LIFE IS GOOD! うろうろ人生旅日記

20代はいろんな国を歩き30代はサラリーマン。40で早期退職に手を挙げた。現在訪問69か国+1。只今バンコクで生活中。

バルセロナの初夏の陽気に浮かれる

2010年04月10日 | スペイン・ポルトガル日記
4/10 バルセロナ

まだ暗さの残る朝6時ちょっと肌寒いもののやっぱり他より暖かいバルセロナ・サンツ到着。



地下鉄5号線でディアゴナル駅へ。宿までの道が分からなくて何人かに尋ねてみる。皆、一生懸命答えてくれる。こっちがスペイン語全く分かっていないことを知っていても・・・。でもシカトされるより全然まし。嬉しくなる。で、どうにか7時半前宿に着くもチェックインさせてもらえず荷物だけ置かせてもらい、まずは近くの観光地カサ・ミラ、カサ・バトリョのガウディ物件まで歩いていくことに。





9時半、カタルーニャ広場で観光地を回る2階建て観光バスの2日券を購入し早速2階へ。ちなみにこんだけ旅していろんな町でよく見かけるこのオープンルーフ観光バス乗るのはたぶん初めて。気分が高揚する。なんと日本語によるオーディオガイダンス装置までついているのだ!

そのあまり上手じゃない男の声で「もうすぐ右手にサグラダファミリアが見えてきます」と聞こえたのと同時に右を見たら巨大なサグラダファミリア聖堂が目に飛び込んできてちょっとビックリした。ちょっと感動した。いや~バルセロナに来たな~という感じ。



エレベーターで上まで上がりバルセロナの町を眼下に見ながら螺旋階段を下りてくる。





着工してから130年近くたつ今でも建設中というのもすごい。この頃11時頃だったが気温はもはや春というより初夏。久々にサングラス、タンクトップに短パンという姿をみた。太陽が似合いすぎる国スペイン!!!青い空に尖塔がこれまた映える!!!

次に観光バスを降りたのは泣く子も黙るバルサの本拠地カンプ・ノウ・スタジアム。



早速スタジアムツアーでうろついてみる。ロッカー、試合前に祈りを捧げるチャペル、そしてピッチ(の手前)、去年取った6つのトロフィー等バルサファンが泣いて喜ぶヒトトキ。でもほんとはピッチ上でスライディングでもしてみたかった。



今日10日はアウェーでのレアルとのクラシコだったので滞在中ここでバルサを見ることはかなわないと思っていた。が、しかし!14日のデポルティボ戦のチケットが売られているのを見て計画変更、即購入。



あれ、バルセロナ13日までじゃなかったけ?はいバルセロナ滞在2日延長決定!これぞ無計画放浪旅行のいいところ。これでミラノのサンシロ、ローマのスタジオ・オリンピコに続く第3回・夢のスタジアム観戦だ!(誤解が生じるのもナンナノデきっちりいっときますが私はサッカーより広島カープです。現在最下位の体たらくに頭キテマス)でもこの試合22時開始って一体何?

最後にモンジュイックの丘でバルセロナの町を見下ろして今日の観光は終わり。


【サグラダファミリアも見えた!】

晩御飯にやっぱり食うでしょ、のパエリアをいただく。おいしかった。

いやぁスペイン想像通り。太陽のぎらぎら感が違う。さすがこのヨーロッパツアー期待度No1(No2はモロッコ)。ちょっとゆっくりまわろかな。

夜行バスでバルセロナへ

2010年04月09日 | フランス日記
4/9 夜行バス(パリ-バルセロナ)


【TGVみたいなのに一気に追い越される・・】

最後のパリの午前中を有意義に過ごそうと話したはなから起きたら10時。どこにもいけなくなる。近くのマクドで昼食をとりながらネット。

2時前隣のターミナルまで歩きチェックイン。3時過ぎバルセロナ行きのバス発車。ネットでこのバスを検索したときは10日土曜日は満席。このバスはガラガラでよかった~と喜んだのもつかの間、夜10時頃着いたどこかの街で一気に乗り込まれ満席。暇なときのパートナーiphoneはとっとと電池切れ。やることなくなったら寝るしかない。。

