風のハーモニー

ある時はチョイ悪ライダー、ある時は良妻賢母、そしてもう一人のHUZUという人間が登場するドラマの始まりです。

赤ちょうちん

2007-01-31 20:35:05 | Weblog
   あのころ二人のアパートは 裸電球まぶしくて
   貨物列車が通るとゆれた  二人に似合いの部屋でした
   覚えてますか、雨の夜   赤ちょうちんにさそわれて
   おでんを沢山買いました~

昨日は会社の飲み会があり(行きたくなかったのだが・・・)6人ぐらいでカラオケスナック行きとなった。平日とあって店は貸しきり状態、同じ年代の人達の集まりだったので歌う歌はフォークソング特集となった。
この曲は何故か思い出があり、お金のなかった貧乏学生の青春時代が甦りとってもたまらなく好きな曲である。この歌のあとに皆思い出話を語り始め、誰もが経験する恋愛体験話となった。良妻賢母ぶりをしている私は過去はそっとしまっておきたいものであるが誰かが口火をきると身を乗り出して誘導尋問に入りたくなってしまう。青春時代は誰にもありそれぞれ心にしまって置いて、時々引き出す楽しみがあるもんだが今時の子は何でも親に報告したがるから不思議だ。
遠くにいても我が娘の行動は手に取るようにわかるのだ。

{おい、おい。もうちょっと親に秘密にしておいて}と言いたくなるのだがマザコン娘は私に何でも言いたいらしい・・・。赤ちょうちんとは無縁の現代っ子の青春の思いではいかに・・・・。

いつか、屋台でおでんでも食べながら熱燗ちびり・・いいだろうな。

長生きは得か損か?

2007-01-28 21:37:36 | Weblog
金曜日から二日間、母を家に招くことにした。兄と同居している母は最近元気がなくなってきてるように感じた。一番の原因は足が弱くなったことで動作がのろくなり、今まで気分転換に買い物に行ったりするのがままならくなったことや当然家のささいな事なども原因だと思う。
90歳になる母は「まさかここまで生きるとは思わなかった。」と言い、いつものような笑みがなかったような気がした。
母はパッチワークや手芸が大好きで家にいるときはいつも針を握っている。何も考えずに一番幸せだというが、私からみればそうすることで自分が家に居るときの楽しみをみつけていたんだと思った。
私も以前お姑さんがいたので嫁の立場としてのわずわらしさがあるということも充分承知してるが今の状況では素直に長生き万歳とは行かないようだ。
二日間、昔話やらいろんな事を話しながら一人暮らしの年寄りと同居している年寄りとどっちがいいかと言う話になった。母は一人暮らしがよかったと言い私も今までの近くの老人達の話を聞いても、寂しいときも確かにあるけど出来るだけ一人暮らしがいいなと思った。
母位の年齢になると仲良かった友人も段々いなくなり、頭がしっかりしているだけにボンヤリした老人は物足りなさが感じるし、かといって若い人達には足でまといになってしまう・・・というところだろうか。以前の逞しい母ではなくなったように思えた。

長生きは自分の意思が剥奪されることを覚悟する必要がありそうだ。
でも子供にとって親には出来るだけ長生きしてほしいと思う。

昨日は久しぶりに雪が降ったが今日のお天気で道路は溶けてしまった。



愛の流刑地

2007-01-24 21:40:25 | Weblog
先日広報部長より映画の試写会に行った話を聞いた。渡辺淳一の「愛の流刑地」だった。とても良かった、映像がすごく綺麗で叉みたいとの事だった。
渡辺淳一は何故か若い頃から時々読む、とても興味のある作家だった。話題の「失楽園」は本を読み、映画も見に行った。そう聞いたら何が何でもすぐ見たくなった。
 R-15指定と書かれてあったが何故か女性客が多い。しかも「愛」や「恋」はとっくに卒業し、そんな感情は遠い昔話というような女性が多かった。
主人公の男女が感情むき出しに夫、妻、父、母は忘れ、大人の男と女の純愛のストーリーだと思った。細かいストーリーはこれから見る人に申し訳ないからさておいて、見終わった後ジーンと来て頬に涙が伝わった。まわりのおばさんたちも何故か同じ思いだったと思う。熟年の愛にはどうも覚悟が必要なようです。

