象が転んだ

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角谷の不動点定理とナッシュ均衡〜ナッシュJrの驚異”補足編”

2023年12月30日 14時15分08秒 | 数学のお話

 ノイマンは”君はあれを使ったのか?”とナッシュJrに問うと、彼は”ハイ、使いました”と言ったそうだ。 
 その”あれ”こそが”連続な関数でも不動点は存在する”という角谷静夫氏の「ブラウワー不動点定理」でした。
 つまり、かのフォン・ノイマンでさえゲーム理論には使えなかった角谷の定理を、ナッシュは見事に使ってみせた。
 この不動点こそがナッシュのゲーム均衡理論の原点である。
 "星の分布の或るパターンを選べると仮定しよう。星の分布を持ち、均衡状態にある多様体(あちこちに曲がり、それ自身に加わるもの)が存在するであろうか?"と彼は考えた。

 「その3」でも述べたから詳細は譲るが、あらゆる星の分布を持つ多様体に均衡状態が存在するとしたら、その星の分布を選ぶ事で均衡状態の有無を決定できる。
 つまり、リーマン多様体の(ユークリッド空間への)埋め込み理論をゲーム理論に応用したとも言える。ナッシュは”代数幾何学で私がやった事は全く苦闘だったが、微分幾何学に突破口を作り、代数多様体の幾何学的形状のコントロールを得る事が出来た”とも語っているが、言い換えれば”ゲーム理論上での均衡状態をコントロールできた”と言えるのではないか。

 そこで今日は、ナッシュ均衡の大きな起点となった”不動点定理”について書きたいと思います。 


不動点定理からナッシュ均衡へ

 ”不動点定理”とは(数学的に堅苦しく言えば)、自己写像f:A→Aは少なくとも1つの不動点(f(x)=x,x∈A)を持つとの事です。
 「ブラウワーの不動点定理」では、n次ユークリッド空間のコンパクト(有界閉集合)な部分集合から定義される連続関数の不動点(それを含む集合へ写像される点)の存在を示しました。が、それに対し、「角谷の不動点定理」では、その存在を凸部分集合から集合値函数に拡張(一般化)しました。

 そこで、Sをユークリッド空間Rnの空でないコンパクトな凸部分集合とする。
 いまφをを以下の様に定義すれば、φ:S→2^SはS上の集合値函数であり、φ(x)はx∈Sに対し、空でない凸集合となり、この時、”集合値関数φは不動点を持つ”となる。
 言い換えると、この集合値Xの函数は、べき関数φ:X→2^Xで与えられ、必ず不動点であるa∈φ(a),a∈Xを持つと定義できる。
 因みに、凸(とつ)部分集合ですが、ユークリッド空間上で定義された集合が凸(とつ=convex)であるとは、その集合に含まれる任意の2点を結ぶ線分上の(任意の)点がその集合に含まれる事を言います。例えば、中身の詰まった円盤の様な集合は凸だが、三日月形の様に窪み(凹み)のある集合は凸ではない。 

 「角谷の不動点定理」を使えば、任意のプレイヤーが混合戦略の全ての有限ゲームにおいて”ナッシュ均衡”が存在する事が証明できる。
 例えば、凸部分集合Sはゲームの各プレイヤーによって選ばれる混合戦略のタプル(複数の構成要素からなる組)の集合となる。
 函数φ(x)は、xにおける他のプレイヤーの戦略に対する各プレイヤーの最善の反応のタプル(複数の要素の組)で、同程度に良い反応が複数存在することもあり得る為、φは単一の値ではなく集合値となる。
 この時、ゲーム理論での”ナッシュ均衡”はφの不動点、即ち各プレイヤーの戦略が他のプレイヤーの戦略に対する最善の反応となるような戦略のタプルとなるからである。
 故に「角谷の定理」は、この混合戦略における不動点の存在、つまり<ナッシュ均衡>の存在を保証するものとなる(証明終)。

 「不倫とリーマン面」に寄せられたコメントにもある様に、「角谷の不動点定理」にてゲーム理論上での混合戦略を有限閉集合と見て、その集合値関数が不動点を必ず持つ事から、ナッシュは(非協力)ゲーム理論でも”均衡の存在”を証明できると考えた。
 元々、「不動点定理」とは(自身から自身への)自己写像という1対1対応の”連続関数上での不動点の存在を保証する”ものでした。
 厳密に言えば(上述した様に)、n次ユークリッド空間のコンパクト(有界閉集合)で定義される凸部分集合から”それ自身への連続関数が必ず不動点を持つ”となる。

 上述した自己写像という1対1対応の連続関数を(1対他数の)集合値関数に置き換えた角谷氏も凄いですが、ナッシュは更に、自身のゲーム理論の混合戦略に置き換え、不動点を”均衡状態”に結びつけます。


