マオ猫日記
「リヨン気まま倶楽部」編集日記
 




(写真)アイルランドでの国民投票後、記者会見を行うバローゾ欧州委員長(提供:欧州委員会)。バローゾ欧州委員長は、今年4月には日・EU定期首脳協議のため来日していた。

 報道によると、欧州連合(EU)加盟国のアイルランド(エーラ)(首都ダブリン、人口約424万人)は6月12日、EUの新たな基本条約となるリスボン条約(EU、EC条約改正条約)の批准に関する国民投票を実施し、翌日開票したところ、反対53.4%、賛成46.6%で反対多数となり、批准を否決しました。また、これを受けて19日・20日の両日ブリュッセルで開催された欧州理事会(EU公式首脳会合)では、批准手続きを続行する一方でアイルランドに時間を与えること等で合意しましたが、アイルランドからは具体的な今後のスケジュールは提示されませんでした。リスボン条約が発効するためには全EU加盟国27ヶ国の批准が必要なことから、今回の国民投票により同条約の予定どおりの発効は絶望的となり、2005年の仏・蘭の国民投票による否決以来、改めて欧州建設が停滞することとなりました。

(写真)国民投票による否決後、ブリュッセルを訪れたコーウェン・アイルランド(愛)首相(提供:欧州委員会)

 2007年12月に署名されたリスボン条約については、仏・蘭の国民投票によって事実上「廃案」となった欧州憲法樹立条約(欧州憲法条約)の二の舞を避けるべく、仏も含めて原則として国民投票は行わず、各国議会での投票による批准が行われることとなっており、欧州理事会の時点で既に英国を含む19ヶ国が批准を済ませています。しかし、アイルランドについては、憲法上批准にあたっては国民投票が必要とされたことから、今回の投票が実施された経緯があります。投票率は53%で、これは条約賛成派にやや有利な数字とされましたが、それでも結果を覆すには至りませんでした。
 否決の原因については諸説がありますが、(イ)条約が改正条約の形式をとったため、難解と言われた欧州憲法条約よりも更に難解でその歴史的意義が十分有権者に理解されていなかったこと(ロ)反対に条約反対派は、税制、中立外交、社会制度、WTO交渉等の局面でアイルランドの自主性が侵害される等としてキャンペーンを行い、有権者にわかりやすい形で条約反対を訴えたこと、(ハ)条約そのものと直接関係の無い内政・経済上の不満(ガソリン価格の高騰、経済の停滞など)が国民投票という場を借りて噴出したこと、が指摘されており、こうした理由は、2005年にフランス国民が欧州憲法条約を否決したのとほとんど同じと言えます(フランスでは、2005年、憲法上必ずしも義務ではなかったものの、条約を巡って賛成・反対に分裂していた野党・左派勢力の分断を図るため、シラク大統領(当時)が国民投票を実施したものの、政治に対する不満や反シラク感情の高まりから、否決された経緯がある)。しかし、フランスとは異なり、主要政党やマスコミが全て「賛成」の論陣を張る中で、また投票後の世論調査でも「アイルランドはEU加盟によって利益を享受してきた」と考える国民が多数を占める中で、批准反対派が勝利したのは、特筆すべき事態とも言えます。

(写真)2007年12月13日にポルトガルで実施されたリスボン条約の署名式典。奥のポルトガル国旗は大型スクリーンの映像。

 事態を受けて、コーウェン(Brian COWEN)愛首相は、報道機関の取材に対して、「民主制においては、人々が投票箱において示した意思が至高である。内閣はこれを、そして人々の裁決を受け入れる。」「我々は結論を急いではならない。EUはかつて同様の状況を経ており、その度に合意された前進する方策を見出してきた。今回の場合も、そのようにできるものと希望している。」「私は、欧州各国に対して、アイルランドはEUの進歩を留めようとするような意思は全く持っていないことを明確にしたい。」「即効性の対応策は無い。」「第2回目の国民投票を行うのかという問題は、浮上していない。」と発言。また、バローゾ(Jose Manuel BARROSO)欧州委員長は、発表した声明の中で、「全ての徴候が、アイルランド(国民)が条約に反対と投票したことを示している。条約の支持者として、欧州委員会はこれ(否決)とは異なる結果を希望していた。しかし、我々は、国民投票の結果を尊重する。私はコーウェン愛首相とたった今会談し、彼(首相)は、今回の投票がEUに反対するものと看做されてはならない旨を明確にした。」「条約は全27加盟国によって署名されており、ゆえにこの状況に共同して対応する責任がある。欧州理事会は来週会合し、我々全てが関心を有している課題について決定が下されるのはまさにこの場においてである。アイルランドの反対投票は、リスボン条約が解決しようと設計している諸問題を解決するものではない。」「欧州委員会としては、残された批准プロセスが継続されるべきであると信じる。」とし、批准継続を求めました。同様の要請はサルコジ(Nicolas SARKOZI)仏大統領メルケル(Angela MERKEL)独首相も共同声明の中で行った他、仏のジュイエ(Jean-Pierre JOUYET)欧州担当相は、「(アイルランドによる否決に)法的な対応を見出さなければならない。」「最も重要なのは、他国で批准が進むことである。」と声明。ユンカー(ユンケール)(Jean-Claude JUNKER)ルクセンブルク首相(ユーロ圏諸国議長)は「ルクセンブルグ政府は、条約は欧州統合を進めることを可能とし、意思決定の過程を改善し、欧州の国際的な役割を強化するものであり、(アイルランドが条約を否決したことを)深く遺憾とする。」と述ベ、フラッティーニ(Franco FRATTINI)伊外相(前司法・内務担当欧州副委員長)は「(アイルランドによる否決は)欧州の建設にとって大きな打撃であった」と、ヤンシャ(Janez JANSA)スロベニアEU議長国首相は「(条約は)欧州をより効率的に、より民主的にそしてより透明にするために不可欠であった。」、バルケネンデ(Jan Peter BALKENENDE)蘭首相は「蘭は批准手続きを進める」とそれぞれ述べています。他方、リスボン条約に対して懐疑的なクラウス(Vaclav KLAUS)チェコ大統領は、条約は「死んで」おり、チェコはアイルランドによる否決のあとで「批准手続きを進めることはできなくなった」とも発言しています。事態を受けて議論を行った16日のEU総務・対外関係理事会(いわゆる「外相理事会」)は、各国が批准手続きを継続する一方、アイルランドに「時間を与える」ことで合意。19日・20日の欧州理事会でもその方針が確認されましたが、他方で、7月1日からEU議長国を務めるフランスのサルコジ大統領が、持論である「トルコのEU加盟反対」を念頭に、「リスボン条約の停滞でEU拡大は法的にも事実上も停止した」と述べ、イギリスや東欧諸国が反発するなど、早くもアイルランド否決の影響が見られました。

