夕陽丘

時事問題とロースクールの日常など

◆ジェンダーフリー論の性教育に失望

2005年04月03日 09時01分39秒 | 日記・書評
 報道2001で,先ごろ国会で問題になった性教育の問題を取り上げていた。

 たまたま,件の国会の議事を国会中継で見ていたので,とんでもない教育がなされていることは知っていたが,それがジェンダーフリー論に立脚するものとは思わなかった(国会議事でもジェンダーフリーの話はしていたが,「ながら」見をしていたので直接的結びつきがあるとは気がつかなかった)。

 ジェンダーフリー法学が一時期話題になったので,男女平等という見地から興味を持っていたのだが,どうも認識を改めなければならないようだ。

 どうやらジェンダーフリー論によると,7歳~9歳の小学生にセックスのやり方を教え,セックスが気持ちいいものと教えるのは,氾濫するアダルト情報に接する前に正しいセックスの仕方を身に着けることになり,大変すばらしいことになるらしい。

 冗談ではないと思う。逆に,セックスに興味を持った子供に対して,大人が「じゃあ実際にやってみようか」と誘いやすくなるだけではないか。大人の犠牲になる子供が増えるだけではないのか。

 百歩譲って,大人の犠牲にならないとしても,では,小学生低学年の男女がセックスして楽しむような社会を肯定するのだろうか? 性の自己決定権などというお題目も消し飛んでしまうほど,どうしようもない話だと思う。

 番組で石原都知事は,左翼くずれの教師がやっているといっていた。考えてみれば,左翼の人って,フリーセックス信奉者が多い。当時は,子供にもフリーセックスということで,チャイルドポルノが世界的に氾濫した。もし,今日本で行われている性教育がそういう流れをくむものだとしたら,とてもおぞましい。

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12 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
はじめまして (nonohana48)
2005-04-03 11:21:33
TBありがとうございました。ヘン!!ですよねぇ。

男女平等?いいんじゃない~なんて暢気にしていると、

とんでもない方向へ行ってしまいます・・。                     
こんにちは (extremejustice)
2005-04-03 11:36:51
TBありがとうございます。

確かに間違った方向に向いている話だと

思いますが性教育については避けがちな親が

一部居たりもしくは片親(母親)だけだと男の子

の場合、成長期に教えて貰えないと大事な部分の

成長が妨げられ年齢的に成長期を過ぎてしまうと

後々困る事になるので、その問題だけは親が教えるか

?今の学校の教育ではどうなってんのか?存じませんが教えてあげるべきだと思いますよ。

当方は男兄弟でしたので早くに教えられました。

その問題だけは知らないままに成長期過ごしてる

男の子が居たら気の毒です。
TBありがとうございます (yo)
2005-04-03 23:53:58
ジェンダーフリー論に立脚するかどうかは不勉強でわかりませんが、ほんの一部の資料をもとに、小学校の性教育を否定的にとらえるのだとしたら困ったことだと思います。

あと、左翼からフリーセックス、そしてチャイルドポルノって流れが実際に歴史上あったことで、一般に認識されていることなのでしょうか?



私のブログへのTBを頂いたのですから、(コメント部分も含め)読んでいただいた通りです。

子どもを前にして、フリーセックスを主張するような授業は基本的にありえないですし、あったら大問題です。

それから、小学生に対しては、やはり成長の過程を教える中で、個人や相手意識を尊重する中で教えたいものです。

そして、セックスが気持ちいいだけではなくて、男女の人間関係を大事にするという視点で行なわれること必要だと思います。

(小学生相手に、セックスが気持ちいいを強調する必要はないですが)

これだけ若年層に性風俗が乱れる風潮があり、生き方教育が難しい時代だからこそ、脅し性教育やコンドーム、生理用品の販売促進性教育ではだめなのです。

自分を大切にする見地からも、よりよい性教育を望みたい。(特に中高教育へ)

右翼くずれの石原さんにはわかるまい。
Unknown (管理人)
2005-04-04 03:10:11
 (nonohana48)さん,コメントありがとうございます。



 今回のことで思うのは,子供たちの健全な成長のためにある性教育が,他の目的のための手段になっていたら大変問題だということです。性教育のあり方を,国民全体でしっかり議論する必要がありそうです。



 (extremejustice)さん,コメントありがとうございます。



 ご趣旨もっともだと思います。気恥ずかしさや,自分たちが性教育を受けた体験がないせいか,子供に対して性教育を行うことを避ける親御さんはまだまだ多いと思います。

 公教育での性教育導入時にも,自分たちでやりたくないという親が,そんなのは学校でやってくれといった議論があったかと記憶しています。

 やはり,男女の価値や,行為の意味,行為の結果どうなるか,といったことは適切な時期に教えなければならないことだと思います。性教育をだれがやるのか(親と教師の分担をどうするか),どのような内容にするのか,親と教師(ないし公教育でのプログラム)が内容などで対立した場合どうするのか,といった点を議論すべきではないかと思います。現時点での反省を踏まえてという意味で,この問題は重要だと思います。 
Unknown (管理人)
2005-04-04 03:42:43
 (yo)さん,コメントありがとうございます。



