弁理士近藤充紀のちまちま中間手続77
拒絶理由
新規性・進歩性1
引用文献1には、請求項1-9に係る鋼とその合金組成が重複するオーステナイト系ステンレス鋼を用いて化学工業分野の装置または装置の要素を製造することが記載されている。
新規性・進歩性2
引用文献3-5には、それぞれ請求項1-9に係る鋼とその合金組成が重複するオーステナイト系ステンレス鋼を用いて装置または装置の要素を製造することが記載されている。
意見書
本願発明は、上記のような構成を有するので、つぎの効果を奏することができる。
a)本願ステンレス鋼は、優れた耐コークス性を有する。したがって、本願ステンレス鋼は、特定の用途、例えば炉、反応器もしくはダクトのような装置、あるいは例えば管、プレート、シート、スクリーン、型材もしくはリングのような装置の要素の製造に使用することができ、また炉、反応器もしくはダクトの内壁をコーティングするために使用することができる。とりわけ、350~1100℃で実施される石油化学プロセスの装置には、本願オーステナイト系ステンレス鋼を好適に使用することができる。
b)本願ステンレス鋼は、削減されたニッケル含有量にも拘わらずオーステナイト系構造を留めるステンレス鋼である。オーステナイト系構造を有するステンレス鋼の高い温度挙動によって、優れた耐腐食性と、溶接性が含まれる優れた機械的挙動とが組み合わされる。
引用文献1は、低ニッケル含量のオーステナイト系ステンレス鋼に関するものである。
しかし、引用文献1のステンレス鋼は、その実施例では常に、本願ステンレス鋼と比べて高いマンガン含量を有する(本願ステンレス鋼:Mn2~10重量%、引用文献1の実施例1:Mn10.5重量%、引用文献1の実施例2:Mn11.0重量%、引用文献1の実施例3:Mn10.8重量%)。
よって、引用文献1の発明は本願発明とは決して同一ではない。
また、引用文献1のステンレス鋼は、化学工業分野、家庭厨房品、建築用外板、自動車の諸部品等多岐に亘る用途を企図したものである(引用文献1の第1頁、右欄、第6~8行)。
引用文献1の発明の顕著な効果として述べられている点は、耐蝕性と加工性であるが(引用文献1の第1頁、右欄、第11~18行)、引用文献1は、耐コークス性については何ら記載していない。
よって、引用文献1から、上述した本願発明の効果、とりわけ耐コークス性を予測することは、当業者といえども到底不可能である。
引用文献2について
引用文献2は、耐コークス性が要求される適用に用いるステンレス鋼の使用方法に関するものである。
しかし、このステンレス鋼は、オーステナイト系ステンレス鋼ではなく、ベイナイト系もしくはマルテンサイト系の焼戻し構造を有するものであり、本願ステンレス鋼とは甚だ異なるものである。
よって、引用文献2の発明は本願発明とは別のものである。
また、引用文献1と2を組み合わせても、本願発明の効果、とりわけ耐コークス性を予測することは、当業者といえども到底不可能である。
引用文献3について
引用文献3は、耐蝕性に優れたr-Mn-N系のオーステナイト系ステンレス鋼に関するものである。
しかし、このステンレス鋼は、自動車、家庭電気製品、厨房、建築などに使用されるものである(引用文献3の段落[0001])。しかみ、引用文献3は、耐コークス性については何ら記載していない。
よって、引用文献3の発明は本願発明とは決して同一ではない上に、引用文献3から、上述した本願発明の効果、とりわけ耐コークス性を予測することは、当業者といえども到底不可能である。
引用文献4(特開平11-92885)は、本願明細書の段落[0007]に記載のフランス特許出願に対応するものである。引用文献4は、非常に低いニッケル含量のオーステナイト系ステンレス鋼に関するものであり、これよりニッケル含量の高い標準グレード(AISI 304)と比べ割安で、かつ、同等の機械特性および溶接特性を有するものである。
しかし、引用文献4は、耐コークス性については何ら記載していない。
よって、引用文献3の発明は本願発明とは決して同一ではない上に、引用文献3から、上述した本願発明の効果、とりわけ耐コークス性を予測することは、当業者といえども到底不可能である。
引用文献5も、低ニッケル含量のオーステナイト系ステンレス鋼に関するものである。引用文献5のステンレス鋼は、一般腐食、孔食、間隙腐食に優れることを企図したものである(引用文献5の段落[0001])。
しかし、引用文献4は、耐コークス性については何ら記載していない。
よって、引用文献3の発明は本願発明とは決して同一ではない上に、引用文献3から、上述した本願発明の効果、とりわけ耐コークス性を予測することは、当業者といえども到底不可能である。
