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恐怖日和 ~ホラー小説書いてます~

見よう見まねでホラー小説書いてます。
たまにグロ等閲覧注意あり

call ~鬼来迎~ 第二章 3

2019-05-04 12:23:06 | CALL

          3

 身じろぎもせず体を丸めているのも、尻の下のタイルの硬さ冷たさも文也の心をくじくには十分だった。
 あれから母からの連絡がない。すぐ出られるように電話を握りしめているが、もう二度と繋がらないのではと不安になる。
 ずっと静かだった。あまりにも静かで、あの男はもう逃げたのだと思った。いつまでも現場に留まっている犯罪者などいないだろう。
 絶対出るなと言われていたが、じっとしているのが辛く、盾にしていたモップやブラシを脇に退けて文也はゆっくり立ち上がった。
 携帯電話をポケットに入れて大きく伸びをすると手足や腰のこわばりが解けて気持ちよかった。
 気配を窺いながらそっとドアを開け、用具入れから出る。
 照明が点いているのになぜか薄暗い。
 社会見学で行った魚市場の、さらに濃くした臭気があたりに充満していた。
 びちゃっとタイルに溜まった血を踏む。多量の血が廊下から流れ込み、排水口に向かっていた。
 避けられない血溜まりを踏みながら入口にたどり着く。
 目の前の廊下には真っ赤に染まった死体がいくつも転がっていた。どの死体もどこかが欠け、どこか潰れている。そのパーツや欠片も点々と血を吸って落ちていた。
 込み上げる吐き気を押さえ、廊下の左右を確認する。
 血の川の廊下には右も左も同じような死体が転がっていた。まるで解体されたマネキンが放置されているようだ。
 ここに男の姿はなかった。すでに逃走したのかもしれないが、どこかに潜んでいるだけかもしれない。
 ためらいはあったが早く逃げ出したくて文也は思い切って廊下に一歩を踏み出した。
 脂の浮いた血の川には様々な死体があった。
 吐き気を堪えて文也はその間を通り抜ける。
 河津のように頭を割られた女子生徒。
 首の千切れかけた男子。
 顔が縦半分ないものや口の上から横半分ないもの。
 腹を裂かれたものは廊下に長々と内臓を広げている。
 断ち切られた腕や脚。耳や五指の細かいものまでばらばらに散乱していた。
 これが二階、一階と続いているのか――文也はたまらずその場で嘔吐した。
 もう見たくないが目を閉じて移動はできない。
 靴底のぬめりに怖気をふるいながら階段ホールに向かってゆっくり進む。
 階段にもたくさんの死体と切り落とされたパーツや潰れた脳や内臓が散乱していた。
 滝のように流れ落ちた血はすでにねっとりと止まっている。
 転がる眼球を避けながら一段目に足を降ろした。
 壁や手すりにも血飛沫が飛び散り、滑り落ちないよう支えた手が真っ赤に染まった。叫び出したい衝動を抑え、一歩一歩注意深く階段を下りた。
 同じような死体が転がる二階を横目でやり過ごし、文也は黙々と一階を目指し、煮凝りのような血溜まりの中へ最後の段を下りる。
 一階の洗面所前には血塗れの同級生十数人が倒れていた。ここもまともに人の形を留めた死体は一つもない。この中に親友がいないか確かめたいが怖くてできなかった。
 きっと宮島はどこかに隠れている。
 そう信じて文也は洗面所の前を過ぎ、玄関のほうに向かった。
 事務室の前では河津が仰向けに倒れたままだった。額の真ん中がぱっくり割れイケメンの見る影もない。見開かれた白濁した瞳が宙を見つめている。
 文也は目を背けて通り過ぎた。
 そのため気付かなかった。
 河津の濁った眼球が文也の動きを追っていることに――

