろしいでしょうか?お代は、私の方で出させてもらいます。」
野暮ったいスーツ女が、こんなことを言ってきたんだ。
まさかの…。
俺より先に、野暮女が断ってきた。
俺にとっての初体験。
丁寧な口調で、本当に申し訳なさそうに言っているが…。
道明寺司が、化粧っ気もねー女に断られるなんてな。
しかも、『お代は私の方で出させてもらいます。』ってなんだ?
道明寺司が、女に奢られるなんてことあっても良いのか?
頭を上げた女と、目が合う。
この女、どこかで見た記憶がある。
どこで見た?
見かけただけなのか?
女嫌いな俺に、なんでこの女の記憶があるんだ?
俺は、この女から目が離せなくなってしまっていた。
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