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爺さんが伝えたいこと

寡黙に生きて来た爺さんが、一つの言葉ででも若い人達の役に立つならば、幸いです。

特攻の勇士達に

2020-08-22 04:41:24 | 日記
特攻の勇士達に、よくぞ散って下さったと、お礼を申し上げたい。

誰が好き好んで死ぬものか。

先輩が逝ったから、親友が逝ったからと言って、誰が好んで逝くものか。

両親・兄弟・最愛の人を残して、誰が逝くものか。

建前を表出して、笑って逝っただけの事。

死にたいではなく、死ななければならなかったから、逝っただけの事。

逝くからには、大きな獲物を捕ってやろうと、思っただけの事。

誰が好き好んで、死ぬ訳がないやろ。

思いを残さずに、死ぬ訳がないやろ。

あれもしたい、これもしたいと
思って死んだ筈だと、思いたい。

でないと浮かばれんやろ。

二十歳前後の若者が、表だっては国の為にと、思わないと死ねんやろうもん。

彼等の思いを、無駄にしてはならない。

無駄死にと思って、散ったに違いない彼等の思いを、尊敬せずにはいられない。

若い君らには、考えられないだろうが。

老い先短い爺さんだからこそ、しみじみと考えてしまうのだが。

昔の日本には、若い勇士達がいた事を、忘れないで欲しい。

若い君達には、出来んかも知れんね。








親父の記憶

2020-08-22 02:42:01 | 日記
元の職場では、私は自分が頑張って、指図通りに組織を動かして行くと、思っていた様に思います。

この部署とあの部署に何人と、思う気持ちは有りませんでした。

人員配置などを、思う気持ちは有りません。

人がいないんですから。

ただ、考えるのは作業の順番だけです。

とにかく目一杯どう動けば、予定がこなせるか、だけでした。

人がいないんですから。

また自分を律する事だけに、尽力していた様に思います。

それと親父の背中を見て、育った経験がない私は、生活の中で親父が果たす役目も、解っていなかった様に思います。

親父はいつも家に、いませんでしたから。

親父に関しては、今だから思う事があります。

小さい頃にお袋が時々、親父の悪口を言っていた事を、思い出します。

普通高校や工業高校の事務員をしていたと聞いています。

今の私なら問題が起きた時には、自分の口で問題を解決するのだろうが、親父はお袋に頼んで、解決をして貰っていたらしい。

お袋が高校に乗り込んで行って、家の夫をどうして苛めるのかと、怒鳴り込んで行っていたらしい。

ちょっと恥ずかしい事だが。

思えば男として、なんと意気地のない事か。

職員や先生達を自分の金で、飲みには連れて行っていたらしい。

皆なの機嫌取りをする為だったのか。

先にも話した、親父が亡くなる時に、一緒にいたおばちゃんも、いま思えば、親父の情けない事を話していた。

押入にリュックサックを直していて、すぐに出せる様に準備していた。

泥棒が入った時には、そのリュックサックに荷物を詰めて、すぐに逃げる積もりらしかった。

詰めてる時に、泥棒にやられるのじゃないのかな。

泥棒とやり合い、追い出す気持ちはなかったらしい。

闘争本能が無かったらしい。

普通はバットの一つも準備して、いざと言う時にはやり合うものじゃないのかなと、思うのだが。

当時の私は親父を怖い存在と、思っていたのだが。

この歳になって、改めて情けない親父を持ったものだと、思ってしまうのだが。

お袋の気性に生まれて、良かったと思ってはいるが。