夕陽丘

時事問題とロースクールの日常など

◆受託者責任(fiduciary duty)

2005年05月28日 17時35分30秒 | 企業法務学習日記
 受託者責任(fiduciary duty)とは,他人から信任を受け資産運用等一定の任務を遂行する者に課せられる義務のことをいいます。

 沿革的には,受託者責任という概念は,英米法に由来するといわれ,そこでは通常,①信託者ないし受益者の利益を最優先して行動しなければならないという「忠実義務」,②任務遂行に際して通常要求される能力に基づいて合理的な注意を払わなければならないという「Prudentman rule(≒善管注意義務)」,③リスクを最小限にするため運用先を分散しなければならないという「分散投資義務」,④任務遂行に際しては法令等を遵守しなければならないという「コンプライアンス義務」があるといわれます。

 わが国においては,例えば,証券取引法33条に規定されている顧客に対する誠実公正義務が英米法上の受託者責任を継受したものと説明されます。



◆個人情報 みちのく銀に金融庁が勧告

2005年05月20日 22時54分28秒 | 企業法務学習日記
 金融庁は,5月20日,みちのく銀行に対し,個人情報保護法34条1項に基づき再発防止策等必要な措置をとることを勧告した。同法に基づく勧告が行われるのは初めてのことだという。また,同行行員による不祥事や虚偽の報告等不適切な行為が相次いでいることから,銀行法・保険業法・証券取引法に基づいて業務改善命令も発出された。

 みちのく銀行では,青森市にある同行の事務センターが顧客データを複製したCD―ROM3枚を4月12日に本店に送付したが本店で受け取った形跡がなく,4月20日に紛失を確認,4月22日に公表していた。同CD―ROMには,氏名・生年月日・預金額・貸出額などが記載された顧客情報約131万件が記録されており,これは,同行のほぼ全顧客数にあたるという。同行では,誤って廃棄した可能性が高いと説明していた。

 勧告内容は,個人データの安全管理のための措置の実効性の確保及び個人データの安全管理を図るための従業者に対する監督の徹底について,個人の権利利益を保護するため必要な措置をとること,これに基づき実施した措置を平成17年6月20日までに報告すること,である。

 なお,仮に同行が勧告に従った措置の実施を怠った場合,金融庁は,個人情報保護法に基づいて,改善措置実施の命令を発する可能性がある。



◆労働法 中労委,三一書房による処分を不当労働行為と認定

2005年05月20日 21時46分37秒 | 企業法務学習日記
 新聞報道等によれば,経営不振による会社再建の方法などをめぐり労使が対立するなか行われた懲戒解雇等の処分が不当労働行為に当たるとして,中央労働委員会は5月20日,出版社「三一書房」に対し,懲戒解雇の取り消しや,組合員10人分の未払い給与支払いなどを命じた。

 三一書房では1998年に経営悪化が表面化,賃金カットなど会社の再建策をめぐり労使が対立し労働組合がストライキを繰り返し実施するなか,同社は,1998年から2000年にかけて暴行や脅迫,違法ストの指導を理由として組合員6人を懲戒解雇した。

 これを受け,同社労働組合は,当該処分は不当労働行為にあたるとして,東京都地方労働委員会に救済を申し立てていた。

 東京都地方労働委員会は,2001年9月に懲戒解雇処分を取り消し,懲戒解雇された6人の原職復帰及び処分を理由として支払われなかった計10人への未払い賃金の支払いを命じていた。

 中央労働委員会は,同社が主張した懲戒処分の理由となる事実は認定できず,処分は不当労働行為に当たるとした。また,同社が団体交渉に応じなかったことや賃金を支払わない処置も不当労働行為にあたるとした東京都地方労働委員会の判断を是認した。

 今回の命令を受け,同社は,提訴の可能性も検討しているという。



◆企業防衛 授権資本枠拡大に対し,厚生年金基金が条件

2005年05月20日 18時58分07秒 | 企業法務学習日記
 6月の定時総会を前にして授権資本枠を拡大する定款変更を提案予定と表明する企業が相次いでいる。

 このような動きに対して,企業年金の上部団体である厚生年金基金連合会が,敵対的買収に対する防衛策として授権資本枠を拡大することについて,株式価値の希釈化が起こり,株主利益を損なう可能性があるとして,具体的な買収防衛策が示されていない限り総会で反対する方針であることを明らかにした。

