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「終末のフール」 伊坂幸太郎

2009年10月14日 | 過去の記事
伊坂幸太郎。『オーデュボンの祈り』を読んでから、文庫本になった著作はすべて読んできた。何よりも『オーデュボンの祈り』のインパクトは大きかった。ミステリー小説と言えば、殺人事件が起きて、それを探偵が解いていくのが当たり前だと思っていた。しかし、『オーデュボンの祈り』はミステリーにしてミステリーにあらず。非現実的な設定をミステリーに落とし込んだその世界は、僕を新しい何かを見たような気分にさせた。

そんな伊坂幸太郎の文庫本最新刊が『終末のフール』。「この世界に隕石が接近し、8年後に地球は滅亡する」という設定の中、生きる人たちをそれぞれの視点から描いた8つの短編の小説だ。この特異な設定の中にリアリティを内包させて、登場人物に人間らしさを持たせているのところは相変わらず上手い。強制的に死期を迫らされた登場人物たちの、「死が迫ってきたからこそ強烈に感じられる“生”」というのを描ききっていて、この小説が初見だったなら、僕はこの作家を大絶賛しているだろう。

しかし、この小説の作者は伊坂幸太郎なのだ。かつて僕にあれほどのインパクトを与えた伊坂幸太郎なのである。確かにものめずらしい設定を上手く操っていて、なおかつ十分なエンタ-テイメント性に溢れている。素晴らしい出来であると言えよう。しかし、僕は思う。、伊坂幸太郎の持ち味は短編小説では十分に発揮できていないと。

彼の著書の中で僕の好きな作品は『オーデュボンの祈り』『アヒルと鴨のコインロッカー』『重力ピエロ』などなのだが、そのすべてに共通しているのは、300ページを超える長編だということだ。そもそも伊坂氏は序盤にばらまいた伏線を回収するのが抜群に上手い。物語の終盤ですべての事象が一つに収束していくあの感じは、読者になんとも言えない快感を与える。それを伊坂氏は『オーデュボン』をはじめとした長編小説で実現してきた。

しかし、『チルドレン』あたりから彼のフィールドは短編小説へと変わっていった。短編小説はもちろん長編小説に比べてページ数が短い。引ける伏線の数は当然少なくなるし、なによりその回収との距離が近くなる。そうなると、かつて受けたあの衝撃は再来しない。一つ一つの短編は素晴らしい。でもそれは何発かのジャブを小出しに食らっているかように、KOまでは至らない。それを繋げて一つの大きな物語にすることを、伊坂氏はできていたはずだ。彼の短編小説では、KOされる気はさらさらしない。

短編になったことで読みやすさは増しているのだろう。今や出せば売れる大人気作家だ。その裾野を広げるのに、短編であることはいくらか影響しているのかもしれない。それでも僕は期待してしまうのだ。彼が長編小説を書くことを。それが時代をひっくり返す傑作になりうると、信じているから。


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