木村長人(きむらながと)。皆さんとつくる地域の政治。

1964年(昭和39年)千葉生まれ。元江戸川区議(4期)。無所属。

区民の抱く不安感を共有し、理解することが大切なのでは?

2011-08-05 02:52:34 | 地方自治
 決してすべてが誤った見解では必ずしもありませんし、被災畜産農家の追い詰められた現状を考えれば、むしろ思いやりのある言葉と言えるでしょう。また、区内で飲食業に従事している方々のことも考えてのことなのでしょう。しかし、想定される大多数の読者層を考えると、視点と掲載紙面が少しズレていないかと首をかしげた一言があります。

 一方的な見方はとりたくありませんので、前置きしておきますが、この記述が全くもって誤りだとは言い切るつもりはありません。無理やり数字で評価すれば、そうですね、3割程度は理解できます。でも7割くらいズレていると思います。

 何のことかと申し上げれば、2011年8月1日号の『広報えどがわ』1面右上の記事「放射性セシウムが検出された肉用牛肉対策」中の「~風評被害を広げないようにしましょう~」という副題についてです。(副題にはもう一つ、「健康への影響は?」というものも記されています。)

 被災地の農家や畜産農家が行政指導による出荷停止に加え、風評被害によって深刻な打撃を受けていることは周知の事実です。被災地では自殺者まで出ており、大変気の毒な話です。そう思えばこそ、私個人としては産地などこだわらず、今までどおりの食生活を変わらず続けています。焼肉も牛丼も今まで通り食べています。(自分としては年齢的にも、発ガンリスクはもはや相対的に低いだろうというたかをくくった開き直りもないではありませんが。あまり気にしない方かもしれません。)

 しかし、福島から200㎞以上離れた都内各所においても低線量ながら放射能が観測されているという事実と、セシウムで汚染された牛が何千頭も(7月26日の時点で2700頭とも)全国各地に流通し、一部販売もされてしまっていたという事実とで、子どもを持つ保護者世代を中心に、多くの国民が不安を抱えているという現実があります。

 また、チェルノブイリ原発事故の実証データから、子どもの受ける放射能リスクは大人より大きいということが明らかにされています。人々が不安に感じるのは自然なことで、その不安感を責めることは誰にもできません。

 なんとなれば、放射線量が高かろうが低かろうが、放射能が無害であるということはないからです。放射線防護学の安西育郎氏(立命館大学名誉教授)は次のように述べています。「放射線には、これ以下なら健康影響がないという安全な値はなく、被曝はできるだけしない方がよいというのが世界的な共通見解だ。」(注1)

 また、国際放射線防護委員会(ICRP)も100ミリシーベルト以下の低線量被ばくについて「安全だ」「安心してよい」といった評価はしていません。そうではなく、ICRPは、低線量(<100ミリシーベルト/年>以下)の被ばくでもガンになるリスクは被ばく線量に応じて直線的に増減するとみなす、という「閾値(しきいち)なし直線仮説」の立場をとっています。

 平たく言えば、低線量被ばくに関するリスク評価は非常にグレーな領域であり、現在の自然科学の力では明確な「安全」「危険」の評価いずれも下せないということです。これが正しい整理の仕方だと思います。

 さて、そうした中で、江戸川区でもセシウムに汚染され、暫定規制値を超過している恐れがある牛の食肉が流通していたことが明らかとなりました。区もホームページで次のように記しています。「8月3日現在、区内の飲食店5店舗、食肉卸売業6店舗、食肉販売業10店舗が当該食肉を仕入れ、すでに販売されていたことを確認しています。」(「放射性セシウムに汚染された稲わらを与えられた肉用牛の流通調査について」

 汚染された食材は市場に出回らないと言っていた国の食品検査体制に欠陥があることが明らかとなったわけです。

 先に記したとおり、子どもへの被ばくの影響は大人よりも大きいと言われています。学校給食のことなどを考えれば、江戸川区でも多くの区民が不安を口にしたとしても、きわめて自然なことです。セシウム汚染牛の問題により、私たちの不安はさらに増したと言えます。

