真我の花道・・・幸福の道・・・

本当の自分に出会うことで因縁を断ち切り・・・
・・・・幸福の道へと人生の電車を乗り換えるこができました

女の中の女になるために真我の実践・・・

2015-09-30 23:31:46 | 日記
こんばんは。
男と女の泥沼の因縁を超越し、結婚し、子供に恵まれた。私自身も仕事し、経済的にも不自由なく・・・・
しかし、病気になって収入がなくなり・・・・問題が見えてきた・・
私の仕事に対する姿勢は男なみ・・・結婚してもなおその姿勢は変わらずに・・・そこに落とし穴があった。
男と女の関係がお金に現れるとは・・・・
1度目の結婚でも同じ現象が起き、2度目の結婚でも同じことがおき・・祖父と祖母の間にも同じ金銭的問題があった・・・
だから、私は看護師になって、男の人には頼らなくてよい人間になろうと子供心に思った。
原因は100%自分の中になると思っていたが、どうしてよいのかわからなかった。
問題は仕事ではなく、自分の中にあった。
・・・解決策は女の中の女になること・・・・
確かに私は、姿は女だが、生きる姿勢は男のようである。
私は女3姉妹であるが、みんな同じ感じである。
3人とも仕事に生きる姿は女で中身は男のようである。
・・・・自分の足元に光をあてる・・・・女の中の女になるために真我の実践・・・・

母の真我が揺さぶられる・・・・

2015-09-28 21:37:41 | 日記
こんばんは。
本当の自分に出逢おうとすると、次々に思いもしないことが起きる。
良いと思われることや悪いと思われること・・・
私の場合は悪いと思われることばかりが起こる・・・そのたびに、悲しんだり、苦しんだり、落ち込んだりするが・・・
でも逃げない・・・絶対に逃げない・・・生きている限り・・・
試練が来ると私は、なぜか、異常なほどに強くなる・・・絶対に負けるものかとこころに思う・・そして腹をくくる・・(苦笑)
一体、私は何と戦っているのか…きっと自分と戦っている・・・だから苦しんだと思う。
自分と戦うから苦しんだ・・・
どうしても周りの人や出来事のせいにしてしまいたくなるが・・・すべては自分である。
本当の自分が自分に目を覚ませと言ってるのだと思う。

学長講演会の日…・・実家に帰ると母がめまいをおこし寝込んでいた。母の真我が揺さぶられたのだろう。
私がいない間、息子が母のそばにずっといてくれたようである。
母に、「ごめんなさい。ありがとう」の気持ちでいっぱいになった。
お母さん、産んでくれてありがとう。ただ、産んでくれただけでありがとう。

会えてよかった・・・

2015-09-27 20:49:36 | 日記
こんばんは。数日、ブログをお休みしまた。すみません・・・・
この数日、頭が真っ白の状態になり、ブログを書こうとしても書けず・・・

今日は、会いたくて、会いたくて、しかたがなかった学長に会えて・・・よかった)^o^(・・・・
講演会会場に入ってすぐは、学長の姿はみえなかったが、体の中から何かが感じているようで、涙が溢れ出してきた。

学長の講演会に行くことをすごく迷った・・・まともに歩けない私は、いかない方がいいかもしれないと・・・
でも、学長と焦点を合わせをしたかったた・・・こんな時だからこそ学長に焦点を合わせて・・・真我に進む・・・
どんな状態であろうとも真我に進む・・・なぜなら、真我で超えれないものなどないから・・・
それが、わたしが学長から教えていただいた真我だから・・・
苦しいときほど、真我に体当たりするくらいの気持ちで真我に進む・・・・

学長の話の中で気ついたことは・・・今の私には素直さかけているということ・・・即実践していないこと・・・
以前学長からいただいた「お言葉」に対して・・・
もう一人の自分(本当の自分)が今の自分に何かを教えてくれているのに・・・私はなったくもって・・頑固で自我を丸出しで・・・
今日の講演会は迷っている私のためにあるようなもであった。