私の意見としてすごく素敵な映画だった。もう一度見たい・・・余韻を残しながらテレビを見ていると何故か夫の太鼓腹を見て現実に戻ってしまった。

でんでん虫のかなしみ

2007-01-21 20:45:06 | Weblog
昨日から高校時代の友達4人と温泉一泊した。一年に2度位昔の青春時代に戻り、時間を気にせず上げ膳据え膳で心置きなくおしゃべりしたり、温泉につかりながら湯船までも話に尽きることなく楽しいひと時を過ごした二日間だった。
当然話の中には楽しいことだけではなく今抱えている問題や愚痴も出てくる。語り専門、聞き専門お互いに信頼出来るからこそ本音で話が出来る。
10年前は皆明るい未来だけを夢見て語ったはずが、世の中がどんどん変化し現実はレールにのった電車のようには行かないようだ。大なり小なりここで色々な問題や悩みを抱えてそんな話が中心になった。

以前、友達から「子供の本を通しての平和」-子供時代の読書の思い出ー美智子
これは第26回IBBYニューデリー大会 基調講演で皇后陛下が公演された内容で、その中に書いてあった「でんでん虫のかなしみ」を思い出した。

ある日でんでん虫は自分の殻に悲しみが一杯つまっていることに気付き、友達を訪ね自分の不幸を話します。友達はそれはあなただけではない、私の背中にも悲しみは一杯詰まっていると答えます。別の友達、別の友達と訪ねていきますがどの友達からも帰ってくる答えは同じで、やっと悲しみは誰でも持っているということに気付きます。自分だけではない・・・。嘆くことをやめました。

大きくなるにつれて生きていくのは、楽なことではない、何とはない不安を感じることもあったと書かれてありました。そして最後の方に読書は、人生の全てが、決して単純でないことを教えてくれました。私たちは複雑さに耐えて生きていかなければならないということ。人と人との関係においても。国と国との関係においても。
 この文章があまりにも素晴らしかったのでコピーをし娘や姉送りましたが、いろんな立場や環境でそれぞれの悩みや心配事は誰でも持っているんだなと、昨日の友達の話の中で最後の〆はこんな内容だった気がします。

それにしても真冬日に、{こんな小春日和でいいのかしら}と帰りの車の中で今の快適さと未来の地球を考えてしまった。



山地酪農牛乳

2007-01-16 22:05:43 | Weblog
    「大自然は厳しい父であり  優しい母であり
      その父と母に頂いた山地酪農牛乳。
        お届けできる幸せを ありがとう。」

この牛乳のパッケージに記されています。届けてもらってから5年近くになり、毎週火曜日田野畑から一時間半位かけて届けていただいている。夏はいいとしても真冬の山道は危険と隣り合わせの配達だと思う。一日も欠かすことなく、たかが牛乳パック2本を毎回お便りや月に一度は「まき」と言う彼らが作った新聞を入れて配達してくれるのだ。その文章を読むたびに心が温かくなり、いろんな事を築かせてくれるのだ。

30年前東京から本当の自然な酪農家をめざし田野畑に住み着いた。こつこつと原野を芝にか変え20年かかって酪農家として立ち上げ、当時は食べるものもままならぬ位貧乏したと・・・。結婚し子供7人、時々その生活ぶりが全国放送されるまでもなった。

年一度交流会が開かれる。今では東京からや駅からバス一台貸しきっての大人数だが始めは友人たちではじめた交流会だった。5年ほど前家族でお邪魔したときはまずそのロケーションにびっくり!牧場ではなく山なのだ。牛が山を走って上っていくのに驚かされた。ここではすべて自然の営みの中で牛を育てている・・。逞しく
飲み水、肥料もすべて自然の草などである。そんな所でのバーべキュウだった。行きは夫が運転し、帰りは息子と決めていたのに乾杯が始まり一時間たったら娘が「
家では誰が運転するの?」きずいた時はすでに遅しで息子はヘロヘロ、一番量の少ない夫にストップをかけ、今だったら絶対運転なんてありえないことでした。
本当に見も心も洗われるような所でした。

どんどんお客も増えたが変わることなく戸口まで届けてくれます。さわやかな青年の笑顔は100万ドルの笑顔です。

 「山地酪農牛乳」のホームページがありますので見てくださいね。

新年会

2007-01-14 22:04:03 | Weblog
中学時代のメンバー5名で毎年年3回位の飲み会が恒例となっている。昨日は久々「新年会」で5名集まる事となった。思い出せば子供たちが小さい頃は、家で手作り料理持参で子供を入れての新年会だった。何十年も毎年楽しみに集まるメンバーなのだ。
夜6時にデパートで待ち合わせ、家から5分もあれば自転車でつく位置にある私は
いつものようにカジュアルな格好でひとっ走り・・・。
約束の時間に友人が集まり始めおっとビックリ!