 授権資本枠を拡大する定款変更については,6月に集中する今次総会では3月期決算企業の約1割が提案する見込みとされており,少なからず影響があると見られている。

◆近時,授権資本枠拡大を表明した主な企業◆

11日 NECは,32億株から75億株
17日 住友金属工業は,70億株から100億株
17日 テレビ東京は,7458万株から8258万株
19日 日本テレビは,5000万株から1億株
20日 フジテレビは,600万株から900万株


◆立法動向 自民党案,軽過失事例の補償割合50%以上で調整

2005年05月20日 01時32分47秒 | 企業法務学習日記
 19日付共同通信社配信記事によると,自民党は19日,財務金融部会・金融調査会合同会議において偽造・盗難キャッシュカード被害補償法案の概要を決定,盗難カード被害については,預金者の過失が軽過失にとどまる場合,金融機関は被害額の50%以上を補償するとしたという。記事によれば,補償比率は最終的に70%程度に上がる可能性があるという。

 また,被害補償対象期間についても,盗難届出から30日前までの被害とするなど被害者救済の度合いを増したものとなっているという。

 今後の予定としては,20日から公明党との協議に入り,今国会に法案を提出,年内の施行を目指すという。

 本法案が成立することにより,偽造・盗難キャッシュカード被害とくに盗難カードによる被害の救済が大幅に前進することになる。被害の広がりからいえばより迅速な立法が必要であったともいえる。

 この問題では,従来から銀行側の利益を重視した枠組みが構築されてきており,預金者の利益は軽視されがちであった。確かに,大量の取引を迅速かつ確実に行わなければならない銀行取引において,銀行側の利益を重視することは金融システム全体としては合理性を有するが,その手厚い保護に銀行側が依存してしまい安全性の高いシステム構築を怠ってきたことは否定できないと思われる。

 預金者は,銀行側が提供するシステムの範囲内でのみ被害予防策をとることが可能であり,被害予防は銀行側が提供するシステム如何である。現在,生体認証システム等安全を重視したシステム開発が進められているが,安全性の提供は銀行側が負担する重要な義務ともいえるのであり,安全性の高いシステムの迅速な提供は急務ではないだろうか。


◆個人情報 個人情報保護と社内報

2005年05月19日 01時18分47秒 | 企業法務学習日記

 4月から完全施行された個人情報保護法が企業の社内報に変化を及ぼしている。従業員の結婚や子女の誕生を知らせる欄や、新人紹介コーナーなどに個人情報があふれているためだ。多くの企業は本人の同意を得て掲載したが、中には企画自体を取りやめたり、本人の同意を得られず編集が困難になったりする例もある。「個人情報がないと味気ない」という声との兼ね合いは、なかなか難しい。(asahi.com 2005年05月13日)


 個人情報保護法施行から1か月が過ぎたが,制度定着までの悲喜交々といった状況が社内報をめぐり起きているようだ。記事によれば,日本経団連社内広報センターや日本広報協会などにも相談が舞い込んでいるという。

 社内報への個人情報の記載については,記事にある内閣府個人情報保護推進室の見解のとおり,たとえ社内や従業員間での閲覧・回覧を前提としていても本人の同意が必要だ。ただ,それ自体はそれほど困難な作業との印象は受けないのだけれど,現場での認識は異なるのだろうか?

 確かに,家族の個人情報や退職後の動向を記載するとなると手間がかかるという印象はあるだろうが,利用目的が常識的範囲で管理体制を整えていると伝えれば同意を得ること自体はやはり困難とは思えない。事務処理の量的負担が増えることが敬遠されているのだろうか?

 運用が安定すれば,こういった状況はなくなると思うが,それまではまだまだ混乱がありそうだ。


◆企業防衛 主要企業の買収防衛策その2

2005年05月18日 21時54分47秒 | 企業法務学習日記
1 株式会社東京放送の防衛策(5月18日決定公表)

 18日発表されたTBSの買収防衛策は,第三者割当新株予約権発行によって日興プリンシパル・インベストメンツが最大21.2%のTBS株式を保有する可能性を付与するとともに,買収者に対する情報提供要求等を内容とする買収対応策を策定し,これに従わない買収者に対してはさらなる新株発行や株式分割等で対抗することを内容としている。以下,要点。

