つれづれなるままに

今、もっとも関心のある出来事を備忘録としてつづります。2005年から。

哲学3 Diversity & Inclusion

2008-07-29 | 論文
Diversity & Inclusion(多様性の受容)

哲学の講座から、ダイバーシティへそれだした。

さて、このダイバーシティであるが、
米国の「黒人、白人女性差別」が事の発端らしい。

外見上の違いや内面的な違いに左右されず
持てる力を存分に発揮し組織に貢献できる環境を作ること。
がダイバーシティ。

日本の企業は、女性の活用をダイバーシティと狭義で使うらしい。
では学校ではどうだ?

本県の中学校の担任は、女性がなることは少ない。
これもダイバーシティだろうな。
しかし、他にもたくさんあるぞ。

たとえば、授業検討会に出席すると、
出席者の能力は千差万別であるが
出席者の持てる力を全員が発揮して、
ひとつの授業を検討していると言えばいいがたい。
若手もベテランも、その能力を発揮し意見交換をしているだろうか。
それは一度出席してみればわかる。
教師でない人が、
何も予備知識もなく,授業を見る。
この会に出て意見はいえない。
それは、門外漢だからか?教師の言葉を知らないからか?
教師であっても若手は、
ベテランの目を気にしていえない。

授業はどうだろう。
理科で言えば、問題解決的な学習ではどうか。

子どもが予想を出し合い、課題を決定し実験をする。
しかし、そこに教師の意図が入り込む、
指名される子ども、指名されない子ども。
教師の物語で課題が決定される。
ここにもダイバーシティが隠されている。

教師という社会の中に潜む常識、それを哲学的に見てみる。

あー、こういうひねくれ教師はだめだな。

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