象が転んだ

たかがブロク、されどブロク

カール•フリードリヒ•ガウス”その1”〜19歳の青年を大きく変えた春

2019年12月25日 05時19分51秒 | 数学のお話

 あのナポレオンをして、”ここには世界一の数学者がいる。この屋敷を燃やすのは止めだ”と、言わしめたとの噂がある”数学の巨人”カール•フリードリヒ•ガウス(1777−1855)のお話です。
 人類史上の大数学者としてまず最初に挙がるのが、オイラー(1707−1783)とガウスの2人である。
 しかし、そういう私はガウスという人をよく知らない。”ガウスの定理”とか”リーマンの師匠”とか位にしか知らない。


超天才たちのIQとは?

 しかし、オイラーもガウスも70年以上生きれたという幸運さ(強運さ)を備えてた。アーベル(1802−1829)が、ガロア(1811−1832)が70歳以上生きてたとしたら、リーマン(1826-1866)が、アイゼンシュタイン(1879-1852)が60歳まで生きてたとしたら、”天才ランキング”も大きく変動したであろうか?

 ”NEVERまとめ”からだと(少しペテン臭いですが)IQだけで言えば、フォンノイマンが300でダントツの1位で、以下ガロアとガウスが250(推定)で2位となってます。
 後に続くのがテスラの240、ゲーテとスヴェーデンボリの210、オイラー、ダ•ビンチ、マクスウェル、ライプニッツの205、アインシュタインとニュートンは190、ガリレオ(185)、コペルニクス(180)、ホーキング(160)という事ですが、どうも最近の有名どころが上位を占めるみたいです。

 勿論、今現在のIQテストは満点が230らしいので、それだけ頭脳を数値化するのは難しい。現在最高のIQを持つアイナン•コーリー(シンガポール)も350近いIQを持つ?とされますが、それが本当なら”ABC予想”くらい?は解けそうですが、難しい問題は不得手なんでしょうか(笑)。
 因みに、IQとは思考の幅、つまり”知能の多様性”を表す数値で、単に勉強が出来るとかではないらしい。マルチスレッドな脳を持つ人種と言う事で。


ガウスを大きく変えた春

 1796年3月、若き19歳のガウスは進路先を、言語学と数学の間で迷っていた。しかし、”幾何学の父”ユークリッドでさえ成し得なかった大発見を、この青年は何と2千年ぶりに成し遂げたのだ。
 ガウスは、定規とコンパスという幾何学的道具だけを使い、正17角形を作図した。
 近似的に作図するのは簡単だが、ガウスは原始的な道具だけで、精確に作図してのけたのだ。その2千年を股にかけた問題は、難解ながら極めて独創的で美の極値とも言える。しかし悲しいかな、実用性での重要性は殆どない。

 この舞台を整えたのは、ユークリッド「原論」である。その中で彼は、正3角形•正方形•正5角形•正6角形の作図法を示していた。
 故にガウスは、その先を検証した。
 まず正7角形は?その作図法はない。
 次に正8角形だが、これは円に内接する正方形を描き、各辺の中点を結ぶ延長線と円周が交わった点が新たな4つの頂点となる。故に、ある多角形が作図できればその倍の辺を持つ正多角形が作図できる。
 同様に、正9角形はできそうで出来ないし、正11角形も作図できない。正10角形と正12角形は(偶数だから)簡単に作図でき、正13角形と正14角形は作図できない。正15角形は、正3角形と正5角形を組み合わせれば出来る。
 つまり、ユークリッドの「原論」で作図できるのは、3と4と5と15及び、それらに2の累乗を掛けたものだけだ。
 では17は?まさか無理な筈だ。ガウスの論証では、9、11、13、14の辺を持つ正多角形は、定規とコンパスでは作図できない。

