2024年3月1日(金)
#330 ゼム「Gloria」(Decca)
#330 ゼム「Gloria」(Decca)
北アイルランドのロック・バンド、ゼム、64年のシングル・ヒット曲。メンバー、ヴァン・モリスンの作品。ディック・ロウによるプロデュース。
ゼムは北アイルランドの首都ベルファストで、ボーカル担当のヴァン・モリスン(1945年生まれ)を中心に63年に結成され、64年11月にシングル「Baby Please Don’t Go」でデビューした。「Gloria」はそのB面にあたる。
この「Baby〜」については本欄の第214回で既に取り上げているので、そちらもぜひチェックして欲しいのだが、ビッグ・ジョー・ウィリアムズによるオリジナルのほか、マディ・ウォーターズのカバー・バージョンでもよく知られたブルース・スタンダードである。
黒人ブルースのカバーがデビュー曲とは、ゼムがなかなかにマニアックな路線のバンドであることがよく分かる。
基本は米国の黒人ブルース、R&Bをフォローするバンドといえば、当然「あの」グループを連想せざるを得ないね。そう、他でもない、ローリング・ストーンズである。
ゼムのデビュー当時、ストーンズは既にナンバーワン・ヒットを連発してトップ・グループとなっていた。ローカル・バンドのゼムにとっては、ライバルというよりは目標とすべき存在だっただろう。
さて、この「Gloria」はデビュー・シングルのB面だったのだが、期待とは裏腹にこの曲のみがチャートインするヒットになり、彼らの知名度を一気に引き上げた。
曲自体はリリースの前年、モリスンがドイツ公演ツアー中に書いたという。その後帰国して、ゼムを結成したのである。
この曲を何度もライブで演奏するうちに、即興で歌詞を付け加えて、まとまった形に完成させていったという。
循環コードのシンプルな繰り返し、取り止めもない内容の歌詞、ラフでワイルドなボーカルとコーラス。2分半ほどの短尺ながら、一度聴いたら耳を離れないサウンドだ。そして、いかにもダンサブル。ヒットするのも納得である。
ゼムはこの曲のヒットを追い風にして、翌65年セカンド・シングル「Here Comes The Night」を全英2位、全米24位の大ヒットにする。
ストーンズのようなスターバンドとはなれなかったが、65年にファースト・アルバム、66年に2枚目をリリースしてそれなりにセールスを上げ、バンドは順調に続いていくかに思えた。
しかし、バンドの中心、モリスンがセカンド・アルバム「Them Again」を発表後、バンドを脱退してしまう。
彼はいわゆるビート・バンドをバックにして、単純なポップ・ソングを歌い続けることに、どこか物足りなさを感じていたのかもしれない。
モリスンはソロ・シンガーに転向後、シンガーソングライター的な方向に舵を切って音楽活動を続けていく。半世紀余りも第一線で活躍しており、50代で英国から受勲している。
その後の膨大なアルバムや他のミュージシャンとのコラボレーションを見れば、彼の才能の奥深さはよく分かると思う。
リアル・ミュージック、ホンモノの音楽こそが、彼の求めてやまないものなのだ。
華々しさこそないか、堂々たる音楽人生。筆者も憧れる生き方だ。
剥き出しの若さ、荒々しさを感じさせる「Gloria」。これぞヴァン・モリスンのファースト・ステップ。
その特徴的なダミ声は、60年経った今聴いても実に新鮮だ。ぜひ、大音量で聴いて欲しい。