自分ともう一人の自分(本当の自分)と手をつなぐこと・・・今の私の状態(体が不自由)状態は、もう一人の自分(本当の自分)が私を救おうと
手を差しのべていてくれているんだ・・・・
精神的苦しみ、肉体的苦しみ、お金の苦しみという学長の話があった・・・因縁の泥沼で苦しんでいる時の私を思い出した。
あの時の一番の苦しみは精神的苦しみで死んだ方が楽だ思って、誰か私を殺してくれないだろうかと何百回も思った。
今もそれに近い状態があるが・・今は、比較的冷静に今の状態を受け止めている・・・いろんな不安や妄想がないわけではないが・・・
今、私は本当の自分に出逢おうとしているのかもしれない・・・過去の自分が頑固でなかなか言うことをきなかい・・・綱引きをしてる状態。
その頑固さにも限界がきたようだ・・・だって、本当の自分は普遍で、不動の力を持っているのだから・・・

死ぬときには何も持っていけないんだよ・・・

2015-09-23 21:22:48 | 日記
こんばんは。
仕事を自分だと思うくらいに仕事に冒頭してきたが・・・
その仕事を自分の意思とは関係なく捨てなければならなくなってしまった今・・・
ご先祖様が残した宝物がなんであるかにやっと気付いた。
それは、私と私の家族の命である。
仕事をしていることが、自分を認める唯一のことで、大切なものだったが・・・それを、失うことで自分の存在意義がなくなるように思えた。
そして、いつ死んでもいいや・・・なんて思うようになった。
死ぬときには自分の命さえ持っていけないという事実・・・・そう思うと・・・五感で捉えられるものに対する執着がなくなる・・・
そして、ただひたすら学長のCDを聞く・・・存在するものは父 母 夫 子供 姉妹 先祖への感謝も気持ちだけ・・・
日々、自分に言い聞かせるのは、「死ぬときには何も持っていけないんだよ、それなら、今何をする?」何度も自分に問いかける。
今は何も出てこない・・・
ただひたすら学長のCDの声に耳を傾向けるだけ・・・
今の私にはニュートラル現象が起きているのだろうと思うが・・・この先どこへいくのか?何が起こるのか?・・・わからない・・・
何か行動しようと思うが気がのらない・・・ひたすら、歩く練習をする・・・(笑)一歩一歩歩く練習をする・・・
走りたいときに走れるって凄いと思う(笑)
次々にやってくる試練・・・まぁ超えれない試練はこないだろうし、真我で超えれない試練はない・・・・
そういえるのは、泥沼の因縁を超越してきたからこそ言える・・・泥沼の因縁のおかげで今があるのである。

・・・ありがたい・・・

焦らず一歩一歩・・・

2015-09-22 21:03:49 | 日記
降りかかる人生の問題を何とかしようと思いで出逢った、「本当に自分に出逢う」ということ・・・・
本当の自分に出逢うために、いろんな出来事が起きる。
私はの出発点は男と女の泥沼からの出発だった。
泥沼から抜け出すのに死にもの狂いだった・・・夫はそこのことをきっと理解してくれはいないだろう・・・
理解なんてできるははずがない・・・・だって私の問題なのであるから・・・
とにかくいろんなことが起きるが・・・ただひたすら本当の自分・・・学長に焦点を合わせて生きる・・・
それは、今に生きるということ・・誰が何と言おうが腹をくくり、明日はないと思っていきることである。
そう、こころの底から思えるようになったのは・・・・自分の思い通りに体が動かないようになったお蔭である。
動けないといっても今は歩くことはできる。ゆっくりと・・・走れないのが残念・・・・
今、私の人生にとって一番大切なものは何か・・・何を成し遂げて死にたいのかを見つけ出している・・・・
そして、ご先祖様が私に託した物は何かを見つけ出している・・・
焦らず一歩一歩・・・