BioDoxology

生物と映画と政治とマレー・インドネシア語にうるさい大学生の戯言

胎児への母親の飲酒の影響

2011-09-18 22:05:46 | 生物
 前回のDNAに関する話に引き続き、本題の飲酒と胎児の関係について述べる。

 ファンコーニ貧血の原因となるのはDNAの二本鎖間の架橋反応(英語ではinterstrand crosslinking)である。DNAの二本の鎖では、AがT、GがCと必ず貼りついて並んでいるが、まれに離れた位置にあるAとT、あるいはGとCがくっついてしまうことがある。文字暗号の書かれた文書のたとえで言えば、2枚の紙がぴったりくっついているのではなく、ギョーザのひだのように歪んでくっついてしまっているようなものである。こんな状態では、書かれた情報を正確にコピーすることができず、もともとDNAに書かれていた正しい設計図に沿ってアミノ酸を作ることができない。これにより、最終的に作られるタンパク質がおかしくなってうまく働かず、患者は乳児期の発達に障害が起きたり、不妊体質になったり、骨髄の機能が低下したりしてしまう。

 健常者でこうした二本鎖間の架橋反応による影響が表れないのは、一般的に生物がこの反応を修正するたんぱく質の遺伝子を持っているからだ。ただし、その遺伝子をもたない個体もおり、ファンコーニ貧血にかかりやすくなる。一方、この反応を助長する物質もある。その一つがアセトアルデヒドで、今回natureに投稿されたLangevin氏らの論文でクローズアップされている。アセトアルデヒドといえば、アルコールが分解された後に生じ、酔いの原因となる物質として名高いが、実は普段の生活でも体内で一定量発生している。そして、このアセトアルデヒドを分解し無毒化するタンパク質をどれくらい作れるかも、やはり遺伝子で決まっている。俗にいう「酒の強さ」はこの遺伝子によるものだ。

 二本鎖間の架橋反応を修正するタンパク質の遺伝子、アセトアルデヒドを分解するたんぱく質の遺伝子、ともに複数種類があるが、今回の論文では、前者ではFancd2、後者ではAldh2という遺伝子に注目した。Fancd2もAldh2も持たない人は大変、ということになる。アセトアルデヒドの蓄積による二本鎖間の架橋反応を止められず、ファンコーニ貧血を発病するリスクが非常に高くなってしまう。肝硬変や肝臓がん以外にも、アセトアルデヒドは危険な側面を持つのである。

 もっとも危ないのは妊娠中の女性だ。女性本人がAldh2とFancd2両方を持っていたとしても、夫の遺伝子のタイプなどの条件によっては、子が一方の遺伝子を持たない、あるいはどちらの遺伝子も持たない可能性がある。そのような子を妊娠した状態で飲酒するとどうなるか。まず、母親の血液にアルコールやアセトアルデヒドが入ってくる。すぐにすべてが分解されるわけではないので、分解前のアセトアルデヒドも含まれる。そしてその血液が胎盤に達する。胎盤は、胎児と母親をつないでいる機関で、母親の血液と、へその緒を通じてやってきた胎児の血液が接近する。血液同士が混ざるわけではない。しかし、接近した血管の間を伝って、胎児由来の二酸化炭素や老廃物が母親の血液に、母親由来の酸素や栄養が胎児にわたる。この時にアセトアルデヒドも胎児の血管にわたってしまうことがある。胎児にAldh2がないと、二本鎖間の架橋反応が大量に起きてしまい、ファンコーニ貧血の危険性が高まる。さらにFancd2も持っていなかったら大変である。

 この論文ではマウスで実験が行われ、Aldh2とFancd両方を持つ母親が、Aldh2もFancd2も持たない胎児を妊娠した時、胎児は母親がアルコールを摂取しなくても目に障害を持つ個体が発生したが、アルコールを摂取するとその比率はさらに上昇した。さらに、Aldh2のみ持った胎児を妊娠した場合は、母親がアルコールを摂取しない場合は目の障害が起きなかったのに対し、アルコールを摂取すると目に障害を持つ個体が現れた。また、脳ヘルニアという病気に対しては、Aldh2のみ持つ胎児、Aldh2もFancd2も持たない胎児どちらでも、母親がアルコールを摂取しない場合は発病する個体はなかったが、アルコールを摂取すると発病する個体が現れた。

このように、妊娠中の女性自身が酒に強くファンコーニ貧血を発病していないとしても、胎児の遺伝子のタイプが異なっている場合もあるのであって、自分が大丈夫だからと言って酒をあおるのは絶対に駄目である。女性の方々はくれぐれもご注意を。だからといって、男性は配偶者と子どもをしり目に酒を飲み放題、などと言っているわけではない。大学生の分際でなんだか説教くさい話になってしまった。

 追伸:先日、生物学を専攻する学科への進学が決まりました。文系から勝手に変な道に進もうとしたくせに、「狭き門で大変だ」などと愚痴をこぼしていてご迷惑をおかけし、申し訳ありませんでした。支えになってくださった方々、本当にありがとうございます。