call ~鬼来迎~ 第二章 2

2019-05-03 12:12:41 | CALL

          2

「もし――し」
 ノイズの間から息子の声が聞こえた。携帯電話を離してしゃべっているような遠く小さな声だった。
「もしもし! どうしたのっ。なにがあったのっ」
「お母さ――助け――先生たちがこ――ている――」
「何? 何がいるって?」
 引っ掻き音がひどくて何を伝えているのか聞こえないが、緊急事態だということはわかる。
「――みんな殺されて――――」
 はっきりそう聞こえ、祐子の意識がふっと遠のいた。だが、気絶している場合ではない。
 祐子は状況を理解できるまで何度も訊ね、塾内で殺人事件が起きていること、文也はとりあえず無事だということを一応把握した。110番に繋がらず、まだ通報していないことも。
 そう言えばこの電話もさっき繋がらなかった。やっと繋がってもノイズがひどいし声も遠い。
 だが呑気に考えているひまはない。
「お母さんが110番するわ。それからすぐそっちへ行く。だからずっと隠れているのよ。絶対に出ちゃだめ。また連絡するから音消しとくのよ。いいわね?」
 そう何度も繰り返して文也に伝え、終話ボタンを押したが、ふと次は繋がるだろうかと不安になる。
 大丈夫よ、きっと。
 そう思い直し、110番通報した後、健夫に連絡をとった。
 すでに帰宅していた夫は話を聞いて最初は信用しなかった。だが、妻の剣幕に取り合えず塾に向かうと電話を切った。
 控室のドアが勢いよく開き、チーフが顔を覗かせる。
「ちょっと、あんた何してんの。勤務中よっ」
 厚化粧の顔が怒りで歪んでいた。
「早退させてくださいっ」
 祐子はバッグをつかみ、立ちはだかるチーフを突き飛ばし控室を出た。
「ちょっと何? 待ちなさい。野地さん! 待ちなさいっ」
 声を振り切って従業員用口から駐輪場に急ぐ。
 自転車の鍵を取り出す時、ちぎれたキーホルダーがバッグの底に見えた。
 早くあの子を助けに行かなきゃ。
 祐子は開錠した自転車を勢いよく漕ぎ出した。


call ~鬼来迎~ 第二章 1

2019-05-02 11:37:23 | CALL

          1

 最初は何が起こったのかわからなかった――
 授業が始まって数分後、事務室のほうから怒声と悲鳴が聞こえた。
 驚いて顔を上げるとみんなもお互いの顔をきょろきょろ見合っていた。
 斜め前に座る宮島が好奇心丸出しで文也を振り返る。
「なんなんだ、いったい」
 河津が参考書を置いてドアに向かった。
 立ち上がろうとした文也たちに「君らはじっとしてろ」
 と注意して事務室に向かう。
 河津が行ってしまうとみんな廊下に出た。
 五年クラスからも塚田が出て来て、教室に戻れと一喝し、事務室に走っていく。
 誰も言いつけを守らず、五年生たちも合流した。
 不安と好奇心が混じり合う視線をみんなで交わし、事務室に駆け込んでいく塚田に集中する。
 すぐ塚田のけたたましい悲鳴が聞こえた。
 今まで聞いたこともない激しい声に文也の身体は固まった。宮島たち他の生徒もみな同じで茫然自失のまま事務室の入り口を見つめている。
「あっ――」
 五年生の一人が指さす。
 両手を上げた河津が後ずさりしながらゆっくりと事務室から出てきた。
 映画やドラマのワンシーンみたいだと文也は思った。それほど現実味がない。
 だが、その後に出て来た追い詰める者を見て文也に震えが走った。
 あの赤い目の大男だ。
 振り上げた手には大きな鉈を持っていて、すでに全身、血で真っ赤に濡れている。
 ぶんっと音を立て河津の頭に鉈が食い込んだ。
 絶叫とともに仰向けに倒れ、大量の血飛沫が廊下に飛び散る。
 後ろに立つ女子生徒から甲高い悲鳴が上がった。
 赤い目がこっちを振り向き、歪んだ笑みを浮かべ河津の頭から鉈を引き抜いた。べったりと刃に張り付いた血と脳の破片が男の足元にぼとぼと落ちる。
「教室に逃げろっ」
 誰かが叫ぶと同時にみな四年クラスに雪崩れ込んだ。
 宮島が引っ張ってくれたが、金縛りのようになって動けなかった文也は廊下に一人取り残された。急いで入ろうとしたが、ドアの小窓には机や椅子で築かれたバリケードが映っている。
「開けてっ。宮島開けてっ」
 文也は必死にドアを叩いた。
 鉈を持った男がゆっくりと動き始める。
 それに気付き、文也はさらに強く叩く。
 だが、男はなぜか事務室に戻っていった。
「野地、ここはもう開けられない。早く二階の先生たちに知らせてきて。俺たちここで110番するから」
 ドアの向こうから泣きそうな宮島の声がする。
 一人では心細いが仕方がない。
「うん。わかった」
 文也は勇気を奪い立たせてうなずいた。
 男はまだ事務室から出てこない。
 今のうちに二階へ。
 文也は階段に向かって走った。
 教室の中から「電話が繋がらない」という泣き声がしたが、それは文也には聞こえなかった。
 踊り場に駆け上がったと同時に粘着質な足音が事務室から近づいてきた。急いで手すりの角に身を隠し、階下を窺う。
 赤い足跡を残しながら男が四年クラスに向かった。
 ドアが破壊され、バリケードが壊される激しい音と鋭い悲鳴が耳に届いた。
 二階の講師たちが階段を駆け下りてくる。
 手すりの陰に座り込んで動けない文也に何かを問いかけてきたが、再び凄まじい悲鳴が一階から聞こえてきて、そのまま階段を下りていった。
 止めなければと思いながらも声が出ない。
 すぐに講師たちの絶叫が響き、文也は立ち上がると急いで階段を駆け上った。
 階段ホールに出て来て階下を覗き込む中学生と六年生を押しのけ三階に向かう。
 途中の踊り場で三階にいた講師たちと出くわしたが誰も文也を気に留めず慌てて階下へと下りていく。
 文也はもう逃げるだけで精いっぱいだった。
 二階で絶叫が起こる。
 もうあいつが来たんだ。どこかに隠れないと。
 屋上から非常階段で外には出られるが、ドアには鍵がかかっている。その鍵は事務室にあるので無理だった。
 ホールに集まった生徒たちの間を潜って文也は男子トイレに駆け込んだ。
 二つ並ぶ個室の一つに飛び込んだが、すぐ思い直し一番奥の用具入れに隠れた。
 乱雑に詰め込まれたデッキブラシやバケツの間に潜り込み、三角座りして膝の中に顔を埋めた。
 すぐそこで大きな悲鳴が上がる。
 とうとう三階まで来たっ。
 文也は膝をきつく抱きしめた。
 助けを求める叫び声と足音が廊下に散らばっていく。
 文也は歯を食いしばって悲鳴を我慢した。
 あいつがここに来ませんように。
 ふと鉈で割られた河津の頭が脳裏に浮かんだ。
 みんなあんなふうに殺されたんだろうか。
 ううん。そんなことない。きっと誰か逃げてる。
 宮島は脚が速いし、あんなおっさんなんかに負けるもんか。それにすぐ警察だって来る。
 だが、どんなに耳を澄ませて待っていてもパトカーのサイレンはまったく聞こえてこなかった。

