三ノ宮神社
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/40/b4/fa7dde360a84efbee271b6ff618a5560.jpg)
東海道本線京都駅。次いで西大路駅。その西側に東海道本線と新幹線が並走する区間が続く。その真横に三ノ宮神社はある。
両線の列車本数が非常に多く、かつまたこの場所ではかなりスピードも出ているので相当騒々しい。このあたり一帯は比較的大きな工場が多いが、民家もある。そんな中の神社だ。本来なら境内には巨木があるものだが、やはり巨木の枝が線路上の方へ伸びると危険なことになるので目立った巨木はない。少し離れたところに中程度の樹木があった。
説明書きも何もないので由緒は全くわからない。境内も本殿も比較的小ぶりといえば小ぶりであり、木々もあまりないので全体がすっきりしすぎている。場所柄もあって見逃してしまいそうな位置にある神社でもある。
名前の「三ノ宮神社」というのは全国各地にある。京都においてもあるいはまたはこの近辺においても多くの三ノ宮がある。このブログにおいてもいくつもの三宮神社を紹介してきた。本来三宮というのは、古代律令制が成立した頃に日本各地の地理的な行政区分として設けられた、「国」あるいは「県」、場合によってはもっと小さな地域のムラの中で3番目に位置する神社という意味を持っていた。
ところがここの三ノ宮神社は「春日大社」「石清水八幡宮」「松尾大社」の三社を一緒に祀っているというのが名前の由来のようだ。おそらくこういう例は見られないだろうと思う。この場所にある小さな神社になぜ記紀に登場するような神ではなく、実在する大きな神社が祭神扱いされているのか、その辺りはよくわからない。
ただ考えられるのは、この吉祥院という場所。言うまでもなく京都の西山に近いところにある。西山と言えば四条通りの西端に位置する 「松尾大社」との関係を考えざるを得ない。ところがこの地域には少なからず松尾大社の境外末社に位置づけられる神社が点在している。それぞれが独自の神を祀り、松尾大社との関連の由緒を持っているようだ。
昔からこの地域に住んでいた人々が各地域ごとに神社を建てるにあたって、大きな御利益をもたらす松尾大社との関係を望んでいたことは十分理解できる。この三ノ宮神社の線路を挟んだすぐ北側には松尾神社というのがある。名前もそのものズバリ松尾大社の境外末社の位置付けとなるだろう。隣り合うような近くでこのように松尾神社がいくつもあったんでは、何らかの不都合がかつての人々の間にはあったのではないかと考えられる。そうしたところから本命は松尾大社だが、名前をそのまま載せるのではなく、春日大社や石清水八幡宮を祭神として迎えて、三つの宮として三ノ宮神社にしたのではなかろうかという想像も不可能ではないだろう。
いろいろ資料を調べている中で、上記のような推理をしている人の HP があった。それを参考にしながら自分でも想像力を働かせて書いてみたら、当たらずとも遠からずといった感じがする。その方も大胆な推理を、という言い方をされていたが、ある意味なるほどと思わせるものがあった。
ではなぜ春日大社や石清水八幡宮を持ってきたのかという疑問も出るが、ついでと言うにはあまりにも由緒あるご利益の大きな神社だ。大体にして神社の祭神というのはその地域ごとに何らかの意味付けさえあれば自由に設定できたんだろうか。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/63/c3/8102a93bd49ea13087a0e07d5cfe2eed.jpg)
松尾神社(天照皇大神宮)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5b/6e/d566fecd276fd877e55930d681d463d6.jpg)
三ノ宮神社から北へ線路をくぐって数100m。有名大企業の工場のすぐ横に松尾神社はある。別名なのかあるいは両表記なのか分からないが、天照皇大神宮の石柱も立っていた。
神社そのものはかなり境内も狭く本殿も小型だ。ここは少し線路から離れておりやや大きめの木もあるって、比較的静かだ。境内に末社のような形で弁財天・稲荷大明神の小さな祠が建てられていた。
この神社も説明書きなどなく、今ひとつよくわからない。まずこの名前が何を意味しているのか。松尾神社の方は名前の通り、西方にある松尾大社の境外末社の位置付けではないかと思われる。祭神が大山咋命であり、これは松尾大社の祭神の一つでもある。その共通点から境外末社ではないかと考えてもいいのではないかと思った。なお大山咋神は元々山の神であり農耕の神とされている。
天照皇大神宮の方だが、これは元来伊勢神宮の内宮を意味する。過去の歴史において伊勢神宮と何らかの関わりがあったんだろうか。内宮の御祭神は天照大御神であり、この神社とは直接関係はないようだ。ひょっとして昔この神社に伊勢神宮への遙拝所か何かがあったのかもしれない。神社正面の鳥居は若干方向が違うが、伊勢神宮の方向に向いているような気がしないでもない。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2e/91/4b62699d83f472c920187c3fb9bd94bf.jpg)