最後に

 以上をまとめると、不動点定理における、ブラウワー→角谷→ナッシュJrという黄金の連携は”ナッシュ均衡”に結びつき、ゲーム理論(均衡理論)という大きな花を咲かせます。
 故に、ナッシュはフォン・ノイマンが協力型ゲーム理論を発表した時には、”不動点=混合ゲームの均衡状態”という黄金の連携に気付いていた。
 つまり、ノイマンは経済学の立場からゲーム理論を発見し、ナッシュJrは純粋数学の立場からゲームの均衡理論を発見したと言える。
 もっと言えば、ナッシュJrの天才はノイマンの天才を凌ぐとも言えるが、天才にも次元が存在するのだろうか。

 数学の凄い所は、どんな難しい事でもどこかで必ず繋がっている。ある意味、美しさを超えた美学とも言えるが、”自己写像→連続関数→集合論→ゲーム理論”と、数学には無限の拡がりと繋がりがある。
 こういう事をまざまざと見せつけてくれる天才の頭脳って、どんな世界を見てるのだろうか・・・



4 コメント

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不動点と縮小コピー (paulkuroneko)
2023-12-31 13:42:51
写真を縮小コピーし、元の写真の上にはみ出ないように置く。この時、どんな置き方をしても、必ず重なる点が1つ存在するし、かつ2つ以上の点で重なる事はない。
このような点は重ねる操作で全く動かないので不動点と呼ばれます。
イメージで言えば、縮小画像を延々と重ねていけば不動点に1点集中する。

ブラウワーの不動点定理ですが、重ねる方の写真をゴムか粘土のようなもので伸縮・折り畳みなど全く自由とします。つまり平面上の多様体と考えます。故に写真を破るのはダメです。
そして、はみ出さないよう縮小画像を次々と重ねれば、上のような不動点が少なくとも1つ見つかる事をブラウワーは示したんですね。
つまり、ナッシュは多様体に不動点を埋め込む事が出来ないかと考えたんでしょうか。

これがきっかけとなり、様々な不動点定理が研究され、フシッツの不動点は代数幾何に、シャウダーの不動点は微分方程式に、そしてナッシュの不動点はゲーム理論に多大な成果を与えたと言えますね。
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paulさん (象が転んだ)
2023-12-31 15:50:51
”多様体に不動点を埋め込む事が出来ないか?”
実は私もそれを言いたかったんです。
でも確証の自信がなかったので、あえて伏せました。

不動点と縮小コピーのイメージはとてもわかりやすいですね。
言われる通り、ブラウワーの不動点定理は角谷氏に引き継がれて一般化され、ナッシュのゲーム均衡理論に引き継がれました。
つまり、継承は創造はなりで創造は継承を生む。

旧年はお世話になりました。新年もよろしくお願いします。
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バナッハの不動点 (UNICORN)
2024-01-01 16:00:20
”縮小写像には不動点が唯一つ存在する”
というのがバナッハの不動点定理ですが
縮小写像fで何回も写すことで、任意の点から不動点に近づけることができる。

f(x’)=x’を満たすx’を不動点とすると、
縮小写像fを何回も繰り返すという行為は、f⁽ⁿ⁾=f⚪・・・⚪f(fのn回合成)となります。
微分方程式の解の構成はx’=limf⁽ⁿ⁾(x)、n→∞​で行われますが、こうした漸化式で表される数列の極限を求めることから、バナッハの定理は微分方程式の解の存在(の保証)やその極限値の構成を行うのに使われます。
事実、2点間xとyの距離で考えるとわかりやすいのですが、この2点をfで縮小を繰り返すと不動点により近づく。
縮小写像の原理とは言い得て妙ですよね。 
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UNICORNさん (象が転んだ)
2024-01-01 19:25:35
まず、縮小写像ですが
距離空間上の2点をfで飛ばし、2点の距離が常にp<1倍以下になる時に”fは縮小写像である”との解釈で良いんですよね。
数学的に言えば、d(f(x),f(y))≦pd(x,y)、p<1となるんですが、d(f(x),f(y))≦pd(x,y)⇒d(f(x),f(y))<d(x,y)は真ですが、その逆は成り立たない。
故に、2点の距離を縮めるだけではなく、2点の距離の拡大率pが1未満になってる時を縮小写像と。

以上より、バナッハの不動点定理とは
空でない完備距離空間(X,d)上の縮小写像fが不動点を一意にもつ。
また、この不動点をx’とすると、任意のx’∈Xに対し、x’=lim[n→∞]f⁽ⁿ⁾(x)が成立する。
故に、X上のどんな点もfを繰り返すと不動点に近づく。
以上より、バナッハの定理が常微分方程式の解の存在(近似)と一意性を導く事が理解できますね。

旧年中は色々とお世話になりました。
今年もよろしくお願いします。
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