色紙点は、十三代円能斎好の御所籠を用いて、十四代淡々斎が創案された点前。御所籠は御所内で用いる御用籠。古帛紗を4枚も使い、茶巾箱を使っての配置が色紙を散らしたようになることから色紙点の名称がつきました。
仕覆に入れた薄茶器を二碗を重ねた茶碗に入れ(茶碗の間にはへだて)、それを大津袋で包む。古帛紗は、金襴等の裂、紫塩瀬、緞子2枚の合計4枚をワサが上になるように重ねて籠左側に入れる。組み緒の網に . . . 本文を読む
和敬点は、十四代淡々斎が考案された茶箱点前。他の点前と違って、二碗の茶碗を仕込み、茶を客に出す際、古帛紗に乗せず、基本的に諸道具の拝見がありません。また、一碗目、二碗目いずれでお仕舞の声を受けるかによって扱いが変わってきます。
大小二碗重ねた茶碗に古帛紗を二つ折りにして入れ、その上に棗を入れる。茶筅筒、茶巾筒、振出し、茶杓を茶碗の上に伏せ、草にさばいた帛紗をのせて箱の蓋をする。箱の上に蓋と同 . . . 本文を読む
雪点前は、玄々斎が伊勢松坂に滞在中に考案されたもの。”冬”を表した四季をなぞらえた点前です。
花点前は”春”に寄せて同じく玄々斎が考案されたもの。雪点前と大体同じ道具組で掛合がなく盆を使用します。
卯の花点は、茶箱の平点前ともいうべきもので、雪月花(冬秋春)に加えて”夏”に寄せた点前として雪月花を簡略化する形で玄々斎が考案したものに、十三代円能斎が多少改良を加えて現在の点前になりました。茶箱 . . . 本文を読む
夏になると茶箱のお稽古をする。茶箱点前には、裏千家十一代玄々斎が創案した春夏秋冬の四季を表す“卯の花点”、“雪”“月”“花”と、十四代淡々斎が創案した“色紙点”、“和敬点”の6種類がある。茶箱の平点前と言われるのは“卯の花点”、そこから始めると全種類をお稽古することは到底無理で、今年は秋のお点前である“月”から始めることにした。
茶箱その1、その2
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先日の“葉蓋”、“洗い茶巾”と同様に、夏になると“名水点”(めいすいだて)という夏らしいお点前が登場します。その名の通り、名水=天然の湧水を使った濃茶点前です。
席に入った瞬間、客は“名水点”であることを知ります。これは、幣(ぬさ)つきの注連縄(しめなわ)をかけた釣瓶(つるべ)水指と濃茶入が点前座に飾られているから。水には形がないことからこのような飾りつけにして名水であることを知らしめるの . . . 本文を読む
暑くなってくるとお茶の世界では物理的にも精神的にも涼しく感じられる工夫を凝らします。例えば自然の植物の葉を水指の蓋に見立てるというのもひとつです。これを“葉蓋”といいます。また茶碗の中に水をしこんで、涼しげな水音を楽しむ“洗い茶巾”。毎年7月になるとこのお稽古をします。耳に目に涼しい工夫です。最初見た時は面白いなあ、すごい工夫だなあと思ったものでした。
”葉蓋”は、玄々斎の考えたもの。ご自身 . . . 本文を読む
お抹茶にも銘がついています。自然を思わせるものや、めでたいもの、その名は風流で雅なものが多く、抹茶売場で見るにつけ、気になっていました。
茶道を習っていない方は馴染みがないと思いますが、抹茶にも道具と同様に家元のお好みというのがあり、それぞれの御茶屋さん毎に○○宗匠御好の抹茶が売られています。先日、柳桜園という御茶屋さんを訪ねた時のことを書きましたが、坐忘斎宗匠御好濃茶“長松の昔”、鵬雲斎宗匠 . . . 本文を読む
五月中旬辺りからデパートで新茶を見かけるようになった。今年は天候不順からか新茶の出荷も1週間ほど遅れたようだ。
お馴染みの茶摘の様子を歌った「夏も近づく八十八夜・・♪」。八十八夜に摘まれた新茶葉は不老長寿の縁起物として珍重されてきました。
八十八夜は立春から数えて八十八日目、二十四節気以外の季節の目安とされる雑節のひとつで、大体五月二日頃になります。春と初夏の境目、霜も降りなくなり安定した天 . . . 本文を読む
裏千家には淡交会という会があり、終身正会員になると2ヶ月に1回ほどの割合で業躰先生の講座に参加することができる。茶名を頂くには入会が必要で、勉強意欲も高まってきたので私も今年から入会しました。
先日の研究会にいらした業躰先生は私の先生が師事していた方で、先生も是非お目にかかりたいと足が悪いのを押してお出かけになった。私は本でお名前を拝見したこともあり、尊敬する先生が尊敬なさる方なので、とても期 . . . 本文を読む
教育テレビで趣味悠々“茶の湯 表千家 千宗左 茶をたしなむ”という番組をやっていることは以前ご紹介した。ここ2回は炉の薄茶点前と客の作法の勉強だった。裏千家と何処が違うのかと興味深々で見入った。
現在茶道の世界にはたくさんの流派があるが、そもそも村田珠光→武野紹鴎→千利休と大成され、そこから様々な流派に広がっていったのであって、基本的な流れや人をもてなすという根本精神は変わらないように思うし、 . . . 本文を読む