着物姿の麗人が・・・毛皮のストールをまいた麗人が・・・カシミヤのコートを纏った麗人が・・・ブランドのバックがやたら目立つ麗人が・・・

今日のメンバー集合だった。さっそく予約を入れていた店に行きコートを脱ぎ席に着くと胸元のダイヤのネックレスや、パールのネックレス豪華な指輪が目についた。思わず「どうしたの」と聞いてしまった。

「今日のためにはりきってきたのよ」と言う事だった。あまり宝石に興味のない私はつい値段を聞いてビックリ・・・{私だったらバイクにつぎ込むんだけどな}

お婆ちゃんとなり孫もいる人も、今日ばかりは中学時代の変わらぬ友人です。皆それぞれ子供が離れ、ちゃんと自分のご褒美も忘れない証がこれですよって。
今まで手の通したこともない着物をこれからはもったいないから着るとの事・・・
考えて見れば我が家にも嫁に着てからしつけのままの着物も何着かあるのを思い出した。
話題に尽きぬことなく5時間しゃべりっぱなしで、皆で楽しいひと時を過ごした。
次回は皆でその手の通してない着物をきてのお花見会にした。

考えてみれば家の中にお目見えしていない物が、こうやって何かの機会に着飾ったり身に纏ったりするのはいいもんだなと思った。彼女たちはこの日の為にきっと最高の自分を演出してきたのだと思う。こういう気持ち忘れてたわ・・・。



リセット

2007-01-12 22:08:59 | Weblog
毎年この時期は雪かきに悩まされていたのに、何と今シーズンは雪かき棒はまだ眠ったまま・・・深々と雪降る中で聞く除夜の鐘の響きもなく、賀状を心待ちする気分にもなれないまま新年を迎えた。家族全員が揃い楽しい日々もあっという間で、又いつもの暮らしが始まった。
「新年おめでとう」の言葉もすぐに終わり、ただただ慌しく毎日が過ぎていく。
去年は今年こそはと言う気構えがあったはずなのに、体がふぬけ状態になっていくのがわかる。
毎日目的意識を持ちながらとか、今日すべきことを考えてなんて何も思い浮かばない今・・・あーあ年取った証拠かなんて、だらけ状態のわが身の置き場なし。

仕送り生活もあと3ヶ月、ギスギスした職場環境に今まで見ぬふりをしてたのがここに来て気持ちのゆとりが出てき始めたら鋭くチェックする自分がいる。
そうなると逃げてしまいたくなってしまう。いつでも逃げる場所がある自分は時として横柄になってしまう。自分が正しいと信じて疑わない豪いHUZUが登場してしまうのだ。

娘から帰省中夫と大喧嘩したことを聞いたのを思い出した。口達者な娘は容赦なく納得行かないことはつこんでくる。最後に夫の口から出た言葉は「それが親に向かって言う言葉か!」らしい。この話を聞き私は密かに{この勝負娘にあり}とおかしくなった。最後に権力を翳すのは負けた証拠・・・。娘は娘でどうやらすっきりしたと翌日は晴れ晴れとした顔だった。

自分が正しいと思ってしまうと口に出す性格は親子で似てしまう。

いつもの生活をここら辺で「リセット」して見たくなった。そうだ今年は今までの自分自身の「リセット」だ。きっとこれから何が大事で、本当に必要なものが見えてくるかも・・・。

そんな事考えてたらもやもやがすっきりした。






成人式

2007-01-08 20:23:53 | Weblog
今年の成人式は全国ニュースで取り上げられるような騒ぎはいつもより少なかったなかったようで、夕張市の「手作りの成人式」が心温まるようなニュースで飾れてとても良かった。