 しかし、ガウスは正17角形が作図できる事を発見した。それは単純な理論だった。17は素数で、しかも1を引けば、2の累乗の16になる。つまり、この2つの性質(素数と累乗)の組み合わせが作図の鍵を握ってる事に気付いた。 
 言語学か?数学か?比べるまでもなかった。まさにこの年は、ガウスにとって”驚異の年”となる。
 

教師を驚嘆させた神童

 ガウスは貧しい家庭に生まれた。父はレンガ職人(水道工事の親方とも)だった。母は読み書きが出来なかった。頭が悪かった訳ではないが、息子に正確な誕生日を伝える事が出来ず、”昇天祭の8日前の水曜日”とだけ話した。そこでガウスは(1次の合同式を使った)”復活祭公式”を考案し、自分の誕生日(1777/4/30)を割り出した。
 ガウスの高い知性は小さい頃から如何なく発揮された。3歳の時、父が人夫に払う給与の計算間違いを指摘した。その上、酒樽の体積と積分の関係も既に理解していた。つまり言葉を覚えるよりも前に、数学を理解してたんです。
 8歳の時、”1から100までの数を全部足しなさい”という問題が出された。ガウス以外の生徒はせっせと計算に取り組んだ。しかし、ガウスだけはその問題を見るなり、先生の所へ行き、”出来ました(リセット•セイ)”と言って黒板を置いた。

 勿論、正解はガウス一人だった。
 少年は頭の中で、”1+100=101、2+99=101、3+98=101、、、50+51=101”とイメージした。つまり、和が101のペアが50個あるから、101×50=5050と瞬時に考察したのだ。
 実際は、”81297から始まり198ずつ増える数を100個足したら幾つになるか?”という、81297+81495+•••+100899を計算する問題でした。自伝では8歳とですが、実際は10歳だったらしいです。答えは、(100899+81297)×100個/2=9109800。和をSとおけば明らかですね(補足)。
 クラスに”神童”がいる事に気付いた教師はこの子供にあらゆる数学の教科書を与えた。彼はそれらを小説の様に読みこなし、一気に習得した。その噂はフェルディナンド公爵の耳に届き、ガウスの為に教育資金を出した。

 お陰で14歳のガウスは、ブラウンシュバイク工科大学に入学する。そこでは古典語(ギリシャ語とラテン語)を学んだ。”金にならぬ学問を”と父は反対したが、母は一歩も譲らなかった。
 またこの頃のガウスは、一日15分ずつの予備の時間を割き、1000個ずつの自然数に幾つの素数が現れるかを調べ、その次第に減ってく様から約100年後に証明される”素数定理”を予想した。
 初めは全ての数を1つ1つ調べ、当時の素数表の不備を埋めてたが、そのうち膨大な計算をするのが嫌になり、1日15分と時間を決め、1000個単位の中からランダムサンプリングを行い、統計的な振舞いを調べる手法に変えた。今で言う”モンテカルロ法”の先駆的な手法を既に行ってたのだ(追記)。

 そんなガウスもしばらくの間、数学と言語学の2つを追いかけた。ニュートン、オイラー、ラグランジュの著作を研究し、5つ程の数学の定理を発見した。その中には、数論における平方剰余の相互法則と素数定理が含まれてた。ガウスの素数定理については、”リーマン2の8”を参照です。
 特に、x未満の素数の個数が近似的にx/logxであるという素数定理の予想は、約100年後の1896年にアダマールとプーサンにより証明された。
 18歳になったガウスはブルンスビックを離れ、ゲッティンゲン大学に入学する。言語学の道に進むつもりでいたが、前述した様に、数学の神様が舞い降り、前述の”正17角形の発見”という大きなプレゼントを贈ったのだ。


19歳の若者が発見した正17角形の考察

 論理に厳格なユークリッドは、全ての事項を証明すべきと考えた。それら全てを定義•共通概念•仮定の3種類に分類した。今では後の2つを”公理”と呼ぶ。
 ユークリッドはギリシャ幾何学の大部分を1つ1つ導いていった。ユークリッドの幾何学の暗黙の条件には、”直線と円だけを使う”というのがある。故に、”定規とコンパスによる作図法”と呼ばれる。
 つまり、彼が考えた幾何学は数学的に理想的なもので、直線は永遠に細く真っ直ぐで、円は完全に精確に丸い。

