イスラエル旅行記

旅行記が完成したので、あとは普通に。、

24.バアルの預言者と戦ったエリヤ B

2006年08月29日 | Weblog
*カルメル山

 やがて、バスはカルメル山のデティール・エル・ムフラカという高台まで上りました。バアルの預言者と戦った、エリヤの石像が立っています。さて、ガイドを聞きましょう。

「デティール・エル・ムフラカという言葉には、燃える地、という意味があります。その昔、預言者エリヤが、バアルの預言者450人を相手に、火をもって応える神を拝め、と迫った場所とされています。(列上18:1~40)
 もとはと言えば、フェニキヤから迎えたアハヴ王の妃、イゼベルがバアルの神を持ち込んで、イスラエルの民に強制したのが戦いの原因でした。エリヤはこの戦いの後、エズレルの入り口まで、腰をからげて走って行ったと書かれてあります。(列上18:46)
 イスラエルに残された真の預言者でありながら、エリヤはこの後、ベエルシェバまで逃げて行きました。そしてさらに、荒野に入って行って死を求めたとも書いてありますね。いかにイゼベルが邪悪で、強い権力の持ち主であったか・・・・、しかし主は彼を見捨てはしませんでした。パンと水を与え、40日40夜導いて、シナイ山まで歩かせたと記されています」(列上19:1~8)

 う~ん、どの道を通ったにせよ、ベエルシェバからシナイ山までの荒野は、想像を絶する世界です。命を狙われてあの荒野を進んだ時、エリヤは一体どんなことを思っていたのでしょう。私などには想像も出来ないほど、孤独だったに違いありません。昨年、仲間と一緒にバスで通った時でさえ、涙があふれてどうしようもなかった荒野です。
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23.バアルの預言者と戦ったエリヤ A

2006年08月29日 | Weblog
*カルメル山 

 一行はカルメル山に向かいます。バスの中で倉田さんが話してくださいました。
「・・・・カルメルというのは、神のぶどう園、という意味でそこには少数民族のドルーズ族が住んでいます」
「ドルーズ族というのは、どんな民族なんですか」
誰かが尋ねました。
「はい、ええとですね、今から数百年前に、イスラム教から分派した宗教です。彼らは門外不出の書物を持っていると言われていまして、現在はイスラム教の巨大な勢力からは阻害されている民族です」
「ふ~ん~~」
「・・・それから、ちょっと見ていただければ分かるように、このあたりは結構緑があるでしょう。旧約聖書の時代には、この辺も緑豊かだったそうですが、その後ですね、遊牧民のベドウイン族が、燃料と家畜の飼料にしたことと、また多くの戦争があったために荒野になってしまいました」
 みな、走るバスの窓から眺めて聞き入っています。
「それで、ユダヤ人が移民してきた時にですね、かつてのように緑の多い場所にしようということになり、ユダヤ国民基金、というものを作って植林を始めました。それでご覧のように、また少し緑が増えてきたわけです。 聖書には、カルメル山はシャロンの野と同じように、麗しさの象徴として書かれていますね。そこ、ちょっと読んでみましょう」
 そういって聖句をプレゼントして下さいました。

*あなたの顔はカルメルのようにあなたを飾り、髪の毛は紫色のようで、王はそのたれ髪に捕われた。(雅歌7:5)

「またこのカルメル山は、フェニキアとイスラエルの国境でもありました。そこにバアルの聖所があり、ヤーウエの聖所もありました。これがやがて、バアルの預言者とエリヤの戦いのもととなるわけです。・・・・・」
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