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東海道本線京都駅。次いで西大路駅。その西側に東海道本線と新幹線が並走する区間が続く。その真横に三ノ宮神社はある。
両線の列車本数が非常に多く、かつまたこの場所ではかなりスピードも出ているので相当騒々しい。このあたり一帯は比較的大きな工場が多いが、民家もある。そんな中の神社だ。本来なら境内には巨木があるものだが、やはり巨木の枝が線路上の方へ伸びると危険なことになるので目立った巨木はない。少し離れたところに中程度の樹木があった。
説明書きも何もないので由緒は全くわからない。境内も本殿も比較的小ぶりといえば小ぶりであり、木々もあまりないので全体がすっきりしすぎている。場所柄もあって見逃してしまいそうな位置にある神社でもある。
名前の「三ノ宮神社」というのは全国各地にある。京都においてもあるいはまたはこの近辺においても多くの三ノ宮がある。このブログにおいてもいくつもの三宮神社を紹介してきた。本来三宮というのは、古代律令制が成立した頃に日本各地の地理的な行政区分として設けられた、「国」あるいは「県」、場合によってはもっと小さな地域のムラの中で3番目に位置する神社という意味を持っていた。
ところがここの三ノ宮神社は「春日大社」「石清水八幡宮」「松尾大社」の三社を一緒に祀っているというのが名前の由来のようだ。おそらくこういう例は見られないだろうと思う。この場所にある小さな神社になぜ記紀に登場するような神ではなく、実在する大きな神社が祭神扱いされているのか、その辺りはよくわからない。
ただ考えられるのは、この吉祥院という場所。言うまでもなく京都の西山に近いところにある。西山と言えば四条通りの西端に位置する 「松尾大社」との関係を考えざるを得ない。ところがこの地域には少なからず松尾大社の境外末社に位置づけられる神社が点在している。それぞれが独自の神を祀り、松尾大社との関連の由緒を持っているようだ。
昔からこの地域に住んでいた人々が各地域ごとに神社を建てるにあたって、大きな御利益をもたらす松尾大社との関係を望んでいたことは十分理解できる。この三ノ宮神社の線路を挟んだすぐ北側には松尾神社というのがある。名前もそのものズバリ松尾大社の境外末社の位置付けとなるだろう。隣り合うような近くでこのように松尾神社がいくつもあったんでは、何らかの不都合がかつての人々の間にはあったのではないかと考えられる。そうしたところから本命は松尾大社だが、名前をそのまま載せるのではなく、春日大社や石清水八幡宮を祭神として迎えて、三つの宮として三ノ宮神社にしたのではなかろうかという想像も不可能ではないだろう。
いろいろ資料を調べている中で、上記のような推理をしている人の HP があった。それを参考にしながら自分でも想像力を働かせて書いてみたら、当たらずとも遠からずといった感じがする。その方も大胆な推理を、という言い方をされていたが、ある意味なるほどと思わせるものがあった。
ではなぜ春日大社や石清水八幡宮を持ってきたのかという疑問も出るが、ついでと言うにはあまりにも由緒あるご利益の大きな神社だ。大体にして神社の祭神というのはその地域ごとに何らかの意味付けさえあれば自由に設定できたんだろうか。
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松尾神社(天照皇大神宮)
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三ノ宮神社から北へ線路をくぐって数100m。有名大企業の工場のすぐ横に松尾神社はある。別名なのかあるいは両表記なのか分からないが、天照皇大神宮の石柱も立っていた。
神社そのものはかなり境内も狭く本殿も小型だ。ここは少し線路から離れておりやや大きめの木もあるって、比較的静かだ。境内に末社のような形で弁財天・稲荷大明神の小さな祠が建てられていた。
この神社も説明書きなどなく、今ひとつよくわからない。まずこの名前が何を意味しているのか。松尾神社の方は名前の通り、西方にある松尾大社の境外末社の位置付けではないかと思われる。祭神が大山咋命であり、これは松尾大社の祭神の一つでもある。その共通点から境外末社ではないかと考えてもいいのではないかと思った。なお大山咋神は元々山の神であり農耕の神とされている。
天照皇大神宮の方だが、これは元来伊勢神宮の内宮を意味する。過去の歴史において伊勢神宮と何らかの関わりがあったんだろうか。内宮の御祭神は天照大御神であり、この神社とは直接関係はないようだ。ひょっとして昔この神社に伊勢神宮への遙拝所か何かがあったのかもしれない。神社正面の鳥居は若干方向が違うが、伊勢神宮の方向に向いているような気がしないでもない。
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