8月31日(火)
現在のテーマ「最後の一週間①エルサレム入城から最後の晩餐まで」
今日のテーマ「目をさましていなさい」
■聖書 マタイ24:36~51 (42)
■聖句 「だから、目を覚ましていなさい。いつの日、自分の主が帰って来られるのか、あなたがたには分からないからである」。(42)
■解説
今日の拝読箇所には二つの例えあり、どちらも思いがけない時に再臨されるキリストへの備えについて語られています。36節「(キリストが再臨される)その日、その時は、だれも知らない」の「知らない」という言葉は、「関心がない、興味がない」という意味です。はじめの例えでは、ノアの時代のことが語られます。キリストの再臨はノアの洪水の時に似て、「食べたり、飲んだり、めとったり、嫁いだり」(38)と人々が日常生活に埋没し、神、聖書、さらには再臨に対する関心が薄れている時に突然訪れるという警告です。後半の「僕」の例えは、キリストが再臨されるまで、主の教えに忠実であるようにとの勧めです。キリストの再臨は、ある人々にとってはノアの洪水の時のように(37)、あるいは「悪い僕」にとっての「思いがけない時」(50)に、「突然」起こるのですが、その時に備えて目を覚まし、忠実に歩んでいる者にとっては待ち望まれた日となるのです。
■祈り
思いがけない時としてではなく、目を覚まし、忠実な歩みの中で、その日を迎えることが出来ますように。
現在のテーマ「最後の一週間①エルサレム入城から最後の晩餐まで」
今日のテーマ「目をさましていなさい」
■聖書 マタイ24:36~51 (42)
■聖句 「だから、目を覚ましていなさい。いつの日、自分の主が帰って来られるのか、あなたがたには分からないからである」。(42)
■解説
今日の拝読箇所には二つの例えあり、どちらも思いがけない時に再臨されるキリストへの備えについて語られています。36節「(キリストが再臨される)その日、その時は、だれも知らない」の「知らない」という言葉は、「関心がない、興味がない」という意味です。はじめの例えでは、ノアの時代のことが語られます。キリストの再臨はノアの洪水の時に似て、「食べたり、飲んだり、めとったり、嫁いだり」(38)と人々が日常生活に埋没し、神、聖書、さらには再臨に対する関心が薄れている時に突然訪れるという警告です。後半の「僕」の例えは、キリストが再臨されるまで、主の教えに忠実であるようにとの勧めです。キリストの再臨は、ある人々にとってはノアの洪水の時のように(37)、あるいは「悪い僕」にとっての「思いがけない時」(50)に、「突然」起こるのですが、その時に備えて目を覚まし、忠実に歩んでいる者にとっては待ち望まれた日となるのです。
■祈り
思いがけない時としてではなく、目を覚まし、忠実な歩みの中で、その日を迎えることが出来ますように。