(写真)否決を受けて対応を協議した6月13日のEU総務・対外関係理事会の様子(ブリュッセルで開催)。左から、クシュネール仏外相、アッセルボルヌ・ルクセンブルク外相、ソラナEU共通外交・安全保障政策上級代表。(提供:EU理事会総事務局)

(写真)否決を受けて対応を協議した6月19日の欧州理事会の記者会見の様子(ブリュッセルで開催)。左が6月までEU議長国のスロベニアのヤンシャ首相、右がバローゾ欧州委員長。2人とも、今年4月には日・EU定期首脳協議のため来日していた。(提供:EU理事会総事務局)

 リスボン条約は、欧州憲法条約の批准失敗を受けて、2年の歳月を費やしてEUが到達した新たな条約であり、欧州憲法条約の実質的な内容を受け継ぎつつ、批判の対象となった国家的象徴(EU旗に関する規定や「EU外相」の職名等)を除去し、更に厳しい各国間の駆け引きを経て昨年12月に署名にこぎつけたもの。それだけに、仮に今回のアイルランドによる否決でリスボン条約が廃棄されるようなことがあれば、各国首脳が指摘するように、EUの政治統合は一挙に停滞し、EUの存在意義そのものが問われる事態になりかねません。また、EUの拡大に伴う組織改革の必要性は欧州憲法条約が起草された7年前から指摘されてきたことだけに、停滞したままではクロアチアやトルコ、更には加盟を希望している西バルカン諸国の加盟は極めて困難となり、周辺地域に対するEUの影響力が大きく阻害されることが想定されます。特に、今回、18ヶ国が批准したリスボン条約(注:アイルランドの国民投票の時点では英は批准を完了しておらず)が、加盟国の国民投票によって、同じく18ヶ国の承認があったにもかかわらず仏蘭の国民投票での否決により廃棄された欧州憲法条約のように廃棄されれば、「これ以上の欧州建設は各国の民衆には望まれていない」等として、新たな条約を取りまとめようとする活力そのものが失われる事態も考えられるところです。なお、アイルランドは、2001年、ニース条約についても第1回目の国民投票で否決し、同国の中立政策に配慮した追加議定書を作成することでなんとか第2回の投票で承認を得られた経緯がありますが、今回、どうような措置が政治的に可能かどうかは不明です(欧州憲法条約否決の際の仏国内の議論についてはこちら)。ある専門家は、EU加盟による財政負担がある仏蘭はともかく、EUから補助金を受けて発展してきたアイルランドすらEUの発展を否定したことは極めて重大であり、とりあえずは新条約の締結をあきらめ、条約が規定する新制度のうち、条約なしでも実施可能なもの(EU外務省の創設等)を推進すべきであると述べています。

(写真)否決を受けて対応を協議した6月19日の欧州理事会の様子(ブリュッセルで開催)。左が7月からEU議長国となるフランスのサルコジ大統領、右がバローゾ欧州委員長。ポルトガル人のバローゾ欧州委員長は英語、仏語、スペイン語、ポルトガル語が話せるので、恐らく2人は仏語で会話している。(提供:EU理事会総事務局)

 ただ、本件については、仏国内には欧州憲法条約と並んでリスボン条約反対派も少なくなく、インターネット上では「アイルランドよ、よくやった」という書き込みも見られます。また、これだけEUの将来に大きな影響を与える問題であるにも関わらず、そもそもニュースとしての扱いがそれほど大きくなく、13日夜の仏民放「TF1」の夜のニュースでも、トップニュースはサッカーの欧州選手権でした。

 なお、今後の主な批准予定は、ベルギー(連邦元老院及び連邦代議院は承認を終えたものの、2つの地方圏議会・2つの共同体議会及び1つの地方圏兼共同体議会の承認が必要。ベルギーの制度についてはこちら)、イタリア(ベルルスコーニ新内閣は、5月30日に承認法案を採択し、議会に提出する予定)、オランダ(国民議会は6月5日に条約を批准。現在、元老院による承認待ち)、チェコ(元老院が、憲法裁判所に対して、条約の条文が同国の基本法に合致するかどうか審議するようて提訴)、キプロス(批准作業に未着手)、スペイン(同左)、スウェーデン(同左)となっています。



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