引用文献3~5を組み合わせても、上述した本願発明の効果を予測することは、当業者といえども到底不可能である。
本願ステンレス鋼は、その特有の組成から、優れた耐コークス性を有することを見出だして完成されたものである。
炭化水素の転換中に炉内で拡大しうる炭質堆積物すなわちコークスは、工業装置において有害であり、管および反応器の壁上にコークスが形成されると、熱交換の減少と、大きな詰まりが引き起こされ、それ故に、圧力損失の増加をまねく。反応温度を一定に保つために、壁の温度は上昇されねばならないこともあり、これによって、壁の構成要素である合金を損傷させるリスクが生じる。装置の選択率の低減も認められ、これは収率の低減をまねく。
本願発明は、優れた耐コークス性を有するオーステナイト系ステンレス鋼を提供することによりコークス堆積に起因する上記諸問題を解決するものである。このような効果は、引用文献に記載されていないばかりか、引用文献記載の防食効果などとは全く別な効果であり、引用文献からは決して推考できるものではない。とりわけ、350~1100℃で実施される石油化学プロセスの装置には、本願オーステナイト系ステンレス鋼を好適に使用することができる。
よって、本願発明は、新規性および進歩性を兼ね備えるものである。
拒絶理由 新規性・進歩性
引用文献1には、本願請求項1,2,6,8,9に係る鋼とその合金組成が重複するステンレス鋼を自動車、家電、厨房、建築用に供することが記載されており、当該記載からみて引用文献1記載のステンレス鋼は「耐コークス性」に関する言及の有無にかかわらずこれら装置やその要素に使用されるものと認める。
意見書
引用文献1には、自動車、家電、厨房、建築用等に用いられる、耐食性に優れたCr-Mn-N系オーステナイトステンレス鋼が開示されている。
しかしながら、引用文献1のステンレス鋼の組成は、本願発明におけるステンレス鋼の組成と異なっている。引用文献1のステンレス鋼は、本願発明のステンレス鋼よりも遙かに小さい炭素含有量を有するからである(引用文献1では最大炭素含有量は0.015重量%である)。さらに、引用文献1の鋼の用途は、本願発明のステンレス鋼と完全に異なっている。耐コークス性は耐食性と同一とは考えられ得ない。本願の明細書の段落[0004]において説明されているように、管および反応器の壁上にコークスが形成されることによって、熱交換の減少と、大きな詰まりが引き起こされ、それ故に、圧力損失の増加がもたらされるが、材料上の重大な損傷はない。逆に、耐食現象は、実際に、金属が浸食を受けることによって設備を劣化させる。
このように本願発明に係わるステンレス鋼と引用文献1のステンレス鋼とは組成も用途も異なるものであり、また引用文献1に基づいて本願発明のステンレス鋼に想到することもできないので、本願請求項10および12と引用文献1のステンレス鋼に対して新規性および進歩性を有する。
拒絶査定
先の拒絶理由通知書における引用文献1(特開平09-195007号公報)には、補正後の本願請求項1に係る鋼とその合金組成が重複するオーステナイト系ステンレス鋼(特に【表1】の鋼番号4番を参照)、及び当該オーステナイト系ステンレス鋼を自動車、家電、厨房、建築用に供することが記載されており、引用文献1の上記記載に鑑みれば、引用文献1には本願請求項1に係る鋼の合金組成と重複する合金組成を有する「装置」及び「装置の要素」が記載されているものと認められ、当該「装置」と補正後の本願請求項10に係る装置、及び当該「装置の要素」と補正後の本願請求項12に係る装置の要素との間に、それぞれ物としての差異は認められない。
なお出願人は意見書にて「引用文献1のステンレス鋼の組成は、本願発明におけるステンレス鋼の組成と異なっている。引用文献1のステンレス鋼は、本願発明のステンレス鋼よりも遙かに小さい炭素含有量を有するからである」と主張するが、本願請求項1に係るオーステナイト系ステンレス鋼における炭素量規定は「多くとも0.15重量%のC」とあるように炭素含有量の上限を定めるものであって、他の条件を満足し且つ炭素含有量が「0.15重量%」以下であるオーステナイト系ステンレス鋼であれば須く包含されるものとされていることから、出願人の上記主張は採用できない。
また、出願人は意見書にて「引用文献1の鋼の用途は、本願発明のステンレス鋼と完全に異なっている。耐コークス性は耐食性と同一とは考えられ得ない」と主張するが、請求項10は用途の規定が成されていない「装置」、同じく請求項12は用途の規定が成されていない「装置の要素」に係るものであるため、出願人の上記主張は採用できない。