賃借人Aの権利が合併でBに包括承継される場合、賃貸人の承諾は必要だろうか?
合併が『包括承継』であることを重視すれば、『譲渡』でも『転貸』でもないので、賃貸人の承諾は不要という結論になる。
昭和43年4月16日の東京高裁判決は、合併前の無断譲渡のケースでも合併の前提として譲渡された場合は解除できないと判示している。
ただ、実務では賃貸借契約で合併を承諾行為とすることが多いので、合併の全てが無条件で認められるわけではないようだ。
<判旨>
(1)思うに、法が賃借権の無断譲渡または転貸を賃貸借契約の解除事由としているのは、賃貸借が本来当事者間の信頼関係を基礎として成立する継続的な関係だからである。すなわち、賃貸借は長期にわたり当事者を拘束する継続的な関係であるから、賃貸人には賃借人を選択するの自由を保持せしめる必要があり、したがつて、その意に反して賃借人が交替しまたは実質上新たな賃借人の加入する結果を抑止しなければならないのである。この意味において、法律上賃借権の譲渡と目される行為がありながら、その行為が信頼関係を裏切らない特別の事情があるとして賃貸人の解除権の行使を許容しないのは、本来筋道の通らない論であるというのほかはない。けだし、無断譲渡または転貸自体には当然に賃借人の背信性が内在するものというべきだからである。
しかし、法形式上賃借権の譲渡または転貸といらのほかない場合であつても、その実質においては民法第六一二条にいわゆる賃借権の譲渡または転貸(無断譲渡または転貸禁止条項における譲渡または転貸も同じ)に該当しないと認むべき場合も存しうる。たとえば、引揚者たる親族を一時借家に収容する場合、借家人が親族の学生を下宿代りに同居させる場合または法定の推定相続人に借地上の家屋を贈与する場合などこれに属する。
従来の実務例においては、これらの場合にあるいは賃借権の譲渡もしくは転貸の事実を否定し、または賃借権の譲渡または転貸の事実を認めながら賃貸借の解除を権利の濫用としてその効力を否定しているが、当裁判所の解するところによれば、これらの場合は原則として民法第六一二条にいわゆる賃借権の譲渡または転貸に当らないというべきものなのである。
<要旨第一>しからば、会社の合併による賃借権の移転の場合はどうか。被控訴人らは、合併は相続と異り当事者の行為要旨第一>によるものであるから、賃借権が合併によつて移転する場合も民法第六一二条にいう賃借権の譲渡がある場合に該当すると主張する。一理ある論である。しかし、合併はいわば人格の承継であつて個々の財産の移転ではないから、それが当事者会社の行為によつてなされるからといつて同条にいう賃借権の譲渡を伴うものと解することはできない。これを実質的にみるも、存続会社または吸収会社は合併の当時者会社または被吸収会社の権利義務を包括的に承継する意味においてこれと同一性を有し、いわば体内の一部にこれを包容している関係にあるから、賃貸人との関係では依然として賃借人である合併の当事者会社または被吸収会社が賃借人であると解して差し支えなく、その間に信頼関係を裏切る賃借権の譲渡の存在を認むべき理由はない。合併により企業規模が拡大し、賃貸物件の使用の態様に影響を与えるおそれがあることは、個人企業を共同経営とした場合と異るところがなく、これを無制限に放任しては賃貸人の利益を害するとも考えられないことはないが(本件のような借地権にあつてはそのおそれはないが)賃借物件の使用の態様に変化を生じうることは賃借人が存続会社または吸収会社である場合にも想像しうることであつて、かかる使用態様の変化はそれが用法違反とならない限り賃貸人として認容せざるをえず、これを理由として人格の承継である合併による賃借権の移転を前記法条にいわゆる賃借権の譲渡と解することはできないのである。
(2)上記認定の事実によれば、控訴会社は本件借地権の譲受前である昭和二四年三月頃日本スポーツ株式会社を吸収合併する方針をたてて、同会社の同意をえ、その法律上の手続を履践するに先だち取りあえず右会社の経営上のゆきずまりを打開するため同会社の唯一の企業ともいうべき映画劇場「エデン」の経営を引き受け、ついで同年五月末頃控訴会社の代表取締役Hが右訴外会社の代表取締役に就任して同会社の実権をその手中収めさらに同会社の企図したスポーツセンターの建設資金六千万円を融資するとともに同会社の「エデン」劇場の経営に関する全債務を引き受けている。控訴会社との合併は同年九月と予定されたが、「エデン」劇場が訴外会社に対する一部債権者のため処分されるおそれがあつたため、合併手続の履践前である同年七月六日本件建物とともに本件借地権が訴外会社から控訴会社に譲渡されたのであつて、その譲渡は合併成立前ではあるけれども合併の目的をはたすための手段的のものにすぎないものである。そして、控訴会社と日本スポーツ株式会社とは所期のとおり同年九月二〇日から合併手続を進め、翌二五年三月二八日その目的をはたして合併の登記を経由している。
