八十八夜

学生時代から大好きなマンガの2次小説です

Coincidence4

2023-01-23 08:00:00 | Coincidence(完)

 

 

フツーなら─────。

女将が飲み物を瓶で運んできた時点で、注ぐだとか酌しねーとっつーことを思いそうなんだが…。

目の前のこいつは、そんなことなんて全く思いもしねーみたいで、モリモリ食っている。

 

女だから酒を注ぐべきだなんて、俺は思っていない。

どうでもいい女に酒を勧められても飲みたくもない。

 

でも、こいつにだけは注いでもらいてーって思うんだ。

こいつが俺の隣で微笑みながら、ビールを注いでくれたらっつー俺の妄想が止まらねー。

こんな風に俺が思うのは初めてだ。

 

気付けよ…。

お前にビールを注いでもらうことだけを、俺は期待して待っているんだぞ。

 

ビールを注ぐっつー事に気付かねーっつーことは、こいつは社会人じゃねーってことか?

高校生に見えねーこともねーが…。

大学生か専門学生か?

俺や女将、料理長に対応していた時、社会人ぽさはあった。

どこの会社に勤めているんだなんてことを、頭の片隅で記憶した。

 

俺の期待も虚しく、食うことに集中しているこいつ。

諦めた俺が、グラスにビールを注ごうとした時…。

 

「気が付かないで、すみませんっ!」

っつー声と同時に、こいつが急いで俺の隣にやって来た。

と、同時にさっきまで下がっていた俺のテンションが上がる。

 

俺からビールを受け取ると、はにかんだように笑うこいつ。

そうだよ。

こいつのこんな顔を隣で見たかったんだ。

こんなことを思いながら、グラスを差し出した。

 

と、同時に、こいつの顔に緊張が走ったような気がした。

なんだ?

今の一瞬の表情。

 

こう思った時には、こいつの顔は困った顔になっていた。

こいつの目線の先は、俺の持っているグラス。

 

俺もつられて、自分の手にしているグラスに目を走らせた─────。

瞬間!!

俺の目が見開いた。

 

・・・・・。

どう注いだらこんなことになるんだ?

っつーくらいの見るも無残なビールが、俺のグラスに注がれている。

 

隣のこいつは首を傾げながら

「あれ?あれ?ビールって泡立たないの?高いビールは泡立たないのかな?」

こんな訳のわからねーことを呟いたんだ。

 

泡立たねービールなんてないだろっ!

お前の注ぎ方だっ!

値段なんで関係ねー。

どうしたらこんなに下手に注げるんだ?

 

正直こんな不味そうなビールを、見るのは初めてだ。

もちろん飲めたものじゃねーんだろう。

 

心配そうな顔をしたこいつが、

グラスのビールを見て、俺をチラって上目使いで見てくるのがスゲー可愛くて堪んねー。

そんなこいつを見ると、このマズそうなビールも飲んでやるかって思えてくるから不思議だ。

 

初めて注いでもらった泡無のビールが底をつく頃、こいつの顔が引き攣りだした。

俺が顔を引き攣らせてーっつんだ。

なんて思いながら、顔には出さず喉の奥で笑っていると…。

 

目の前のこいつが、

「あのぉ…。すみません。注がないといけないっていうか、注ぐのが嫌とかでなくって…。私が注いでしまうと、美味しいビールが美味しくなさそうになってしまうと思うんです。せっかくのビールなので…。」

こんなことを、歯切れ悪そうに話し出したんだ。

 

そして、

「なので、注ぎ方を教えて下さい。よろしくお願いしますっ!」

こう言って、頭をガバって下げた。

 

今までに『一緒に酒を飲みたい』っつー誘いは、嫌っつー程あった。

が、『酒の注ぎ方を教えて下さい。』っつーのは初めてだ。

 

呆気にとられている俺に、

「ごめんなさい。私、お酒飲めないんです。」

なんて、申し訳なさそうに言ってくるこいつ。

 

こいつ、酒飲めねーのか。

しかも、酒の注ぎ方も知らねーってことは、誰にも酌をしてねーってことだろ?

なんて思いながら、どこかでホッとしている俺。

 

こいつと一緒に飲んでみたい。

飲むとどうなるんだ?

頬やうなじは赤くなるのか?

話し方は?

甘えてきたりするのか?

なんて余計なことまで、一瞬の内に考える。

 

そして、こいつが言ってきた『ごめんなさい。』っつー言葉。

今さっきまでの『すみません。』だとか『申し訳ございません。』より、スゲー距離が近く感じられる。

 

「おう。いいぞ。」

無意識の内に出た俺の言葉に、

 

一瞬で嬉しそうな顔になったこいつは、

「じゃ、今からお願いします!」

なんて、気合い十分に言ってきた。

 

俺の思考は一瞬、こいつとさしで飲むになってしまっていたが…。

こいつを見ると、ビール瓶を持って注ぐタイミングを待っている。

 

いや。

俺が教えるのを待っている。

 

この俺が、女にビールの注ぎ方を教えるなんてな。

今夜は久しぶりに、美味いビールを楽しめそうだ。

 

 

 

 

お読みいただきありがとうございます。