去年成人式を迎えた娘の時は一番ひどかった。娘につきそい式典に参加したが、前列のヤンキー軍団が酒は飲むやタバコを吸うや、市長が挨拶するとクラッカー鳴り出すや、壇上に上がるわで誰も大人は注意をしない、なんてひどいと思ってるところへ県会議員でもあるグレートサスケが壇上から降りてその若者たちの胸元をつかみ追い出そうとする所へ報道陣の待ってましたの「フラッシュ」・・・全国ニュースを飾った成人式だった。
近くにいたら私が思いっきり叩きたくなるほどの騒がしさだった。

こちらの成人式は女の子はほとんど振袖である。親はこの日のために高いお金を出して着物を揃えてやるようだ。私はどうしようか迷いながら私が着た何十年も前の振袖を着せることにした。裾にシミがあったりしたが今風の柄よりずっと趣きがあり、多少のシミは我慢してもらった。姉二人が着て私が着て、姪に貸したりとだいぶ年期は入ってたが昔の着物はやはりいい。
とても寒く、道路は凍ってて振袖姿の「スッテンコロリン」を何人も目撃した。

今年は何週間か北国なんて言えない暖かな日が続いている。成人の日に県民の関心を一同に集めたのが「高校サッカー決勝大会」だった。私も朝一番の温泉から急いで帰ってテレビ観戦を楽しんだ。結果は「盛商」の優勝・・・すごい、どちらかと言うと何をやってもあまり目立たなく、スポーツでも敗退が今までは多かった。それが全国1位に名を上げたのだから心から拍手である。
サッカーイレブンと監督のオーラが不思議な力を出せたんでしょう。


新年 二つのサプライズ

2007-01-03 22:01:26 | Weblog
明けまして おめでとうございます。

我が家のお正月は久しぶりに賑やかで、子供たちが二人揃い楽しいお正月だった。久しぶりに会う息子から聞く話は新鮮で普段聞けないような話をしてくれる、おしゃべり大好きな娘はドキッとするようなつっこみを入れ私たちが問いたい事を聞き出してくれる・・小さい頃の子供たちが返ってきたようだった。

久しぶりに全員集合となった私たちは、母を連れて東八幡平の温泉ホテルに泊まる事としていた。実は母は1月1日が誕生日でこの日90歳を迎えるのだ。耳は聞こえるし頭もはっきりしている、歩くのは遅いが今でも杖をついてバスにのり出かけるのが大好きで、パッチワーク好きな母は週1回位生地を買いにバスに乗りショッピングを楽しむ・・・。誕生日が元旦と言う事もありつい皆に忘れられてしまう。
今回は誕生日のお祝いをしようと思い前もってホテルに「バスディーケーキ」を注文していた。子供たちには二人でプレゼントを用意するよう頼んでた。

夕食レストランでの食事に、何食わぬ顔で食事し始めた時ウエイトレスが頼んでたバースディケーキを9本のろうそくをつけて持ってきてくれた。
母は驚いてビックリしていた。ケーキにろうそくを点すとあたりのお客の視線も感じながら母は緊張したように「ふー」と一気に消した。私たちは「おめでとう」と拍手したらウエイトレスさん達や気がついたお客さんたちが拍手してくれた。
母は恥ずかしさと驚きと嬉しさ一杯の顔をしていた。たぶん母がケーキのろうそくを吹くのは生まれて初めてだと思う。
新年の一つ目のサプライズは母の「なみだ」です。

息子が社会人となり一年半、関西にいる息子が返るにも往復で6万くらいはかかる。この位あればちょっと足を伸ばして海外旅行でも楽しめる金額だ。たぶんどこに行く予定も立ててなかったのか、あるいは久しぶりに一緒にお正月をと思ったのか、とにかく私たちにとっては嬉しいことである。年越しはリクエストの「すきやき」にし、肉を奮発して「前沢牛」。ビールからワインに移り、一滴も飲めない娘、酒に弱い夫、最後は息子と私の注ぎっこになり母としての冷静さを保ちながら
グラスを空ける自分がいた。
除夜の鐘がなると息子が部屋に戻り何か持ってきた。娘にお年玉だった。
娘はびっくりして袋を確認し
  「えーこんなに!」
はしゃいではしゃいで、大喜びだった。兄を尊敬の目でみていた。
兄の威厳を最高に表現した日だった。私も実はびっくりした。

2007年幸せな気分で迎え、又新たな気持ちで一年過ごせそうな気がします。