 ガウス青年が、この正多角形に挑む土台となったのが、デカルトによる”幾何学と代数学は平面座標により結びついてる”との発見である。つまり、直線も円も1つの方程式で満たされ、円はより複雑だ。
 直線同士が交わる時は、2つの簡単な方程式を解くだけでいいが。直線と円、また円同士が交わる時は、2次方程式を解く必要がつまり、平方根を取る必要がある。
 この様に代数学の視点で見れば、”定規とコンパスの作図法”とは、一連の平方根を取る作業である。つまり、2の累乗の方程式を解くのと同じで、2の何乗であるかを見れば2次方程式が幾つ必要かまで分かる。

 そこで、(−1が平方根を持つ様な)複素数を使えば、正多角形を極めて単純な方程式に変換する事が可能となる。少し抽象的ですが。
 例えば、正5角形の頂点を表す方程式は、x⁵−1=0と単純な形の、複素解を持つ方程式で表せる。実数解のx=1(座標では(1,0))を除くと、残りの解はx⁴+x³+x²+1=0を満たす。
 一般的に言えば、正n角形のn個の根は、xⁿ−1=(x−1)(xⁿ⁻¹+xⁿ⁻²+・・・+1)=0で示され、xⁿ⁻¹+xⁿ⁻²+・・・+1=0を”円周等分方程式”と呼ぶ。
 一方で、x⁴+x³+x²+1=0次数が4で2の累乗の方程式である。ユークリッドは正五角形を作図してるので、この4次方程式は、一連の二次方程式に還元できる筈。事実、この2次方程式を代数学的手法を使って見つけるには、少し厄介だが難しくはない。勿論、私はやる気ありません(悲)。

 一方、正7角形は次数が6で、2の累乗ではない。故に、定規とコンパスでは作図できない。しかし正17角形の場合、実数解のx=1を除くと、次数は16となり、2の累乗となる。
 これらを踏まえ、ガウス青年は、正五角形と同じく正17角形も一連の二次方程式に還元できると予想した。まず、16は2の累乗である事は(一連の平方根で解ける)必要条件ではあるが十分条件ではない。が、17は素数であり、お陰で一連の平方根を発見できる。
 つまり、次数が素数である事が十分条件だったんです。故に、次数が素数かつ2の累乗である事が必要十分条件となる。
 因みに、この16次方程式は、前述の4次方程式を2重にした構造をしてるので、高校で習う2次方程式の解の公式を利用すれば解ける(多分)。
 つまり、”2次方程式を解く事は、定規とコンパスで作図する事と同義”なので、2次方程式を解く事に視点を切り替えれば”作図できる”かが判る。 

 しかし、ある程度の数学者であれば、ガウスが示した論証は理解できただろうが。
 それまで誰一人、かのユークリッドが作図可能な正多角形を漏れなく列挙できてなかったなんて考えもしなかった。つまり、19歳の若者にしては、”中々”の偉業なのだ。

 少し長くなったので、正17角形の作図の発見を終えた所で終了です。
 次回はガウスの得意分野である”数論”のお話です。



14 コメント

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Unknown (kaminaribiko2)
2019-12-25 07:10:43
おはようございます。

私は頭の良い人が憧れなので、うっとりしながら読ませていただきました。
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ビコさんへ (象が転んだ)
2019-12-25 07:18:12
こちらこそお早うございます。
少し抽象的すぎて、描いた本人も頭が少し混乱してます。クリスマスというのにもう少し洒落た話題とをとも思ったんですが。
お褒めいただいて?有難うです。
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正確に言えば (paulkuroneko)
2019-12-25 08:47:43
ビュットナーという先生が出した問題ですが。
81297から始まり198ずつ増える数を100個足したら幾つになるか?という問題でした。
つまり、81297+81495+81693+•••+100899を計算する問題です。
自伝では8歳となってますが、実際は10歳だったらしい。既にこの少年は等差数列の性質を一瞬にして見抜いてたんです。