ベルサイユで歩き疲れる。。

2010年04月08日 | フランス日記
4/8 パリ

最近いつも朝起きるのが遅く(とにかく寝るのが遅い!)一日が早く終わることを昨日かなり反省し今日は9時には宿を出た。メトロを乗り継ぎSt-Michelへ。RERでVersailles-R.G-Chateau駅へ行き初めてのベルサイユ宮殿へ。



宮殿前にはかなりの長蛇の列ができていた。オーディオ・ガイダンスを耳につけ宮殿内を回る。中も外もオーストリアのシェーンブルン宮殿とかぶる雰囲気。ともにマリー・アントワネットゆかりの地である。時空を超え当時の空気が残ってるような気がして楽しめた。暴徒と化した民衆の怒声は聞こえなかったけど。。



宮殿の後は広大な庭園、大・小トリアノン、王妃の村里を歩いてまわる。この辺りをアントワネットも歩いていたんだな、と思うと不思議な感じ。





とにかく歩き疲れ帰りの電車ではあっという間に眠りに落ち降りる駅をひとつ乗り過ごす。パリ最後の訪問はオルセー美術館。疲れていたので本来ならパスだがミュージアムパスを使わなくちゃいけない、という強迫観念の一心で訪れる。でも以外や以外、歩きやすく見やすい美術館でかつ知ってる絵もいくつかあり楽しめた。


【夕暮れのパリ。次はまた17年後に・・】

帰り道にサッポロラーメンに入り味噌ラーメン、餃子、炒飯、カレーの大好き四天王でパリを締めくくり9時過ぎ宿に戻ってきた。当初あまり来るつもりのなかったパリで5泊もしてしまった。いい出会いも、むかつく事件も、再会もありたくさんの想い出ができたパリであった。



さ、次は楽しみにしていたスペインだ!

かつてのボスにパリで再会

2010年04月07日 | フランス日記
4/7 パリ

WIFIついてる宿はいかん。どうしても遅く寝て、遅く起きることになる。今日は朝早くから行動しようと決めていたのに結局宿をチェックアウトしたのは11時過ぎ。このまま同じ宿であと2泊したかったが今日は満室ということで移動。ユーロラインのバスターミナルの隣Porte de Bagnoletに宿を取る。部屋はまだできていなかったので荷物を置いて歩いてユーロラインに行き明後日のバルセロナまでのチケット購入。1週間先にはEASY JETでバスより安い航空券を見つけたがまさかあと1週間もこの辺りをうろつくのも嫌だし。ようやくスペイン。旅に疲労した体にはスペインの太陽が必要だ。

午後1時頃ルーブルに入る。17年前来たときはあっという間にその広さに疲れ早々に出て行った事を覚えているが、さて・・今回も同じであった。知識があればこんなに面白いものはないんだろうけど。






【ハムラビ法典】

午後5時半、勤務していた会社の昔の上司に会いに行く。4,5年ぶりに再会したオリビエさんは日本から戻った後、出世階段をうまく上ったようで広い個室の部屋を持ち、ちょっと貫禄がつき、そしてちょっと老けて?いた。でも中身はな~んにも変わってなくて楽しい思い出話に花が咲いた。話しながら9年半前初めての面接を彼にしてもらったことをつい昨日の出来事のように思い出した。ビーナスフォートでのお別れ会の写真を大切そうに持っていてくれた。



会社辞めてもこうやって笑顔で再会できるというのはいいもんだ。日本に社長で戻る野望があるらしいのでその際は再就職の世話をお願いしサヨナラする。

降りだした雨の中、凱旋門まで歩きメトロに乗りモンマルトルの丘にそびえる白亜のサクレ・クールへ。



蒼い空の下で見るサクレ・クールを期待していたが、眼下に見えるパリのパノラマも全部白い空に包み込まれていた。。


パリのなんともついてない一日・・

2010年04月06日 | フランス日記
4/6 パリ


【シテ島】

朝7時半ニコラスの出勤をお見送り。2回目の洗濯をさせてもらい昼過ぎメッセージと鍵を置いて出て行く。楽しい2泊3日であった。

しかしここからいろ~んな不運に襲われることになる。

【不運1】ニコラス邸は2泊までしかできなかったため相棒が見つけ昨日予約した安宿に向かう。住所などはHPに記載が全くなく(この時点でなんか怪しいな、とは思っていた)駅に着いたら電話しろと言うことだったのでそうしたらひどく愛想の悪い日本語を喋る韓国人ババがカート持参で迎えに来てバックパックをここに載せて引け、という。背負ってるところを近所に見られたくないとのこと。結局なんのことはない。無登録宿なのだ。客は日本人のみ。不潔。飼猫多し。シャワーは夜7時以降。明後日は朝か10時以降でお願いね、とかのたまう。とりあえず6ベッドの部屋に荷物を置いて出てきたがとにかくババ~の態度にむかつきいらいらしてくる。客の意味わかってんのか??

