波士敦謾録

岩倉使節団ヨリ百三十余年ヲ経テ

Shermer & Grobman共著Denying Historyと第三次南京事件

2005-05-12 17:45:01 | 近現代史
 5月6日付の西尾幹二氏の『インターネット日録』で,東中野修道氏の『南京事件「中国側証拠写真」を検証する』が8万部売れたことが触れらていた.同書の出版後に,かつての「暴支-」を彷彿させる日本大使館・領事館に対する狼藉の出来という時宜を得たことも大きいと思われる.同書が,中共に対し御目出度い片思いをしていたり,中共・支那人の真の恐さを知ろうともしなかった日本人に喝を入れ,覚醒の役割を果たしたことは大いに評価できる.しかし,第三次南京事件をめぐる実質的な説得の場は世界であり,同書の英語版の刊行により,世界の世論に対する働きかけがなされることが望まれる.即ち,同書の英語版が英米で出版されて,現在米国の書店のアジア関係の棚で幅を利かしているIris Changあたりの反日プロパガンダ本の隣に並び,解毒剤的な役割を果たしてもらいたい.同書を支那側提出資料の取り扱い上の注意についての実践篇と解釈するならば,東中野修道氏には同書の姉妹版的な理論篇(検証体験から抽出した一般的注意事項をまとめたもの)を著していただき,葵印の印籠の真贋も確かめず土下座してしまうことに違和感を感じない御目出度い日本人に対し注意を喚起してもらいたものだ.此処で,なぜ理論篇かというと,以下に述べるような事情による.

 今月8日は欧州での第二次世界大戦終結日ということで,毎年この時期になると米のTV番組等ではユダヤ人のホロコーストが取り上げられる.2000年英国でホロコースト否定派の歴史家が起こした名誉毀損裁判が話題になったが(http://www.channel4.com/history/microsites/H/holocaust/index.html),このような否定派の挑戦に対抗するため,最近ホロコースト情報提供サイトでは参考資料として以下の文献をよく掲載している.
Shermer, Michael and Alex Grobman.
Denying History: Who Says the Holocaust Never Happened and Why Do They Say It?
Berkeley: Univ. of California Press, 2000.

 本書の第一著者は懐疑的思考法を唱道している協会(http://www.skeptic.com/)の主宰者で,似非科学批判本等で有名だ(邦訳:マイクル・シャーマー著『なぜ人はニセ科学を信じるのか』).問題は,本書の最終(9)章冒頭から7頁を費やして,Iris Changの The Rape of Nankingに情報源をほぼ頼り,ホロコースト否定派といわゆる『南京虐殺』否定派との間の並行性を説いている部分である.著者らの『南京虐殺』否定派に関する記述部分はIris Changの著書の引用・孫引きに依存し,否定派の一次資料を検討した形跡は見られず,懐疑的思考の唱道者とは思えない手抜き仕事(英語文献に頼り,日本語文献を独自に読んだ形跡なし)となっている.其の上,Changの同書を"... an examplar of first-rate historical detective work,..."[p.236]と賛辞を惜しんでいない.

 米国の公共放送局PBSでは,今年のホロコースト関連番組の一つとして,故杉原千畝氏を顕彰するドキュメンタリー番組(http://www.pbs.org/wgbh/sugihara/)を放映した.同番組中における戦前の日本の大陸政策が侵略一辺倒であったというような荒いまとめ方(帝政ロシアの南下等には全く触れていない)には不満が残るが,日本が枢軸国に属しながらユダヤ人の問題に関してはドイツと全く異なる政策をとっていたことは明確に伝えられていた(満州における幻のユダヤ人受け入れ計画について概観されていた).かつての敵対国が,戦前の日本を十把一絡げ的に邪と決め付けず,従来見過ごされていた断面に光を当て,好意的な評価を下していることは,非常に望ましい方向と言える.

 しかし,その一方で,第三次南京事件とホロコーストとの平行性が前掲書の広範な流布を介して常識化すると,杉原氏の件も当該並行性の影に掻き消されてしまうかもしれない.以前覘いた教科書問題系の網站によると,支那系移民の多いカリフォルニア州では,義務教育の歴史において『南京虐殺』を必須項目にする運動が進行中のようだった.加州は米国中最大且つ進取性の高い州であるため,加州でそのような反日教育が始まると燎原の火の様に,他州に飛び火する可能性が高い.更に,この本が泡沫的商業出版社から刊行されたものであればまだしも,有名大学出版局が版元なので読者は其の内容により高い信頼度を持つであろうし,ペーペー・バック版も刊行されているということは,それなりに同書が売れていることを意味し,その将来的影響が気にかかる.

 同書を日本の左巻き系,特に媚中共系がどの様に扱っているか,Googleしてみたところ,本多勝一支持者の交流網站で簡単な紹介がされていたが,『南京虐殺』否定派攻撃の材料として活用を企ている様子は見られなかった.Iris Chang本べったりの批判では破壊力不足と判断したか,それとも単に英語文献が読めない等の単純な理由かもしれない.

 先に触れた東中野に著してもらいたい理論篇とは,報道・学問という営みすら政治闘争の下僕(一手段)と見做し,自由民主主義に基づく社会の暗黙の了解事項(少数意見への留意など)や其の弱点(自由民主主義に基づく社会自体を弱体化・転覆させるかもしれない勢力にも言論の余地を平等に与える)に付込み,更には人間の自然な心理(弱者に対する憐れみ)まで操作対象として,自らの政治目標達成を貫徹しようとする集団から批難を受けた場合,どのように対決・論破すべきか,についてまとめたものである.Shermerらの本では,最終章においてdenial detectionに向けての10項目を挙げているが,これまで第三次南京事件に深くかかわってきた東中野氏の体験からすれば,より中身のある注意事項リストが出来上がるに違いない.

註:西尾氏の網站へのコメントを基に加筆・推敲

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