右脳と左脳の広場

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モーパッサン 悲恋、山の宿

2007-04-26 12:48:44 | 語学
 「ジュール叔父」の次に好きなモーパッサンの短編と聞かれると困る。「首飾り」が一番有名だが、いかにも「作った話」に読めてしまって好きになれない。
 全面的に好きなわけではないが、部分が好きで何度も読み返す作品がある。
「悲恋」と「山の宿」である。

「悲恋」は、冒頭の描写が好きだ。地中海を望むサロンで恋愛談義が喧しく語られているのだが、誰かが突然、海を見ろ、という。銀板をはてしなく広げたような海面のかなたに不気味な大きな島影が見える。普段は見えないコルシカ島である。
そこから、駆け落ちし、愛し合いながら、一生を寂しいコルシカ島で過ごす夫婦のことが語られる。
 話全体でなく、とにかく私は冒頭の夕方の地中海の描写とコルシカ島の島影が現われるまでが大好きである。

 それから「山の宿」という作品だが、これはどちらかというと奇怪な話であり短編集の分類でもそのようなところに入れられている。冬は閉鎖する宿に留守番として残された老人と青年が退屈な生活を送るが、ある日老人が帰ってこなくて、青年は一人になって気が狂ってしまう、という話である。
 これも部分が好きである。宿が閉鎖されて、主人たちがふもとに下りていくときの周りの景色の描写が素晴らしい。それから、留守番の二人が退屈しきっている様子もリアルに描けていて面白い。
 私だったら、二人きりで冬を過ごす間に、何か普段は見えないお互いの良いところや悪いところを発見し、それが人間というものを見つめなおす上で何かしら役に立つような展開にしてしまうのだが、モーパッサンはもっとドライである。

 閉鎖された冬の宿にわずかな人々が残される、といえば、スティーブン・キングのそしてスタンリー・キューブリックの「シャイニング」もそうだ。なかなか魅力的な設定なのである。

 長編まで含めると「女の一生」が一番の出来栄えかもしれない。主人公の父親は人の良い貴族であるが、この人物像は「ジュール叔父」の父親の通じるところがある。