 ここで、冒頭の『広報えどがわ』の記事にある「~風評被害を広げないようにしましょう~」の立脚点を再考したいと思います。

 『広報えどがわ』の読者は誰が想定されているのでしょうか。言うまでもなく、区民です。区民の100パーセントが放射能を不安視しているとは言えないかもしれません。中には神経の図太い人もいらっしゃるでしょう。しかし、心理的には大多数の方々が、口にするかしないかは別として、どこかで不安を感じているはずです。その明確な証拠は、3月下旬、金町浄水場の水から放射性ヨウ素が測定されたというニュースが流れたその日のうちに、区内の店頭からミネラルウォーターがたちまち売り切れてしまったというパニック現象に求めることができます。(「首都・東京“水パニック”の恐れ 金町浄水場から放射性ヨウ素」

 こうした不安を今まさに抱いている区民多数を読者として想定している広報に、「~風評被害を広げないようにしましょう~」と掲載するというのは、どうなのでしょう? 少し意地悪な行間読みをしてしまうと、まるで「不安を感じている区民のみなさん、あなた方が風評被害を広げていることになりかねないのですよ」と言われているみたいです。ひねくれた解釈でしょうか?

 この副題を目にし、行政の苛立ちをなんとなく感じました。「不安だ、不安だと、神経質にならないでくれ」といった雰囲気です。逆に、区民の中に潜在的にあるであろう不安感を理解してあげようという感受性はあまり感じませんでした。

 さて一方で、かく言う私も、冒頭で言及したとおり、被災地の畜産農家や区内飲食業に従事する方々にとっては、この副題は温かい言葉として響くであろうということを理解しないわけではありません。だから、3割の理解と申し上げたのです。(ちょっとズルいのかもしれませんが・・・。)

 しかし、広報の大多数の読者たる一般区民が求めていたであろうことは、風評被害を広げないでくれという記述ではなく、むしろセシウム汚染牛の食肉の区内流通の具体的説明の方であろうと推測します。ただし、生活衛生課も、この点については記事の前半にて汚染食肉の流通関連の内容として簡単ながら記述しています。この点については素直に評価しています。

 最後に、もう一つの副題「健康への影響は?」をめぐる区の記述について付言しておきたいと思います。記事の後段で述べられている部分です。

 基本的に私の立脚点は、先日の自身のブログ「「安全宣言」と「危険宣言」はともに慎むべき」で述べたとおりです。つまり、低線量の被ばく状況下では「閾値なし直線仮説」の採用が科学に一番忠実であり、そうであれば、低線量被ばくの状況を「安全である」とか「危険である」とか評価すること自体がそもそも間違っているというものです。

 記事には「年間放射線量は約3.274ミリシーベルトとなり」、「これは、原理力安全委員会が示す食品由来の放射性セシウムの基準である年間5ミリシーベルトを下回るものです。」とあり、国も「『健康への影響は心配ない』としています」と記述されています。

 ここでもう一度、放射線防護学の専門家・安西氏の言葉を繰り返します。「放射線には、これ以下なら健康影響がないという安全な値はなく、被曝はできるだけしない方がよいというのが世界的な共通見解」なのです!

 年間5ミリシーベルトを許容限度値のように理解してはいけません。「○○ミリシーベルトまでの被ばくなら安全」などという許容限度値はないのです。「閾値なし直線仮説」がICRPの見解であり、「健康への影響は心配ない」とは述べていません。「安全」とも「危険」とも評価できないのです。国はそれをパターナリズムでむりくり評価し、安全宣言しようとしているのです。

 こうした、科学的に証明しえない低線量被ばくの領域を知りつつ、「安全」という言説を振りまく区の対応にも違和感を覚えます。非科学的な「安全宣言」は「危険宣言」同様、慎むべきと考えます。


(注1)『朝日新聞』2011年7月26日夕刊、1面




江戸川区議会議員 木村ながと
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