【不運2】3度目してようやく開いていたブックオフ。重い2冊の歩き方をどうにかここまで持ってきたというのに売ったら2ユーロ(泣)。中古の歩き方の在庫もほとんどなかったため近くのジュンク堂へ移動。そこでスペイン、モロッコを手に入れたがなんと定価の2倍以上の値段。ちょっとボリスギじゃないの。。バンコクでも1.5倍なのに。

【不運3】この時点でもはや午後4時半。6時に閉まるミュージアムにはいけないので近くのノートルダム寺院に行く。







目的は先日購入したミュージアムパスを使って塔に登ること。で行って寺院を一周してもその入口が見つからず聞いてみたら数分前に閉まったといわれる始末。48ユーロ分のパスのうちまだ9ユーロ分しか使ってない。。

【不運4】たまたまおいしそうなパン屋を見つけ、おいしそうなでかいカスタードパンを発見。食べ終わった瞬間今度は超おいしそうな食べ放題中華出現。パンでお腹いっぱいになってるにもかかわらず我慢できずにはいる。で、そんなに量食べずに出てくる羽目に。。我慢すればよかった。。

【不運5】夜10時前、考えただけで今日一日ブルーな気分にさせてくれた宿に戻る。戻るや否やババ~は愛想のない顔で、ちょっとした都合で部屋を移って欲しいと言ってきた。3日もこんな汚いところに滞在したくなかったので、2泊にしたいと言ったら不機嫌な顔を露骨に出しながらも了承する。荷物を移動している間にだんだんむかついてきて今度は相棒が1泊にしてもいいかとババ~に言ったところ烈火のごとく怒りだし、金を返すからすぐでていってください!と怒鳴ったという。それを聞いた俺は望むところだと荷物を背負い金を受け取り出て行く。幸いにも近くにはいくつかホテルがありチェックイン。6日ぶりのプライベートな時間を楽しむ。5日連続他人の家はさすがにちょっと疲れたかな。

やることなすことうまくいかない日ってあるけど今日はまさしくそういうまるでついてない一日であった。

パリで人の温かさに涙する

2010年04月05日 | フランス日記
4/5 パリ

9時起床。
ニコラスは夜中2時頃帰ってきたらしい。買ってきてくれたパンで朝食。

再度オペラのブックオフを訪れるが今日もイースターでお休み。12時過ぎまたひぐまラーメンに行き今度はカツカレー。味は学食レベルだが懐かしすぎてうまくないわけがない。小さな胃があっという間に満たされる。この店評判いいのか、昨日も今日も食べてる間に外にちょっとした行列ができていた。

今日は雨が降る気配もなくいわゆる行楽日和。



ルーブルからチュイルリー公園、コンコルド、シャンゼリゼ通りを歩き凱旋門へ。




【おーシャンゼリゼ~】

上に上がって懐かしの風景を堪能したあとセーヌ川を超えエッフェル塔へ。



行くと既にチケット購入の長蛇の列。今日は上がるのを諦め下でライトアップされるのを待った。

午後8時を過ぎるとようやく空も暗くなりはじめ8時40分頃ライトアップ。午後9時には5分間塔全体がキラキラと点滅し歓声が上がった。川の向こう側のシャイヨー宮から見るオレンジ色に光り輝くエッフェルはあまりに幻想的。これで花火なんか上がっちゃったら気絶もんだな、と思った。



10時過ぎマンションに戻るとニコラスが夕食を作り食べずに待っていてくれた。



料理は男がするものだという料理好きが作ってくれたパスタはお世辞抜きで滅茶苦茶おいしくおかわり。



デザートまで作ってくれて感激物であった。夜中1時過ぎまでお喋り。ニコラスは恐縮するほど気を遣う男でちょっと女性的な繊細さを持つ男。すごくマジいい奴で気が合うと思った。いつの日か絶対このお礼をしようと思う。明日からはラトビア人女性2人が宿泊するとのこと。

