夢にまでみた愛しの「吾が妹」「吾が妻」の衣通姫が、今、吾が目の前に現実に、突如として、現れたのです。何と云う嬉しさでしょう。言葉も何もありません。唯、その腕の中に自然と強く抱き寄せます。そのまま、暫くの間、堅く堅くお互いに抱きあったままです。永遠の時間が一瞬の中に凝固したように二人だけの時間に引き付けられて静かに止まったままです。その止まった二人の時間がどれだけ続いたのでしょうか。ふと我に変えった軽之御子は抱いたままの吾が妻にゆっくりと一語一語を確かめるように語りかけます。
“阿里登 伊波婆許曾爾<アリト イハバコソニ>”
阿里登は「在りと」です。伊波婆許曾爾は「云はばこそ」「に」です。「に」は意味を強めるための助詞です。
ここに、こうして、現実に、今、あなたが確かにいるのですね。間違いありません。お別れして以来、一刻たりとも忘れたことがない、常に、我胸中にいた貴方をこのようにして実際に抱きかかえているのです。何と云う幸せなことか。本当にあなたがここにいるのです。
という意味になるのです。思わず御子の口からほとばしり出でたる真に迫る感嘆の言葉なのです。だからこそ、ベートーベンの第九なのです。どうでしょう????