みみずくの日記

旅行記録などに関する感想を書く。

芦屋基地航空祭

2009-09-30 16:45:13 | Weblog

  09年9月27日、芦屋基地航空祭に行ってきた。 目的は、ブルーインパルスの曲技飛行である。当日は、鹿児島本線遠賀川駅から、 遠賀川の河口にある基地まで、シャトルバスが出るので、これを利用することにした。10時13 分着の上り快速電車を降りると、駅前はシャトルバスを待つ人の列が長く続いている。しかし、バスは基地に向かう車の渋滞に巻き込まれて、一向に戻ってこない。50分近く待って、やっと乗ったバスは、初めから動けない。電車を降りてから、2時間以上かかって、12時20分ごろ基地に着いた。

 

  基地上空は、一応晴れて青空が見える。航空機やヘリが駐機する区域は、ロープが張られ、立ち入りが制限されている。

  

           救難用ヘリコプター

 曇り空になってきたが、コンクリートやアスファルトの広いエプロンの上は結構暑い。用意のいい人は、キャンプ用のテントを持参して、日陰を作って休憩している。出店で、弁当とお茶を買い、木陰を見つけて、少し遅い昼の弁当を食べる。食べ終わると間もなく、何かを伝える拡声器の音声が聞こえてきたので、再びエプロンに出てみた。

 間もなく、米軍戦闘機が一機飛来し、飛行場上空で曲技飛行を始めた。戦闘機が低空で飛ぶのを見るのは、初めてのような気がする。急上昇、横転、背面飛行などを繰り返す。戦闘機が飛び去った後から、大きな爆音が耳に達する。音速を越えて飛ぶのだから当然だが、実感できる機会は滅多にない。デジカメで飛行する戦闘機を撮る技術は到底ないので、空を眺めるだけにした。戦闘機はやがて飛び去っていった。

 最後は、ブルーインパルスによる曲技飛行である。六機の戦闘機が観衆に向かって、横一列に並んでいる。その前には、既に大勢の人達が陣取っていて、人の肩越しにブルーの模様がついた垂直尾翼がやっと見えるだけである。拡声器の放送によると、入念な整備、点検が行われているそうだ。やがて、パイロットが機に乗り込む。

  直ぐに出発かと思ったら、今度はバイロットによる点検が慎重に行われているようだ。やがて、六機は滑走路の端に集結し、六機編隊で滑走を始めた。初めて見る光景であったが、見事なものである。 

  ブルーインパルスの曲技飛行。デジカメの画面には何も写らないので、大体の見当をつけて、シャッターを押したが、飛行機、観衆ともにぶれている。何枚か写真を撮ったが、写ったのは、これだけである。

 曲技飛行で印象に残ったものの一つは、 四機の編隊飛行である。翼端の最短距離が1メートルと紹介されていた。がっちりと編隊を組み、それが少しも崩れずに飛んでいく様子は、硬いダイヤモンドを連想させた。

 最も驚いたのは、二機の戦闘機が、同高度(と思われる)で互いに相手機に接近し、飛行場上空で交差してすれ違い、飛び去って行くショーである。これは、確か背面飛行で行われたように思った。両機がすれ違う瞬間は、はっとさせられた。驚くというより、度肝を抜かれたと言っても過言ではない。 

 ブルーインパルスのショーは、確かに魅力的なものである。一度見ると、病み付きになりそうだが、今度は、快晴の秋空の下で、ぜひ見たいと思っている。

 

 


高野山お礼参り

2009-09-19 15:41:22 | Weblog

          大阪南港の朝

 08年4月から始めた四国八十八箇所巡礼は、今年の七月に終り、八月に高野山へお礼参りに行った。 8月21日夕刻、新門司港を大洋名門フェリーで出発、22日早朝、大阪南港に着いた。

 