パリでおにぎりとラーメンに我を失う

2010年04月04日 | フランス日記
4/4 パリ



朝食食べて9時半車でユーロラインのバスストップまで送ってもらう。今回初めてカウチ・サーフィンを使って他人の家に泊めてもらったけれど家は広いし、2度の朝食、3日のうち2日はカウチではなくベッドをもらい、おまけにブルージュまで連れて行ってもらってどう感謝していいやら。。ナディアの写真とってる姿は明らかに親父入っていたし(見かけは老けているが1こ年下)ちょっと堅苦しい感じがある人ではあったけど本当お世話になりっぱなし。ありがとう。

10:45 満席のバス発車。午後2時過ぎ17年ぶりのパリ到着。パリの最初の2泊はこれまたカウチ・サーフィンで見つけた人のマンションへ泊まることになっていたが約束の7時頃まで時間があったのでまずは最寄の駅へ行きロッカーに荷物をおいて街ぶらしようということで3番メトロでガリエニからレピュブリックへ。

結局ロッカーは存在せず急遽相棒がホストであるニコラスへ電話したところ今からお邪魔してもいいというのでそのままレピュブリックから歩いて5分のアパートへ直行。アパートの入り口では人のよさが顔ににじみ出ているニコラスが出迎えてくれた。

カウチ・サーフィン歴2年。ひとつしかない部屋にゲストを泊まらせ自分は小さなキッチン前のスペースにマットを敷いて寝ると言うほとんどそれ、ちょっとおかしいだろ・・というほど心優しき男。

ニコラスは友人のところへパーティへ。我々もパリ散歩へと出かけた。3番メトロでオペラへ。地下から出て久しぶりのパリの街並みを目の前にして正直こう思った。



「あ~パリはやっぱ格が違うわ・・」

ガイドブックを手に入れようとブック・オフを探すが今日は日曜で閉店。

午後5時過ぎこのあたりはジャパレスがたくさん並んでいてそのうちのひとつラーメンひぐまに入り味噌ラーメン。塩ラーメン、餃子を頼む。かつて1ヵ月半以上もの間日本食を食べなかったことはなかった。今回は2月17日のバンコク以来の日本食である。ジャパンマートで買ってきたおにぎりを隠れながら頬張り、出てきたラーメンをすする。





もしかしたらそれは本来それほどの味ではなかったのかもしれないが、このときばかりはこんなにラーメンってうまかったっけ!!??カンド~の嵐。不思議なことに異常に空腹だったお腹はちょっと食べるといきなり満腹感を覚えた。久しぶりに勢いつけて食べたのに胃がこの長旅で小さくなってるような気がした。(昨日久しぶりに体重計乗ったら10数年ぶりに60キロ切ってた・・)

その後ルーブルの周りをうろうろして午後9時半アパートに戻る。ニコラスはまだ帰ってきていなかった。





ブルージュもまたすばらしい

2010年04月03日 | オランダ日記
4/3 ブリュッセル

朝9時過ぎジョージがロシア人のバイオリニスト・ナディアを連れてきて皆で朝食。その後4人のカメラ友達が次々に現れ、これから作成するナディアのWEBサイトについてあれこれ議論。ナディアはプロのバイオリニスト。1曲皆の前で弾いてくれた。さすがプロ!の腕前。



お昼、漫画博物館みたいなところへ行きカメラ親父たちはそこの1階で勝手にナディアの撮影会を初めてしまった。退屈なのでそのあいだ街ぶらしてワッフルを頬張る。

2時半頃一度ジョージの家に戻ってゆっくりした後、キャロライン、ナディアも一緒にジョージの運転する車で40分離れた街ブルージュへ。このブルージュがまた美しい街であった。





緑美しい庭園、石畳、運河、教会の塔が中世の絵画のよう。



夜は広場でUKから来たというビートルズ模写バンドにたくさんの客がつめかけ盛り上がっていた。滞在時間が短かいにもかかわらず残念ながら3分の1をレストラン(といってもコーヒー1杯)で費やす始末。これだから団体行動は嫌いだ。もっともっと歩いてみたかった。またここも1,2泊すべき素晴らしい場所であった。