(1) 第三者割当新株予約権発行による事前防衛型及び対抗策公表による事前警告型
(2) 発行する新株予約権は,発行価額1個30万円で2000個,総額6億円。予約権全部を日興プリンシパル・インベストメンツが引き受ける。
(3) 予約権行使価額は,現時点の株価の2倍超となる4000円だが,敵対的TOBないし特定買収者が20%超を獲得したことが明らかになった場合,6か月平均の90%程度ないし時価に減額される。
(4) 発行日は6月3日,行使期間は6月6日から19年6月30日。
(5) 取締役会に対し買収提案がなされた場合,情報提供及び検討期間内の買収停止を要求する。提供情報等に基づいて特別委員会が買収の是非を検討,取締役会に勧告し取締役会が最終的に買収受入れの是非を判断する。
(6) 買収者が(5)に従わない場合,濫用的買収と判断される場合及び予告なき買収開始に対しては,特別委員会の諮問・勧告を経て,新株発行・株式分割により対抗する。

当該防衛策に関するTBSのプレスリリース

2 西濃運輸株式会社の防衛策(5月17日決定公表)

(1) 信託型新株予約権による事前防衛型(定時総会の同意により導入する)。
(2) 信託先は,住友信託銀行。予約権付与対象は,買収者以外の全株主。
(3) 行使要件は,20%超の株式を保有する買収者が現れた場合。

当該防衛策に関する西濃運輸のプレスリリース




◆企業防衛 主要企業の買収防衛策

2005年05月15日 00時13分11秒 | 企業法務学習日記

1 株式会社ニレコ(H17年3月14日公表)

(1) 新株予約権の事前発行による事前防衛型。
(2) 新株予約権は,一定時点(H17年3月31日)における全株主に対して,保有株1株に2個の割合で無償付与される(H17年6月16日発行)。
(3) 行使期間は,H17年6月16日からH20年6月16日まで(延長の可能性はある)。
(4) 行使要件は,議決権付株式総数の20%以上を特定買収者が保有したと取締役会が認識したとき。
(5) 予約権消却等は,特別委員会の勧告に基づき取締役会が判断する。

2 松下電器産業株式会社(H17年4月28日決定公表)

(1) 対抗策公表による事前警告型。
(2) 取締役会の事前同意なく,特定株主グループの議決権割合を20%以上とすることを目的とする株式買付行為,または,結果として特定株主グループの議決権割合が20%以上となる株式買付行為を大規模買付行為と定義し,かかる大規模買付行為実施に大規模買付ルールの遵守を求める。大規模買付ルールに従わない場合,株式分割,新株予約権の発行等対抗策を実施する。
(3) 大規模買付ルールの内容は,事前に取締役会に対して十分な情報が提供され,取締役会による一定の評価期間が経過した後に大規模買付行為を開始するというもの。提供を要求する情報として,大規模買付者およびそのグループの概要,大規模買付行為の目的および内容,買付対価の算定根拠および買付資金の裏付け,大規模買付行為完了後の経営方針および事業計画を例示する。
(4) 提供情報等に基づいて取締役会が買収の妥当性を検討し,その是非を公表するほか,買収者との交渉を行い代替案を提示することがある。
(5) 買収自体は,個々の株主が最終的に判断する。

3 イーアクセス株式会社(H17年5月12日決定公表)

(1) 信託型新株予約権による事前防衛型(定時総会の同意により導入する)。
(2) 予約権付与対象は,買収者以外の全株主。
(3) 防衛策発動及び消却は,特別委員会の決定に基づく。

4 東芝株式会社(H17年5月13日決定公表)

(1) 対抗策公表による事前警告型。
(2) 特定者が議決権総数20%以上を獲得する結果となる買収提案があった場合,当該買収者に一定の情報提供を要求する。
(3) 提供を要求する情報は,買収提案者の概要,買収の目的等,対価の算定根拠及び買付資金の裏付け,買収提案者に対する資金供与者の名称及びその概要,買収完了後の経営方針及び事業計画など。
(4) 上記提供情報等に基づき,特別委員会が買収の妥当性などを検討し,その判断を前提として取締役会が買収の是非などを判断決定する。
(5) 買収が妥当でない場合,株式分割・新株予約権発行・新株発行等の対抗策を実施する。



◆立法動向 自民,盗難カード被害補償

2005年05月13日 20時47分19秒 | 企業法務学習日記
 自民党は,盗難カードによる預金を引き出し被害を救済するための法案を今国会に提出する方針。

 対象金融機関は,銀行・信用金庫・信用組合・農業協同組合・日本郵政公社など。

 盗難カード被害について,預金者が銀行等及び警察に被害を届けることを要件として銀行等の金融機関が全額補償することを原則としたうえで,預金者の過失に応じて金融機関による補償を減免する。

 過失の例として,カードに暗証番号を記載した場合及び暗証番号を他人に教えていた場合を重過失,暗証番号が預金者の生年月日・電話番号・自家用車ナンバーだった場合を軽過失としている。

