村内まごころ商法 & 剛毅の経営

昭和53年に出版された本と、ホームリビングに掲載された記事でたどる、村内道昌一代記

ネックは交通渋滞

2007年05月14日 | Weblog
3.商圏を考える

商業では商圏というものを常に考えていかなければならない。どの範囲から顧客が来てくれるかという「面」を設定し、その中心点に店舗を構える。地図上の面がすなわち商圏である。商圏の仮定は業種、規模などで違ってくるが、欧米の郊外型ショッピングセンターはおおむね半径二十キロ、三十キロといった大きな商圏を設定している。

しかし、商圏を設定する本当の目やすは距離ではなく、郊外型ショッピングセンターに限っていえば、自動車による所要時間である。村内ホームセンター八王子店を計画したとき、私はこれを最大片道三十分とみた。中央高速道路の八王子インターチェンジのすぐわきに出店することにこだわったのは、高速道路ぎわだと片道三十分の距離が東は新宿、西は山梨県の大月あたりまで延ばせるという考え方があったからだった。

また、中央高速に交差する国道十六号線ぎわということも大切であり、これで北は埼玉県川越市あたりまで、南は神奈川県厚木市あたりまでを限界として商圏が設定できたのである。

開店当初、この設定はほぼ正しかったし、その意味では八王子一店をさらに巨大化するという方式でもよいのではないかという気がしていた。ところが、広告戦略が予想以上の成功をおさめ、知名度が上ったにもかかわらず、商圏がどんどん縮小していくという現象が発生した。

原因は交通渋滞である。国道十六号線の渋滞が次第にひどくなり、中央高速から降りたとたんに渋滞に巻き込まれるといった状態が続いているのである。これでは川越、厚木どころではなく、道がすいていれば三十分で来るところでも、一時間とか一時間半かかってしまう。日本は遠からず欧米並みにモータリゼーションが発達するであろう、と予測したのは正しかったのだが、これほど早く交通事情が悪化するとは思わなかったのである。

村内ホームセンターに関する商圏については、大幅な手直しをせざるを得なくなった。あちこちに大型店ができて、交通事情が悪くなった分だけ地元店にシェアを喰われてしまうのである。

交通事情を考えたとき、点を中心にして十五キロから二十キロが商圏の限界であろうということがしだいに明らかになった。日本の道路事情ではその辺が妥当なのである。十五キロから二十キロでは八王子店の商圏は当初予定したものよりかなり小さな面になってしまう。支店の設定を考えなければならなくなったのだ。

結果的にいうと、まず東京と八王子の中間にある府中店、立川店、山梨方向に大月店、神奈川方面に相模原店を出店させた。いずれも八王子店をモデルにした郊外型のショッピングセンターである。また現時点ではオープンしていないが、町田から横浜方面を確保するために町田市郊外にも土地を購入した。

当初予定した商圏はすでに開店している四支店と、計画段階の一店で押えることになったのである。

各支店状況については次の項で述べるが、この作戦は各店がそれぞれ順調に伸びていることからみて正しかったようである。

支店の展開については、本店の影響力のない遠い場所に設置して、だんだん隙間を埋めていくというやり方もあるが、これはやはり資本にモノをいわせる大企業方式であろう。私のところのような中小企業では、本店の影響力の関連で少しずつ外側へ出ていくという戦略のほうが効果的であり、安全性も高いと思われる。

だから今後も支店網を拡大していく際には、すでに押えてある面のすぐ隣の地域に出していくという作戦をとらざるを得ないと思われる。

商圏という発想抜きに考えることはできないが、モータリゼーション時代の郊外型ショッピングセンターというこれまでわが国には存在しなかった業態で的確に商圏を設定するのはかなりむずかしかったといえるし、すぐに状況が変って、商圏が変化するといったことも予測しにくかった。しかしこの経験が、今後の支店展開に関して貴重なデーターになったことは確かである。 次へ