ブリュッセルはチョコレートだらけだった

2010年04月02日 | オランダ日記
4/2 ブリュッセル


【ブリュッセルで桜が見れるとは思わなかった】

10時前起床。ちょっと小さめのソファだったが結構よく眠れた。

11時過ぎアパートを出てメトロに乗る。ここに住んで8年間、メトロで切符所持チェックなんかあたったことないよ、と住人ジョージは言うが私はもちろん毎回きちんと切符を買って乗り込む小心者である。で無事目的地についてから買わなきゃよかった、と呟くのである。。

セリーヌ&エミリーは友人宅に急遽滞在できることになりここを去っていった。ストラスブールに来るなら泊まっていいよ、と言ってくれたが無理っぽく残念。

Roi Baudouin→Simonis→Rogier→Bourse Beurs

まずは「世界で最も美しい広場」で有名なグラン・プラスへ。お昼ごろは天気もよく青い空と重厚な建築物が確かに美しすぎた。





嬉しくなって広場のストリートカフェでゆっくりコーヒーまで飲んでしまった。近くの小便小僧までにもチョコレートショップとワッフル屋が軒を連ねる。



東京でよく見かける有名ブランドの1粒300円もするチョコより120円の明治ストロベリー板チョコのほうが絶対うまいと感じる私はそっちのけで、これがないと生きていけないと言い切るチョコマニアの相棒はその安さに(もちろん日本と比較して)狂喜乱舞。



あっという間に20粒ほどのチョコを手に入れこんなに幸せなことはない・・と見たことのない笑顔を爆発させていた。(その数分後ベルギーワッフルもたいらげていた・・)

その後サン・ミッシェル大聖堂、国会議事堂、ブリュッセル公園、ノートルダム・ド・ラ・シャペル教会を回った後(入場なし)グラン・プラスへ戻る。


【サン・ミッシェル大聖堂】

遅い昼食はレストランで名物ムール貝とパエリア。かつて嫌いだと思い込んでいたムール貝はおいしかった。でも100%砂付き。



午後8時過ぎジョージ指定のレストランへ。カウチサーフィンのビデオを撮るミーティングとかいう催しに呼ばれたがちょっと気分でなかったので理由をつけキャロラインに鍵をもらいとっとと帰ってきた。

サマータイムも始まり暗くなるのは8時半過ぎ。だいぶ日が長く感じられるようになってきた。天候は相変わらず雨の降らない日がないけれど。

ここブリュッセルも想像(グラン・プラス以外はな~んにもないと思っていた)を遥かに超え魅力的な街。全然3泊じゃ足りない。でももうパリ行きの切符買っちゃってるからしようがない。

ブリュッセルでカウチサーフィンで見つけたマンションに泊まる

2010年04月01日 | オランダ日記
4/1 ブリュッセル

朝10時チェックアウト。アムス中央駅からメトロで5つ先のアムステル駅へ。



12:35 ユーロラインのバスで出発。


【雲が綺麗だった】

4時過ぎ到着予定と聞いていたが実際ブリュッセル北駅についたのは午後6時前であった。黒人男性がこんなに遅れ今日のアポ全部ダメになった、ど~してくれるんだ、とドライバーに怒っていた。ついたその足でユーロラインに行き4日のパリ行チケットゲット。

さて今日から3泊のブリュッセルの宿は一緒にラサを旅したダニー&ファビーに教えてもらったカウチサーフィン(http://www.couchsurfing.org/)で探しだした無料宿。日本人なら喜んで泊めてくれる人いっぱいいるよ、と言っていた。結局利用することなくヨーロッパ旅行も終わっちゃうかな、と思っていたが高い宿代に心痛めていた相棒が最初から最後まで頑張ってやりとりして探し出したのだ。よくやった~。登録からメールまで全部英語で!

19:10 どうにかメトロを2回乗り継ぎ最寄駅のRoi Baudouin到着。ただの郊外の町。



電話つながんね~な、と途方にくれてたらくれてたら宿主ジョージが車で登場しアパートまで乗せて行ってくれる。部屋では数日前から滞在しているという香港系イギリス人のキャロライン、その後ストラスブールから来たセリーヌ&エミリーが登場(彼女たちもカウチサーフィンでここを見つけたらしい)。

夜は皆でATOMIUMという不思議なところへお散歩。


【球体の中にはレストラン】

【日中はこんなかんじ】


帰る途中でケバブ屋で遅い晩御飯を食べて戻ってきた。
マンションは8年もので30万ユーロで購入したらしく清潔で快適。WIFIも使えたので遅くまで起きていた。