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Casa Galarina(カーサ ガラリーナ)

ディア・ドクター

★★★★☆ 2009年/日本 監督/西川美和
<京都シネマにて観賞>

「誰も知らない」

京都シネマのハコの収容人数が少ないせいもあると思うのだが、この時期でもほぼ満員御礼。関西では絶大な人気を誇る笑福亭鶴瓶主演、過疎地の医療問題というテーマもあってか、中高年の観客が目立つ。加えて、若い映画ファンも集っているため、大ヒットなんだろう。喜ばしいことです。

(ネタバレです。ご注意下さい)

西川監督作品を評する時にもはや定番となっている「グレーゾーン」と言う言葉。善でもなく悪でもない。その間でゆらめく人間性を描けば秀逸だと。なるほど、異論はない。しかし、いざそれらを表現するとなった時、おそらく映画作品としては実に曖昧なものを我々観客は受け取ることになる。それでもなおかつ面白いということが西川作品の持ち味、個性に他ならないのだ。どちらかよくわからないものを見せられて面白いということ。その根底を成すのものこそ、西川監督の演出の手腕だと思う。

人物たちの造形、セリフ、何気ない仕草、そこで煌めく圧倒的なリアリティ。苦し紛れのひと言やはにかんだ笑顔に隠されている本音を我々は、スクリーンからありありと感じ取ることができる。人間なら誰しも感じたことのある、後ろめたさや保身の感情。架空の物語なのに、自分の内面深くひた隠しにしてきたものを針でツンと刺されたような痛みが走る。が、と同時に人間の弱さや情けなさが愛しく迫るのだ。

今回主演を演じている笑福亭鶴瓶。彼自身が本来持っているアクの強さに観賞前は不安になったが、まさに贋医者伊野としてそこに存在していた。惑い、畏れと言った複雑な心理が鶴瓶の顔に何度も現れては消えてゆく。来年からもここで働きたいと若き研修生、相馬(瑛太)に言い寄られたじろぐシーンも秀逸だが、井川遥演じる女医、りつ子を前に一世一代の大博打を打つシーンの緊張感がすばらしい。本物の医者に突き付けるのは「付け焼き刃の知識と嘘のレントゲン」。しかし、彼をそこまで駆り立てるのは、「静かにこの村で死にたい」というかづ子(八千草薫)の懇願。それはふたりにしかわからぬ信頼の元で成立した秘密。投げられたボールを打ち返し続けるしかなくなった男の悲哀とやるせなさが、後半どんどん加速していく。いかにも、鶴瓶が適役であったと駄目押しに合ったのは「お父ちゃんのペンライト、なくしてしもた」と実家に電話するシーン。あの無邪気な子供っぽさは、同年代の熟練俳優ではきっと違和感が出たに違いないだろう。

医者の娘に病状を打ち明けない母。贋医者を本物と慕う研修医。贋医者と知っていながら薬を卸し続ける営業マン。贋医者と勘づきながらも知らんふりをする看護婦。虚実をめぐる、それぞれの人物同士の関わり合い、その配置の妙に唸らされる。伊野が贋医者とわかった後のそれぞれの反応。あれは、手のひら返しなどではないと私は感じた。結局、何を語ろうと、第三者にわかるはずなどないのだ。伊野とそれぞれの人物間に生まれた濃密な関係性は、本人たちにしか分かり合えないものだ。それは「ゆれる」の兄弟の関係性にも通じている。それだけ人間の感情とは複雑なものであり、嘘だとか本当だとか一面的ではない世界だからこそ、誰にも割り込めない関係が生まれるということ。

「なんで贋医者なのに医療行為をしていたんだろうねえ」という警察からの聞き込みに対し、香川照之演じる斎門が突然椅子ごと後方に倒れるシーンはお見事。こうした、様々な含みを映像的な表現でズバッっと示すという才能は、構図的な「見てくれ」のカッコ良さなど軽く超えてしまう。

さて、本作は西川監督自身が「ゆれる」で評価されて、自分はそんなに大した人間じゃないという思いに占められたことが発想の源になっている。つまり伊野は西川監督自身である。そう思いながら見ていたので、あのラストカットには胸がいっぱいになった。これまでの「蛇イチゴ」も「ゆれる」も、観客のイマジネーションを膨らませるすばらしいラストだったが、私は本作のラストカットが一番好きだ。責任を果たすために、愛する人の笑顔を見るために、人は自分の居場所に戻ってくる、ということ。それは、何があろうと私には映画しかない、という西川監督の決意表明のようにも感じられた。個人的にはエッジの効いた「ゆれる」の方が好みではあるが、西川監督にしか描けぬ人間模様を存分に楽しませてもらった。次作も本当に楽しみです。

コメント一覧

みちしるべ
オアシス観た後には不利です
ガラリーナさんは、この映画に評価結構高いですね。私ですか?私は半分は映画マニアで半分は映画ファンですので、お金を1800円払ってみるべきであるか?という観点でも見ます。(多分ガラリーナさんもかもしれませんが)。誰かが、2時間のテレビドラマでもいいんじゃの?とブログで書いてましたが、私も変な意味ではなくそう思います。大変丁寧で作品ですし、上手です。でも良い映画ですが好きではないんですね。白黒つけないタッチは、ゆれるでいいんです。(ゆれるはかなり大好きです)答えを出さないのが彼女の作風なんでしょうが、自分の中では、もういいかなあ・・・という所です。(※駄目な映画でないんです。好きじゃないだけ)。二日前に、韓国映画のオアシスを観ました。観てはいけないものを見てしまったという気持ちです。このリアリズムさは、圧巻で、ここまでやるのか?この本気度に打ちのめされてしまいました。ソルギョングという人、レベルが違ってました。寄り道してすいません。では、また!
ガラリーナ
オアシス未見なんです…
http://blog.goo.ne.jp/love_train/
これ、知り合いの方にすごく勧められていて、見ようとは思っているんですけどね~~。
ぜひ近々見ようと思います。

韓国映画のリアリズムって、この作品の放つリアリズムとはまたちょっと違うような気が私はしています。韓国映画って、役者の肝の据わり方がハンパじゃないですよね。何て言うんでしょう、監督の要望以上のものを提示してこそ、なんぼみたいな世界というか。あっ、あくまでも印象ですよ、印象。私は「ディア・ドクター」における、西川監督の笑福亭鶴瓶の扱い方の巧さにとても感心しましたねえ。死ぬほど走らせたりとか、鼻水出させたりとか、そういう演出とは、全く違うじゃないですか。同じリアリズムでも、韓国映画と日本映画のそれはまるで熱湯と氷と言っていい。わかりやすいほどの対極の位置にあるような気がします。そして、すぐお隣の国でありながらこれほどの違いが出るのが面白いところですね。
ミチ
こんにちは♪
http://blog.goo.ne.jp/oj0216nm/
あのラストカットはいろんな意見があったようですが、私もあれはあれで凄く良かったと思ってます。
鶴瓶さんの垂れた目がとっても印象的で。

どちらが好きかと言われれば、私も「ゆれる」なんですけど、この作品も良かったな~。
ちなみに、「きのうの神さま」っていう西川氏の小説と合わせて読むとよりいっそう楽しめます。
ガラリーナ
小説も読みたい~
http://blog.goo.ne.jp/love_train/
あのラストカットは、すごく好きですね~。
小説は直木賞候補にもなったようですね。
早く読みたい。

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