<要旨第二>会社の合併が終局の目的であつて、借地権の譲渡がその目的をはたすための事前の手段的行為と認められる要旨第二>場合は、それが法律上正規の合併手続による借地権の移転に該当しない場合であつても、合併による借地権の移転が民法第六一二条にいわゆる賃借権の譲渡に当らないと解する限り、同様にその譲渡をもつて同条にいう譲渡と解することはできない。けだし、この場合も法形式上は賃借権の譲渡というのほかはないけれども、その実質はあたかも被相続人たるべき者が法定の推定相続人に借地権を譲渡する場合とひとしく、究極するところ法律上の承継人に対し事前に借地権を譲渡すると異ならず、譲渡に内在する背信性が存在しないからである。もとより、当事者会社間に合併の話が持ち上つていただけで、いまだその話合いが具体的にまとまつていない場合は、その後に合併の事実が実現したことを理由として同会社間の借地権の譲渡を無断譲渡でないと解することはできない。この点についての差戻し上告判決の判断は当裁判所を覊束するからである。しかし、当事者会社間に合併の合意がなされ、その目的をはたすために借地権の譲渡がなされた場合は、たといその合意が口頭でなされまた合併手続がいまだその緒についてない場合でも右と同一に論ずることはできない。この場合における事前の借地権の譲渡は実質上合併による権利義務の移転と異ならず、結果的にも合併による存続または吸収会社に借地権が移転し、実質上賃借人の交替は存しないからである。本件においては、上記のごとく、控訴会社と日本スポーツ株式会社との間に合併の合意が成立し、その手続の着手までやや時日を要した関係上取りあえず実質的に控訴会社が訴外会社の権利義務を承継する手段に出で、さらに合併手続に着手するわずか二月余前に訴外会社に対する債権者対策のため控訴会社において本件借地権の譲渡を受けた関係にあるのであるから、その譲渡は事実上合併の効果の事前の実現にすぎず、これをもつて前記法条にいう譲渡に該当しないと解すべきことは、前段説明の理由に徴し当然としなければならない。被控訴人Aは控訴会社および訴外会社間の本件借地権の譲渡を無断譲渡として賃貸借契約解除の意思表示をし、当時右両者間にはいまだ法律上合併の効果は生じていなかつたけれども、右の譲渡がその実質において右両会社間における合併の効果の事前の実現と解すべきものであつて、右の法条にいわゆる借地権の譲渡に当らないと解すべきものとする以上、同被控訴人の右の解除の意思表示はついにその効力を生ずるに由なかつたものというべきである。
合併が『包括承継』であることを重視すれば、『譲渡』でも『転貸』でもないので、賃貸人の承諾は不要という結論になる。
昭和43年4月16日の東京高裁判決は、合併前の無断譲渡のケースでも合併の前提として譲渡された場合は解除できないと判示している。
ただ、実務では賃貸借契約で合併を承諾行為とすることが多いので、合併の全てが無条件で認められるわけではないようだ。
<判旨>
(1)思うに、法が賃借権の無断譲渡または転貸を賃貸借契約の解除事由としているのは、賃貸借が本来当事者間の信頼関係を基礎として成立する継続的な関係だからである。すなわち、賃貸借は長期にわたり当事者を拘束する継続的な関係であるから、賃貸人には賃借人を選択するの自由を保持せしめる必要があり、したがつて、その意に反して賃借人が交替しまたは実質上新たな賃借人の加入する結果を抑止しなければならないのである。この意味において、法律上賃借権の譲渡と目される行為がありながら、その行為が信頼関係を裏切らない特別の事情があるとして賃貸人の解除権の行使を許容しないのは、本来筋道の通らない論であるというのほかはない。けだし、無断譲渡または転貸自体には当然に賃借人の背信性が内在するものというべきだからである。
しかし、法形式上賃借権の譲渡または転貸といらのほかない場合であつても、その実質においては民法第六一二条にいわゆる賃借権の譲渡または転貸(無断譲渡または転貸禁止条項における譲渡または転貸も同じ)に該当しないと認むべき場合も存しうる。たとえば、引揚者たる親族を一時借家に収容する場合、借家人が親族の学生を下宿代りに同居させる場合または法定の推定相続人に借地上の家屋を贈与する場合などこれに属する。
従来の実務例においては、これらの場合にあるいは賃借権の譲渡もしくは転貸の事実を否定し、または賃借権の譲渡または転貸の事実を認めながら賃貸借の解除を権利の濫用としてその効力を否定しているが、当裁判所の解するところによれば、これらの場合は原則として民法第六一二条にいわゆる賃借権の譲渡または転貸に当らないというべきものなのである。