  道の駅「万葉の里紀ノ川」から紀ノ川の堤防に上がる

 5時半に下船。観光バスは、大阪南港から阪和道路を通って、紀ノ川沿いを行き、高野山に向かう。紀ノ川の名前はよく知っているが、見るのは初めてである。川幅は広いが水量は少ない。紀ノ川沿いにある、道の駅「万葉の里」で休憩したが、朝の7時過ぎなので店はまだ開いていない。

 道の駅を出て、暫く走ると、日本で初めて全身麻酔の手術を行った「花岡青州」の生誕地を示す表示板があり、この地方の出身の人であることを知った。  

 

     高野山一の橋に向かう、お礼参りの一行

 バスは高野山を登って、一の橋口近くの駐車場に着き、一行はここから参道を歩いて奥の堂に向かう。一の橋から先は、撮影、録音などは禁止である。参道の両側には、諸大名の墓が並んでいる。奥の院にお参りの後、更に奥にある御廟にお参りした。昼食は宿坊での精進料理であった。

 昼食後、宿坊の前の通りを散策し、土産物店で土産を買う。店頭に高野槙の苗を置いている店も数軒あり、お参りに来た人が苗を買っている。持ち帰って自宅の庭に植えるのは記念になると思うが、帰りの荷物が増えるので、買わなかった。

 土産店の前の通りに沿って、大きな木が沢山茂って森のようになっている。寺院だろうと思ったが、ここが、午後に行く金剛峰寺であった。この区域は、世界遺産に指定されているので、電線が地中に埋設されていて、すっきりした景観になっている。

 

         金剛峰寺の山門へ

 昼食休憩の後、豊臣秀吉が建立した金剛峰寺へ行く。ガイドさんの説明によると、門に通じるこの石段は、かつての大阪市内電車の軌道の敷石を使っているそうだ。

 

  金剛峰寺はお寺ではなく、いわば真言宗全体の事務所だそうである。会社でいえば、本社ビルに相当するものらしい。仏様は祭られていないので、お経はあげなかったが、写経の受付場所があったので、写経を収めて来た。

 主殿の屋根には梯子が立てかけられ、屋根の上に大きな天水桶が設置されている。大屋根に雷が落ちて、屋根が燃え上がったとき、坊さん達が屋根に上って消火に当たるそうだが、現在は、消火設備が設置されているので使用されていないそぅだ。

 十二年前にも高野山にお参りした。奥の院の参道の両側に並ぶ諸大名の墓と豊臣秀次が自刃した部屋の事が記憶に残っているが、ほかは余り覚えていない。秀次自刃のお寺が、どこであったかという事は勿論覚えていない。

 今回、金剛峰寺を訪れて、それがここの大主殿の柳の間であることを知った。当時の建物は、勿論建て替えられているそうだが、部屋の様子は同じように作られているそうだ。

 

 大広間でお茶の接待があり、外の廊下を回って、庭を見学する。この庭園も十二年前に観たはずだが、記憶に残っていない。今回は、ガイドさんの説明で、これらの庭石が、右側の建物を守る二匹の竜として配置されていることを知った。

            根本大塔 

  金剛峰寺から、バスですぐ近くの御影堂(みえどう)に行く。境内は広く、建物も多いので、バスの出発時刻までに全部を回れない。古い木造の建造物の中にあって、根本大塔の鮮やかな朱色と鐘楼の白色が目立った。

  

             白い鐘楼

 御影堂を最後に、バスは高野山を下り、大阪南港に向かう。去年の四月から始めた四国遍路の旅は、これですべて終わった。もう一度繰り返す元気はないが、印象に残ったお寺をもう一度訪ねたいと思う。

  

        名門大洋フェリーの二等寝室

  名門大洋フェリーを利用するのは、これで確か五回目である。このフェリーは夕刻に出港して、翌朝、目的地に着くので、船室でゆっくり過ごすことが出来る。個室ではないが、静かな雰囲気の船室である。乗船したのは8月22日の土曜日であったが、 客は去年に較べてかなり少ないようである。やはり、高速道路の週末割引が影響しているのであろう。高速道路が無料になれば、一体どうなるのかと思う。