 最後の悲鳴が聞こえてからどれだけの時間が経ったのだろう。今どんな状況なのか用具入れに隠れたままの文也には何一つわからなかった。
 パトカーも警官も来た様子がない。ということは、誰も通報できなかったのか。逃げ出せた者もいなかったのか。
 宮島はどうなったのだろう。真奈香は?
 涙が頬を流れる。口を押さえていても嗚咽が漏れ出す。
 だが、すぐ近くでびちゃびちゃと足音がして、文也は息を止めた。
 きっと僕が最後の一人だ。あいつは僕の顔を知ってるから探してるんだ。
 足音はしばらくの間歩き回っていたが、次第に遠ざかり、やがて聞こえなくなった。
 ここがばれなかったことに安心したが、これからどうすればいいのか。
 あっ――
 文也はズボンのポケットに入れていた携帯電話を思い出した。あまりの恐怖で忘れていた。
 モップやブラシを倒さないよう注意しながら、そっと電話を取り出すと110番を押す。
 だが、受話口からは何の音も聞こえない。アンテナと電池を確認したがどちらも減っていないのでもう一度かけ直した。
 だが、何度やっても繋がらない。
 110番がだめなら母の携帯番号にとかけてみたが、こっちも結果は同じだった。
 二十回目ぐらいにやっと呼び出し音が鳴り始めたが、ノイズ混じりで今にも切れてしまいそうだ。
 その音が止み、繋がったとほっとするもいつまでたってもごおおぉと風が鳴るばかりだ。
 繋がった先がだだっ広い草っぱらのように思えて電話を切ってしまった。
 後でかけ直そうと、今は足音に集中することにした。