 ご指摘の点ですが,まず,小学校での性教育を否定する趣旨ではありません。また,左翼・フリーセックス・チャイルドポルノという流れが論理的に証明されているなどと考えてはおりません。



 ただ,一般的に,個人の自由と平等という視点からフリーセックスや子供の性の自己決定権を言う人は,右よりの人より左よりの人に多いのは事実ではないでしょうか? 右よりの人は伝統的な家族の価値とか,集団的要素を重視しますし。



 そして,フリーセックス思想や子供の性の自己決定という思想が,結果として,チャイルドポルノを容認する効果を持つことは否めないと思います。それは,究極的には,子供が自分の意思でやっているなら非難できないという論理を生むからです。



 また,「子どもを前にして、フリーセックスを主張するような授業は基本的にありえないですし、あったら大問題です。」という点ですが,(yo)さんは,現役の先生のようなので,おそらくご自身の経験からの反論だと思うのですが,たとえば,今日の報道2001で出演していた八木教授のお子さんは,学校で「セックスセックスセックス」と三唱して「セックスは気持ちいい」と言う授業を体験したそうですが,こういうのはフリーセックスを主張する授業とも思えますが,いかがでしょうか?



>それから、小学生に対しては、やはり成長の過程を教える中で、個人や相手意識を尊重する中で教えたいものです。

>そして、セックスが気持ちいいだけではなくて、男女の人間関係を大事にするという視点で行なわれること必要だと思います。(小学生相手に、セックスが気持ちいいを強調する必要はないですが)

>これだけ若年層に性風俗が乱れる風潮があり、生き方教育が難しい時代だからこそ、脅し性教育やコンドーム、生理用品の販売促進性教育ではだめなのです。



 以上の点については,まったく同感です。公教育における性教育は,あくまで子供の人格的成長のためになされなければなりません。ジェンダーフリー論の推進といった大人の主義主張のためになされるものであってはならないと思います。

相互TBしました。 (みどり)
2005-04-04 09:17:42
TBしていただき、ありがとうございます。

わたしからも、関連の記事をトラックバックしました。

考えは少し違うかも知れませんが、議論を深められたらいいですね。
Unknown (x)
2005-04-05 02:06:47
>子どもを前にして、フリーセックスを主張するような授業は基本的にありえないですし、あったら大問題です。



ないですよ。そんなの山谷の脳内だけの話です。



山谷の過激性教育批判っていうのは、ほとんど山谷の妄想です。もう何年も前から国会でのこの人の質問はこればかり。ウソだと思ったら議事録を調べてみてください。
千葉県はとんでも知事が当選しました (喜多見 梁右)
2005-04-06 23:59:59
TB有り難う御座居ます。

SEXのテクニックなど、小学校で教える話題では有りません。

男女は平等ではなく、男女は人として対等だと思います。

平等とは誰かが上に立ち、デコボコを力で平にしてしまう様な感じがします。そこには無理な力が加わり、誰かの意向で否応なく平らにされてしまう感じがします。

対等とは、伸びたい人はその人の意思と資質で伸びます。縮んで居たい人は縮んで居てかまわないのです。それぞれがそれぞれの都合で生きる事が出来る時、対等の関係と言います。

だから私は「平等」と言う考えに嫌悪感を感じるのです。

人と人は男でも女でも国籍がどうでも、年齢が幾つでも「対等」だと思っています。

喜多見 梁右
Unknown (管理人)
2005-04-08 05:21:16
 「喜多見 梁右」さん,コメントありがとうございます。



 なるほど,男女平等という言葉にそのような印象を持たれること,理解できなくはありません。法の世界でも,「平等」という言葉は多義的で,論者により内容がまったく異なります。おっしゃる「対等」というのは,機会の平等に相当すると思いますが,それが,平等の原則だと私も思います。



 ただ,例外的に,いわゆる結果の平等を導入するべき必要が生じることもあると思います。



 平等や人権といった言葉は,抽象的で多義的なため,議論していてもかみ合わないことがよくあります。前提としている定義が異なるからです。その意味で,問題点は常に具体的に考えて生きたいですね。そう考えると,「男女平等法」ではなく「機会均等法」であることは肯定的に評価すべきであるかも知れません。いずれにしても,男女が対等に,それぞれの人格を発達させ,社会生活をおくれる世の中であって欲しいと思います。
性教育と左翼の関係 (通りすがり)
2005-05-29 23:44:39
それについては既に八木秀次と西尾幹二、両氏の

共著である『国民の油断』について

読めばわかります。



性教育とジェンダーフリーがどれだけ恐ろしい

ものなのかがわかるでしょう。

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