※ 8月24日 加筆修正いたしました。
杉並区の教科書採択審議で、全8社のうち帝国書院、大阪書籍、扶桑社の名前が挙がった。
そこで、以前このブログで書いた『全「歴史教科書」を徹底検証する』 著:三浦朱門 の総論より、各教科書の記載について少々抜粋し比較してみたい。
中学校学習指導要領に沿ったものであることが採択の第一義である。
◎歴史上の人物について
学習指導要領、第2節 社会〔歴史的分野〕
1、目標
(2)「国家・社会及び文化の発展や人々の生活の向上に尽くした歴史上の人物と現在に伝わる文化遺産を,その時代や地域との関連において理解させ,尊重する態度を育てる。」
3、内容の取り扱い
(1)-エ 「国家・社会及び文化の発展や人々の生活の向上に尽くした歴史上の人物に対する生徒の興味・関心を育てる指導に努めるとともに,それぞれの人物が果たした役割や生き方などについて時代的背景と関連付けて考察させるようにすること。その際,身近な地域の歴史上の人物を取り上げることにも留意すること。」
◇歴史上の人物をどの程度取り上げているか
帝国書院:162 7位
大阪書籍:187 5位
扶桑社:263 1位
となっているが、その内訳を見てみると以下のようになる。
A:1P以上の人物コラム、もしくは本文で特に人物として大きく取り上げ詳しく解説している
B:本文で詳しく取り上げるか小コラムで取り上げ、簡単な人物解説を施している
C:扱いとしては小さいが最小限の人物解説を加えている
D:人名としては出てくるが人物解説になっていない
帝国書院:A=1、B=20、C=43、D=98
大阪書籍:A=0、B=18、C=29、D=140
扶桑社:A=11、B=20、C=59、D=173
人物解説になっていないDを除く、A+B+Cで順位をつけてみる。
帝国書院:64 3位
大阪書籍:47 最下位
扶桑社:90 1位
◇どのような人物を重視して取り上げているか
上記内訳のAにあたる人物は誰なのか、というもの
帝国書院:中江兆民
大阪書籍:なし
扶桑社:伊藤博文、織田信長、聖徳太子、昭和天皇、神武天皇、津田梅子、徳川家康、豊臣秀吉、二宮尊徳、源頼朝、紫式部
*帝国書院が大きく取り上げた中江兆民は、その主著である『三酔人経綸問答』を紹介したもので、正確に言えば人物紹介ではない、という記載があった。
◇歴史人物の取り上げ方に偏りはないか
一般になじみのない人物名
帝国書院:アテルイ、安重根(あんじゅうこん)、シャクシャイン、知里幸恵(ちりゆきえ)、柳宗悦(やなぎむねよし)、李舜臣(りしゅんしん)、柳寛順(りゅうかんじゅん)
大阪書籍:安重根、シャクシャイン、尚泰(しょうたい)、柳宗悦、李参平(りさんぺい)
扶桑社:アテルイ、シャクシャイン、李舜臣
ちなみに他の教科書は、
アテルイ(阿弖流為)、シャクシャイン、李舜臣は全社の教科書に記載、安重根は東京書籍を除く全社、浅川巧、伊波普猷(いはふゆう)、大塚楠緒子(おおつかくすおこ)、岸田俊子、コシャマイン、尚円(しょうえん)、尚巴志(しょうはし)、違星北斗(いぼしほくと)、景山英子、田代栄助、閔妃(びんぴ)、姜(かんはん)、伊治呰麻呂(これはるのあざまろ)、が登場する。
著者は、これらは沖縄、アイヌ、蝦夷、朝鮮で日本に敵対した人々、もしくはそれに同調する日本人、自由民権論者ばかりであり、このような人物を意図的に義務教育の歴史教科書に入れてくる意味と、日本の歴史上の人物を差し置いて、こうした人々を教えることに問題はないのだろうか、と疑問を呈している。
このほかにも、
◇韓国や中国におもねった国名・地名・人物表記をしていないか
という比較もある。
一例として国名の比較を抜粋する。
「 」は、横組み教科書で上に書かれている読み
{ }は、下に書かれている読み
高句麗 「コグリョ」 {こうくり}
百済 「ペクチュ」 {くだら}
新羅 「シルラ」 {しらぎ}
高麗 「コリョ」 {こうらい}
扶桑社以外は上記のような記述になっている。
著者は小さなことのように思われるが決してそうではなく、日本語読みを基準とすべきなのに韓国語・中国語読みを優先するということは、執筆者のアイデンティティがどちらにあるのかを疑わせるに足るものだ、としている。
◎文化について
学習指導要領、第2節 社会〔歴史的分野〕
1、目標