”この子は既に私以上だ。この天才に教える事は何もない”とビュットナー先生は負けを認めたそうです。以上、余計な補足でした。
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そうらしいですね (象が転んだ)
2019-12-25 10:18:15
解答は、
S=81297+81495+•••+100899
S=100899+10701+•••+81297
2S=182196+182196+•••+182196となり、 
S=(182196×100)/2=9109800です。
これで正解(リセットセイ)ですかね、paul先生。
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ガウス少年の知能指数って (#114)
2019-12-25 14:52:40
800は優に超えるのかな

それに対し
小保方サンの知能指数はどれ位だろ
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#114さん (象が転んだ)
2019-12-25 19:46:43
ガウス専用の知能テストというものがあったとして、そのガウスのMAXが230とすれば、ガウスを筆頭に、ケプラー、リーマン、オイラー、カントール、チェビシェフ、アーベル、ガロアらのクラスは、200を優に超えて横一線でしょうか。

200前後で、ディリクレ、クンマー、クロネッカー、ヒルベルト、アダマール、セルバーグ、エルデシュ、コーシー、ライプニッツ、ポアンカレ、ヤコビ、ペレルマン、ベルヌーイ(ヤコブ&ヨハン)辺りですか。

その下に、オーレム、フーリエ、ロバチェフスキ、アインシュタイン、ルジャンドル、ラグランジュ、ワイヤシュトラウス、ジーゲル、マクロリン、パスカル、フェルマー、クライン、ラマヌジャン辺りかな。

以下、ボヤイ(ヤーノシュ)、ヴェイユ、エルミート、ジョルダン、ルベーグ、ネーター、チューリング、ニュートン、ノイマンらが続くのかな。

因みに、ギリシャ時代の数学者は全く判りませ〜ん。以上、純粋な独断と偏見でした。悪しからず。
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IQの高い奴って (Unknown)
2019-12-26 03:09:58
ぜんぶ数学者ばっか?!
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Unknownさん (象が転んだ)
2019-12-26 05:06:17
全くその通りです(^^♪
個人的には、アーベルとガロアがほんの僅か抜け出すくらいですかね。
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ボヤイの悲劇 (paulkuroneko)
2019-12-26 08:11:59
ボヤイの息子ヤーノシュは、24歳の頃、非ユークリッド幾何学の論文を父ファルカシュを通じて友人のガウスに評価してもらったそうです。
”どうだ?うちの倅は”とファルカシュ
”評価できんね”とガウス
”何故だ?”とファルカシュ
”だってこんな事は俺が30年以上も前に得ていたさ”とガウス

父ファルカシュはガウスに並んだと喜んだが、息子のヤーノシュは大きく落ち込み、以降学問から遠ざかります。
実は父ファルカシュも昔、幾何学の論文をガウスに否定され、息子には幾何学の研究を勧めなかったとか。

以上、余計な悲劇の補足でした。
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paulさんへ (象が転んだ)
2019-12-26 09:04:28
ボヤイ•ヤーノシュと言えば、ロバチェフスキと並ぶ非ユークリッド幾何学の提唱者の1人ですよね。工科大学卒業後はハンガリーの職業軍人となり、剣とヴァイオリンの腕前ではハンガリー軍随一という異名をとる、変り種の数学者だとか。

厳密に言えば双曲幾何学の確立なんですが、ガウスに言わせると”騒ぐ程の事か?”って事になるんでしょうけど、ボヤイ親子にとってこの発見は神業に近かったんでしょうか。
でも、そのボヤイの30年も前を行ってたガウスはやはり”知の巨人”ですね。

悲劇の補足、どうも有難うです。
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