 かくりと首が落ちて居眠りから覚めた。
 あたりは何事もなかったかのようにとても静かだ。
 夢でも見ていたんじゃないか、そんなふうにまで思えて来る。
 突然、手の中で携帯電話が鳴り出した。
 張り詰めた空間に響く音は恐ろしいほど大きく聞こえ、驚いた文也は慌てて送受ボタンを押した。
 男の足音が来ないか耳をそばだてて電話に出る。
 突風の後、送話口を爪で引っ掻いているようなノイズが聞こえ、その向こうでとても遠い母の声がした。


call ~鬼来迎~ 第一章 4

2019-05-02 10:20:02 | CALL

          4

 客足が途切れ、祐子は洗面所に行く振りをして控室に戻った。
 文也から連絡が入っていないか早く確認したい。それをしないことには仕事に集中できなかった。
 エプロンのポケットから鍵を出してロッカーを開ける。キーホルダーがちぎれ、文也の好きなアニメキャラクターがリノリウムの床に転がった。
 祐子は慌ててそれを拾い上げ、引っ張り出したバッグから携帯電話を取り出す。
 着信を示す光の点滅を見て、大きく鼓動が跳ねた。
 履歴には文也の名前がずらっと並んでいる。
「なんなの。これはいったいどういうこと?」
 最初は一時間前だ。
「な、何があったの、文也っ」
 リダイヤルを押そうとしたが指が震えてうまく押せない。
「落ち着いて。落ち着くのよ」
 祐子は深呼吸するとゆっくりボタンを押した。
 呼び出し音が鳴り始めるまでの時間を長く感じる。
 だが、やっと鳴り出した音は水中で響くような籠った音を数回立て切れてしまった。
「なによ、もうっ」
 祐子は再びリダイヤルした。
 さっきと同じ呼び出し音が鳴り始める。
 奇妙に感じたが、それよりも文也のことが心配だ。 
「文也、早く出てっ」
 今にも切れそうなぷつっぷつっというノイズが混じっているので気が気ではない。
 このままずっと繋がらなかったら――
 祐子の目に涙が浮かぶ。
 呼び出し音が止んだ。
「文也っ」
 返事はなかった。だが切れたわけではなく、ツーツー音も聞こえない。ただただ不気味に静かで思わず祐子は終話ボタンを押してしまった。
 膝が震え出し、立っていられなくなって床に座り込む。もう一度リダイヤルを押したが、始まったのはまたノイズ混じりの奇妙なコールだ。
「文也――出て――お願い」
 涙が頬を伝い落ちた。
 再び音が切れ、耳に静寂が広がる。
 唇を噛みしめ、終話ボタンを押そうとした時、ごおっと突風のような音が聞こえた、携帯電話を握りなおし、耳を澄ます。
 風の吹き荒れる音が数秒続いた後、爪で引っ掻くようなノイズの向こうで文也の遠い声が聞こえた。


call ~鬼来迎~ 第一章 3

2019-05-01 11:58:52 | CALL

          3

 四年クラスは一階の奥にある。
 受付を兼ねた事務室の隣に塾長室、次に資料室。洗面所と階段ホールを挟んだ次が四年クラスの教室だ。
 一番奥が五年クラスで廊下の突き当りは非常口になっていた。
 一階から上に上がったことはないが、階段ホールの壁に取り付けられた配置図を見て、二階には六年と中学クラスが各二クラス、三階には高校と予備校の教室が同じく二クラスずつあることを文也は知っていた。
 教室に入ると同じ小学校に通う的場真奈香が足早に近づいてきた。
「ねえ、玄関にいた怖そうなおじさん見た?」
 真奈香は怯えたような上目遣いで文也の顔を覗き込む。
「もう、佐野先が追っ払ったぜ」
 文也より先に宮島が答え、「おれはあんなおっさん怖くねえな。ふんっ」と鼻を鳴らした。
「誰もあんたに聞いてないからっ」
 真奈香に突っぱねられ、彼女に好意を持っている宮島はたじろいだ。その顔を見て文也は吹き出しそうになったが笑ってはいけない。
 真奈香の好きなのは宮島ではなく文也だった。告白されてはいないがなんとなくわかる。たぶん宮島も気付いている。笑えばきっと友情にひびが入るに違いない。今は女の子よりも親友のほうが大事だった。
 突然、エレベーターが急下降したような床の揺れを感じ、真奈香が「きゃっ」と悲鳴を上げて机に縋った。
「今の地震?」
 怯えた目で文也を見る。
「バカか、地震なんか揺ってねえよ。なあ、野地」
 宮島がふんっと胸をそらせた。
 好きなら意地悪なこと言わなきゃいいのに。
 文也は小さくため息をつく。
「揺ったよ。ちょっと変な感じしたけど」
「ほらあ。宮島君はがさつだから微妙な揺れには気付かないのよ」
「なんだとっ」
「なによっ」
 真奈香と宮島がにらみ合っている。
 なんだ。そういうことか。
 宮島の戦略を察し、文也はその場を離れいつもの席に着いた。