 過失の立証責任は,金融機関にあるものとする。

1 盗難カード被害,全銀協の現行指針

① 故意・重過失 預金者負担
② 軽  過  失 預金者負担
③ 無  過  失 預金者負担

2 金融庁,偽造キャッシュカード問題に関する研究会

① 故意・重過失 預金者負担
② 軽  過  失 預金者と金融機関が負担を折半
③ 無  過  失 金融機関が全額負担

3 自民党案

① 故意・重過失 預金者負担
② 軽  過  失 金融機関が50%以上で調整
③ 無  過  失 金融機関が全額負担



◆りそな銀,振り込め詐欺被害救済に独自措置

2005年05月13日 06時48分59秒 | 企業法務学習日記
 新聞報道等によると,りそなホールディングスは12日,振り込め詐欺被害に関して昨年2月から開始していた独自の救済措置に基づく被害者に対する返還額が総額約1億円に達したことを明らかにしたという。

 返還を実施しているのは,りそな銀行,埼玉りそな銀行,近畿大阪銀行などグループ各社で約130人の被害者に合計約1億円を返還したという。

 口座を凍結するだけでなく凍結した口座から被害者に預金を返還することは珍しい。昨年2月から実施していたというのだから,振り込め詐欺対策が後手後手に回り批判を受けている銀行業界の中では早い時期から救済措置を実施していたことになる。

 安易に返還した場合,凍結口座が振り込め詐欺の犯人と無関係であった場合などに紛争になる可能性があり問題だが,りそなの場合,捜査当局との連絡もとりつつ返還を実施しているようであるから一定の予防はなされている。その上で積極的に被害者救済に動いているということは,個人の利用者に対して相当の好印象を与えると思われる。





◆企業防衛 信託型ポイズンピルは合法との金融庁見解

2005年05月12日 19時57分26秒 | 企業法務学習日記
 12日午前の自民党企業統治委員会において,金融庁は,信託型ポイズンピルが投資信託法上可能である旨の見解を示した。

 信託型ポイズンピルとは,買収目的で一定比率の株式が取得された場合に当該買収者のみが権利行使できない条件を付した新株予約権を事前に信託銀行に発行しておき,実際に買収者が現れた場合,買収者以外の全株主に新株予約権を付与して予約権保有株主による予約権行使により買収者の持株比率を低下させるものをいう。





◆企業防衛 日本航空,種類株導入を定時総会で提案の方向

2005年05月10日 06時30分29秒 | 企業法務学習日記
 新聞報道等によると,日本航空は9日,今年6月の定時総会において種類株式を取締役会決議で導入できるよう種類株式の制度を新設するなどの内容とする定款変更案を提案することを発表したという。定款変更内容は,種類株式制度新設のほか現在20名の取締役を15人に削減,さらに授権株式数を自己株式の消却による減少分を戻し70億株にするという。

 今回の定款変更について,日本航空は,機動的な資金調達のためであり買収防衛を目的とするものではないとしているが,敵対的買収に対する防衛を念頭にしたものと評価されているようである。近時の状況を考えれば,防衛策として導入すると考えるのが普通であり,資金調達の機動性を前面に押し立てるのは苦しいのではないだろうか。



◆企業防衛 ニレコの新株予約権発行に対して株主が発行差止仮処分を申立て

2005年05月10日 05時52分55秒 | 企業法務学習日記
 日経新聞報道によると,ニレコが今年3月に発表したポイズンピルの導入にかかる新株予約権発行について,同社株主である投資ファンド会社ザ・エスエフピー・バリュー・リアライゼーション・マスター・ファンド・リミテッド(英領ケイマン諸島)が,発行により株主は株価下落リスクにさらされるおそれがあるとして,9日に東京地方裁判所に発行差止の仮処分を申立てたという。

 ニレコの計画しているポイズンピルについては,その計画発表以後,一定時点の株主のみが予約権を取得できることにより敵対的買収とは無関係に当該時点以後株主になった者が不利益を受けると評価されていた。

 今回,差止仮処分請求を行った投資ファンド会社がこの点を問題としているのか現時点では判然としないが,差止請求により事前の買収防衛策に関する裁判例が出されることになるわけであり,防衛策に関する客観的指標が増加する点は歓迎すべきと思われる。


◆企業買収 ユノカル買収事情

2005年05月09日 22時34分15秒 | 企業法務学習日記
 9日付の英FT紙が,中国海洋石油がユノカル買収に名乗りを上げる可能性を伝えた。レノボのIBMパソコン事業部門の買収もそうだが,中国企業による大型買収が増加している。