(1)「歴史的事象に対する関心を高め,我が国の歴史の大きな流れと各時代の特色を世界の歴史を背景に理解させ,それを通して我が国の文化と伝統の特色を広い視野に立って考えさせるとともに,我が国の歴史に対する愛情を深め,国民としての自覚を育てる。」
◇文化史の取り上げ方
日本が世界に誇る第一級の文化である飛鳥文化から、現存する世界最古の木造建築であり、日本の世界遺産、指定第1号となった「法隆寺」、天平文化からは我が国最古の歌集である「万葉集」、平安文化からは世界最古の長編小説として世界10大文学の一つに数えられ多くの外国語にも翻訳されている「源氏物語」、鎌倉文化から「平家物語」、化政文化からゴッホやモネといった印象派の画家たちに大きな影響を与えた「浮世絵」を取り上げ比較している。
…飛鳥文化*法隆寺
帝国書院:飛鳥文化全体を本文で全く取り上げていない。写真キャプションである程度補っているが、これは論外といえよう。
大阪書籍:本文は2行と少ないが写真、キャプションが豊富な点は、ある程度評価できる。
扶桑社:本文記述は7行と圧倒的に多く、その記述内容も「調和のとれた優美な姿の五重塔や金堂が、中国では見られない独特の配置で立ち並んでいる」「百済観音像は神秘的な微笑をたたえた美しい像である」といったように、ポイントをつけた解説を付しているのが特徴。
…天平文化*万葉集
帝国書院:本文2~4行の記述、万葉仮名の説明も欠く。
大阪書籍:本文で言えば7行といちばん詳しく、万葉仮名についても例を挙げて説明している。
扶桑社:本文5行のほかに長歌一首を紹介し、万葉仮名についても「読み物コラム」で具体的な例を引いて紹介している
…平安文化*源氏物語
帝国書院:法隆寺同様、本文記述を全く欠いている。
大阪書籍:3行以下、何も説明していないに等しい
扶桑社:本文こそ2行の記述しかないが、1ページの人物コラム「紫式部と女流文学」で、紫式部の生涯と源氏物語の執筆について詳しく紹介している。
…鎌倉文化*平家物語
「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり……」
帝国書院、大阪書籍、扶桑社とも、上記冒頭部分を引用・紹介しており、同等とみなしてよい
この平家物語、教育出版だけが完全に無視しているとのこと。
…化政文化*浮世絵
帝国書院:影響を与えたことは指摘しているが、具体性に欠けるのでこれはあまり評価できない。
大阪書籍:ヨーロッパの画家たちに与えた影響について全く触れていない。学習指導要領には「我が国の文化と伝統の特色を広い視野に立って考えさせるとともに,我が国の歴史に対する愛情を深め,国民としての自覚を育てる」とあるが浮世絵ほど、この目的に相応しい教材も少ないのではないか。それだけに、この社の姿勢は残念である。
扶桑社:本文で10行を費やしている他、見開き2ページの読み物コラム「浮世絵があたえた影響」として、このことを特筆大書している。
長くなってしまったが、各社の教科書の違いが少しは伝わっただろうか。
扶桑社の「新しい歴史教科書」が、学習指導要領に沿ったものであるということは伝わっただろうか。
他社の教科書が、扶桑社の教科書より学習指導要領に沿っているものだと言えるだろうか。
照らし合わせて見ればわかるが「子供達を戦争に送り出す」教科書でも、「戦争に向かう」教科書でもない。
抜粋した記載の他にも、問題だと思われる書き方をしている教科書は多い。
教育委員は採択時に、いったいどこを見ているのかと思う。
冒頭にも書いたが、学習指導要領に沿った教科書を採択するのが仕事なのだと自覚していただきたい。
たとえどれほどの嫌がらせ、妨害を受けたとしても、である。
逆に受けた嫌がらせ、妨害を公表すべきではないだろうか。
過激派・中核派を軸にした反日市民団体などが、頭ごなしに扶桑社の教科書を「戦争美化」の教科書だと圧力をかけ、狂気にみちた抗議行動をしているが、逆効果になりこそすれ、一般国民の理解を得られることはないと思う。
どこがどう「戦争美化」なのか、具体的に示すべきではないだろうか。
もっとも冷静に、具体的、理論的に示して批判することが不可能だから、あらゆる「力」で押さえつけるのかもしれない。
各社の歴史教科書が、現場の先生の意向を優先するのではなく、学習指導要領に沿った、より良い内容のものになって行くことを願うばかりである。
※杉並区の教育委員会で名前が出た3社に限定しましたが、この比較検証は全8社にわたっているうえ、私自身の文章力不足の為、多少理解しにくい書き方になっているかもしれません。