流動のイイ女

妻子もちと別れ⇒いじめで会社を退職⇒脱無職⇒上司と不倫関係⇒約3年の不倫にピリオド⇒復縁、妊娠⇒未婚の母に

2010-10-07 | 新しい仕事
「まい・・・」

テツさんがつぶやく。

『なぁに?』

涙と鼻水で携帯はグシャグシャだ。

「指輪、つけてもいいの?」

きっと目の前にテツさんがいたなら、子供のように上目遣いで聞いていることだろう。

『アタシからは何も言わないよ。テツさんの好きにして』

付けろ、と言えばテツさんはつけるだろうし、付けるな、と言えばテツさんはつけてこないだろう。

そんな、言われたから従いますみたいなことは嫌だった。

テツさんの意志で、テツさん自身で決めて欲しかった。

ほとんど寝てないテツさんにとても悪いことをしてしまった。

「まい」

『ん?』

「会社は本当に辞めちゃうの?」

う・・・そうだよね。

こうして仲直りしちゃったわけだから、辞める必要はなくなった。

でも・・・

『うん、辞めるよ』

「本当に?」

『うん、だって、言っちゃったし・・・これじゃ示しもつかないよ。今更辞めるのやめますなんて言えないと思わない?』

けじめだけはつけたかった。

どちらにしろテツさんからは離れたほうがいいと思ったから。

だけど・・・

「そんなことはないと思うよ。言いなよ」

この一言で、あっさりと退職を取り下げることになる。

バカだ、アタシ。

せっかくのチャンスだったのに。

みすみす逃した。

いや、逃げたんだ。

自由になるのが恐いだけなんだ。

アタシはきっと支配されている状態のほうが楽なんだ。

彼の言うとおりに動いて、彼の希望通りになる。

これがアタシが生きていく上で最良の手段なんだ。

安堵と後悔が同時に押し寄せる、なんとも複雑な感情だった。



翌朝、予想はしてたけど寝坊してしまった。

遅刻する旨をキモミとテツさんに伝え、出社した。

テツさんはいつもと変わりなさそうだった。

ただ、左手をずっとポケットにしまっていた。

コーヒーを渡すときも、電話を繋ぐときもポケットにつっこんだまま。

これはアタシを試してると思った。

アタシが指輪をしていなければ、テツさんも隠れて指輪を外し、アタシがつけていればテツさんもつけるだろう。

そんな気がしていた。

テツさんに対するアタシの直感は驚くほどよく当たる。

だから自分のインスピレーションをアタシは疑わない。

だけどもし、テツさんが指輪をしていなかったらどうしよう・・・

そんな不安もあった。

アタシは左手薬指にリングをつけていた。

書類を渡す時に、アタシのリングはテツさんの目に入ったはず。

テツさんは立ち上がり、ポケットから手を出した。

その薬指には、当たり前のようにリングが光っていた。

テツさん夫妻のカルティエのリングに比べればおもちゃみたいなリング。

だけどアタシ達の絆は、このチープなペアリングで保たれているんだ。

これでいい。これでいいんだ。

アタシ達は離れられない運命なんだ。

そう強く、強く自分に言い聞かせた。

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