 日本企業が外資に買収されるという話をするとき,自然と欧米資本を外資と想定しがちだが,中国本土を含めた華僑資本を忘れてはいけないと思われる。香港資本による不動産買収については一時話題になったが,急成長により巨大化した中国本土の資本による買収の増加は今後も見込まれる。特に,技術力や営業・サービスノウハウを買収によって一気に獲得するという意味で,中国本土の資本による日本企業の買収は増えるのではないかと考える。

 外資脅威論と外資容認論が相半ばしているが,先端的技術力等の獲得を目的になされる買収は,日本全体の利益という観点からは望ましくないともいえる。個別の企業の立場で考えても,買収目的が技術力等の獲得にあった場合,技術力等の移転が完了した後の立場は不透明にならざるを得ない。いわゆるハゲタカ的な買収になる可能性を秘めている。

 いずれにしても,外資=欧米資本とだけ想定する固定観念は捨て去るべきだろう。


◆会社法 株式会社の業績悪化による株価下落につき株主の取締役に対する損害賠償が否定された事例

2005年05月08日 20時02分11秒 | 企業法務学習日記
◆概略◆

 株式会社の業績悪化による株価下落につき株主の取締役に対する損害賠償が否定された事例-雪印食品損害賠償請求事件控訴審判決-(東京高判平成17年1月18日金融商事判例1209号10頁)

◆要旨◆

① 取締役に対する責任追及について,公開会社の株主は,特段の事情なき限り,商法267条の代表訴訟によらなければならず,民法709条に基づいて訴えを提起できない。
② 閉鎖会社においては,特段の事情があるとして709条によって取締役の責任を追及することもできる。

◆判旨◆

 株式が証券取引所などに上場され公開取引がなされている公開会社である株式会社の業績が取締役の過失により悪化して株価が下落するなど,全株主が平等に不利益を受けた場合,株主が取締役に対しその責任を追及するためには,特段の事情がない限り,商法267条に定める会社に代位して会社に対し損害賠償をすることを求める株主代表訴訟を提起する方法によらなければならず,直接民法709条に基づき株主に対し損害賠償をすることを求める訴えを提起することはできないと解すべきである。

 その理由は,①上記の場合,会社が損害を回復すれば株主の損害も回復するという関係にあること,②仮に株主代表訴訟のほかに個々の株主に対する直接の損害賠償請求ができるとすると,取締役は,会社及び株主に対し,二重の責任を負うことになりかねず,これを避けるため,取締役が株主に対し直接その損害を賠償することにより会社に対する責任が免責されるとすると,取締役が会社に対して負う法令違反等の責任を免れるためには総株主の同意を要すると定める商法266条5項と矛盾し,資本維持の原則にも反する上,会社債権者に劣後すべき株主が債権者に先んじて会社財産を取得する結果を招くことになるほか,株主相互間でも不平等を生ずることになることである。

 以上のことを考慮して,株式会社の取締役の株主に対する責任については,商法266条が会社に対する責任として定め,その責任を実現させる方法として商法267条が株主の代表訴訟等を規定したものと解すべきである。そして,その結果として,株主は,特段の事情のない限り,商法266条の3や民法709条により取締役に対し直接損害賠償請求することは認められないと解すべきである。

 また,株式が証券取引所に上場されるなどして公開され多数の株主が市場で株式を売買している公開会社においては,株主は,特段の事情のない限り,いつでも自由に市場において株式を処分することができるので,取締役の過失により株式会社の業績が悪化して株価が下落しても,適時に売却することにより損失を回避ないし限定することができるから,株主に個別に取締役に対する損害賠償請求を認める必要も少ない。

 もっとも,株式が公開されていない閉鎖会社においては,株式を処分することは必ずしも容易ではなく,違法行為をした取締役と支配株主が同一ないし一体であるような場合には,実質上株主代表訴訟の遂行や勝訴判決の履行が困難であるなどその救済が期待できない場合も想定しうるから,このような場合には,前記の特段の事情があるものとして,株主は民法709条に基づき取締役に対し直接株価の下落による損害の賠償をすることもできると解すべきである。

◆関連資料◆

 金融商事判例1209号(2005年2月15日号)10頁 株式会社の業績悪化による保有株式の無価値化について株主が取締役に直接損害賠償請求することの可否(消極)──雪印食品損害賠償請求事件控訴審判決──(東京高判平成17・1・18)