<要旨第一>しからば、会社の合併による賃借権の移転の場合はどうか。被控訴人らは、合併は相続と異り当事者の行為要旨第一>によるものであるから、賃借権が合併によつて移転する場合も民法第六一二条にいう賃借権の譲渡がある場合に該当すると主張する。一理ある論である。しかし、合併はいわば人格の承継であつて個々の財産の移転ではないから、それが当事者会社の行為によつてなされるからといつて同条にいう賃借権の譲渡を伴うものと解することはできない。これを実質的にみるも、存続会社または吸収会社は合併の当時者会社または被吸収会社の権利義務を包括的に承継する意味においてこれと同一性を有し、いわば体内の一部にこれを包容している関係にあるから、賃貸人との関係では依然として賃借人である合併の当事者会社または被吸収会社が賃借人であると解して差し支えなく、その間に信頼関係を裏切る賃借権の譲渡の存在を認むべき理由はない。合併により企業規模が拡大し、賃貸物件の使用の態様に影響を与えるおそれがあることは、個人企業を共同経営とした場合と異るところがなく、これを無制限に放任しては賃貸人の利益を害するとも考えられないことはないが(本件のような借地権にあつてはそのおそれはないが)賃借物件の使用の態様に変化を生じうることは賃借人が存続会社または吸収会社である場合にも想像しうることであつて、かかる使用態様の変化はそれが用法違反とならない限り賃貸人として認容せざるをえず、これを理由として人格の承継である合併による賃借権の移転を前記法条にいわゆる賃借権の譲渡と解することはできないのである。
(2)上記認定の事実によれば、控訴会社は本件借地権の譲受前である昭和二四年三月頃日本スポーツ株式会社を吸収合併する方針をたてて、同会社の同意をえ、その法律上の手続を履践するに先だち取りあえず右会社の経営上のゆきずまりを打開するため同会社の唯一の企業ともいうべき映画劇場「エデン」の経営を引き受け、ついで同年五月末頃控訴会社の代表取締役Hが右訴外会社の代表取締役に就任して同会社の実権をその手中収めさらに同会社の企図したスポーツセンターの建設資金六千万円を融資するとともに同会社の「エデン」劇場の経営に関する全債務を引き受けている。控訴会社との合併は同年九月と予定されたが、「エデン」劇場が訴外会社に対する一部債権者のため処分されるおそれがあつたため、合併手続の履践前である同年七月六日本件建物とともに本件借地権が訴外会社から控訴会社に譲渡されたのであつて、その譲渡は合併成立前ではあるけれども合併の目的をはたすための手段的のものにすぎないものである。そして、控訴会社と日本スポーツ株式会社とは所期のとおり同年九月二〇日から合併手続を進め、翌二五年三月二八日その目的をはたして合併の登記を経由している。
<要旨第二>会社の合併が終局の目的であつて、借地権の譲渡がその目的をはたすための事前の手段的行為と認められる要旨第二>場合は、それが法律上正規の合併手続による借地権の移転に該当しない場合であつても、合併による借地権の移転が民法第六一二条にいわゆる賃借権の譲渡に当らないと解する限り、同様にその譲渡をもつて同条にいう譲渡と解することはできない。けだし、この場合も法形式上は賃借権の譲渡というのほかはないけれども、その実質はあたかも被相続人たるべき者が法定の推定相続人に借地権を譲渡する場合とひとしく、究極するところ法律上の承継人に対し事前に借地権を譲渡すると異ならず、譲渡に内在する背信性が存在しないからである。もとより、当事者会社間に合併の話が持ち上つていただけで、いまだその話合いが具体的にまとまつていない場合は、その後に合併の事実が実現したことを理由として同会社間の借地権の譲渡を無断譲渡でないと解することはできない。この点についての差戻し上告判決の判断は当裁判所を覊束するからである。しかし、当事者会社間に合併の合意がなされ、その目的をはたすために借地権の譲渡がなされた場合は、たといその合意が口頭でなされまた合併手続がいまだその緒についてない場合でも右と同一に論ずることはできない。この場合における事前の借地権の譲渡は実質上合併による権利義務の移転と異ならず、結果的にも合併による存続または吸収会社に借地権が移転し、実質上賃借人の交替は存しないからである。本件においては、上記のごとく、控訴会社と日本スポーツ株式会社との間に合併の合意が成立し、その手続の着手までやや時日を要した関係上取りあえず実質的に控訴会社が訴外会社の権利義務を承継する手段に出で、さらに合併手続に着手するわずか二月余前に訴外会社に対する債権者対策のため控訴会社において本件借地権の譲渡を受けた関係にあるのであるから、その譲渡は事実上合併の効果の事前の実現にすぎず、これをもつて前記法条にいう譲渡に該当しないと解すべきことは、前段説明の理由に徴し当然としなければならない。被控訴人Aは控訴会社および訴外会社間の本件借地権の譲渡を無断譲渡として賃貸借契約解除の意思表示をし、当時右両者間にはいまだ法律上合併の効果は生じていなかつたけれども、右の譲渡がその実質において右両会社間における合併の効果の事前の実現と解すべきものであつて、右の法条にいわゆる借地権の譲渡に当らないと解すべきものとする以上、同被控訴人の右の解除の意思表示はついにその効力を生ずるに由なかつたものというべきである。