 上下二段のベッドが対面式になっている。ベッドの中に入って、薄板のシャッターを下ろすと、外部と遮断できるので、落ち着いて寝ることが出来る。エンジン音と振動は、仕方がないが、寝られない程のものではない。寝ていると、振動が周期的に高低を繰り返していることが分かる。スクリューの回転数を適宜制御しながら、一定速度を保ち、エコ運転をしているようだ。 

 フェリーの航路の直ぐ近くに停船していた阪急フェリー

      海上に停船している阪急フェリー

 新門司港に到着する20分ほど前、こちらのフェリーの航路の直ぐ近くに阪急フェリーが停船していた。これまで、朝、新門司港に着くフェリーに四、五回乗ったが、こういうことには気がつかなかった。新門司港の港内に停泊しないで、他船の航路の直ぐ近くに停船する理由は分からない。

 

 

 

 


テレビで知った鈴虫の鳴き声

2009-09-12 08:25:32 | Weblog

 夜は大抵、午後十時半頃に就寝するので、夜中の三時前後には、眠りが浅くなることが多い。最近、夜半に寝覚めて、うとうとしていると、鈴の音がかすかに聞こえてくるような気がした。何秒間か続く音が、二、三回繰り返して聞こえ、暫く休止し、再び聞こえてくる。半分眠りながら聞いていると、音は規則正しく続いていた。

 誰か、家の前を鈴を鳴らしながら、歩いているようにも聞こえるが、それはあり得ない事だと思った。もし、そうなら怪談じみて少し気味が悪い。

 結局、これは虫が鳴いているのだと思った。鳴き始めは、鈴音を思わせるが、金属製の鈴音のように高く、澄んだ音ではない。

 鈴音のように聞こえるから、たぶん、鈴虫の鳴く声だろうと思ったが、その声は聞いたことがない。以前に聞いたかも知れないが、全く覚えていない。深夜の虫の鳴き声は四、五日続いた。

 虫の鳴き声を知っている人と一緒に聞けば、その名前を教えてもらえるのだが、真夜中のことだから、それもできない話である。しかし、数日後、これが鈴虫の声であることが分かった。

 私は、「鬼平」ファンで、現在、テレビで再映されている「鬼平犯科帳」を録画して欠かさず見ている。小説も何回か繰り返し読んだ。 

 最近放映された「おみね徳次郎」では、夜、縁側でくつろぐ平蔵夫妻が虫の声を聞く場面が出てくる。

 「虫が鳴いている」という平蔵の言葉に、奥方の久栄が「あれは、鈴虫でございますね」という会話の場面があった。

 このとき、このテレビ画面から聞こえてくる虫の声は、私が夜中に聞いた虫の声と同じであった。これで、鈴虫の鳴き声が分かった。

 その後、鈴虫の鳴き声を聞くことはない。「こおろぎ」のようにいつも聞ける虫の声ではなさそうだ。

 

 

 

 


帆船Santa Maria とMay Flower

2009-09-09 21:27:24 | Weblog

 帆船サンタ・マリア号の1/45模型を今年の春からつくり始めた。写真は船体のキールに垂直に10枚のフレームを接着した後、甲板を貼り付けたところである。これから船体側面の外板を貼っていくことになる。船体の外板は、通常、二重貼りになっているが、この模型では、一枚貼りなので外板が厚く、貼りにくい。

 毎日少しずつ作業を続け、九月に入ってやつと船体が出来上がったので、外部の板を塗装した。これからは、甲板上に構造物を取り付け、マストを三本立てる。マストには、帆を張る。来年の春までには完成させたいと思っている。

  

 これは、今年二月頃に製作していたMay Flower号である。現在、製作中のSanta Maria 号より少し短く、長さが60センチ程度である。 

 

  甲板にボートを載せ、帆を張って完成である。