年金担保貸付事業廃止計画について(1)

2013-11-25 21:33:44 | 日記
「年金担保融資制度」というのがある。公的年金受給権を担保とした資金の貸付については、金融機関や貸金業者など民間の金融事業者が行うことは禁止されているが、独立行政法人福祉医療機構日本政策金融公庫が行うことは例外的に認められている。

この制度には従来から批判が多いこともあって、廃止の方向が決定している。具体的には、年金担保貸付事業廃止計画を参照されたい。これに対しては、筆者は強い異論・反論を持っている。先ずはこの制度の源流から紐解いていく。

年金担保融資制度の源流は恩給担保貸付制度である。これを最初に実施した旧恩給金庫の設立時の政策思想には学ぶべき点が多い。昭和13年に制定された恩給金庫法の制定に携わった高木三郎氏は著書「恩給金庫法解説」において、次のように述べている。(旧漢字・仮名遣いは新漢字・仮名遣いに改めるなど原文から一部修正を施した。)


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恩給金庫の目的とする所はいずれにあるか。恩給金庫法には別段恩給金庫の設立目的につき定むる所がない。主たる業務は恩給扶助料乃至勲章年金の受給者に対し恩給年金を担保として金融を行うと云う事にあるは明かである。然し自分は恩給金庫の本来の使命は単に従来の高利貸に代って恩給年金担保の金融を行うと云う事を以てその目的の全部とする所ではないと思う。此の点は恩給金庫法案の趣旨並に第七十三議会に於ける政府委員の法案提出理由の演説に依りても明瞭であると思う。今その船田政府委員の演説の要旨を摘出すると次の通である。
 
恩給ハ元来一身ニ専属スベキモノデアリマシテ、之ニ依ツテ受給者及ビ其家族ガ生活ノ資ニ供スベキ性質ノモノデアリマス、故ニ之ヲ他人ニ譲渡シ又ハ担保ニ供スルコトヲ法律ヲ以テ禁止シテ居ルノデアリマスガ、受給者ハ現在ノ給与ニ依ツテハ生活ノ余裕ト云フヤウナモノヲ持ツ程度ニ至ツテ居リマセヌノデ、一朝不慮ノ災厄ニ遭遇シ、又ハ疾病ニ罹ルト云ウヤウナ、不時ノ失費ヲ必要トスル場合ニ於キマシテハ、已ムヲ得ズ之ヲ担保ニ供シテ金融ヲ受ケルト云フ者モ少ナカラザル実状デアルノデアリマス、而シテ従来一般金融業者ノ行ヒツヽアル金融ノ方法ハ、金利ガ非常ニ高イノミナラズ、時ニハ恩給証書ハ金融業者間ヲ転々致シマシテ、負債完了後ニ於テモ、遂ニ其所在スラ知ルコトガ出来ナイヤウナ場合モアリマシテ、其弊害甚シク、何トカ恩給受給者ノ生活安定上、適当ナル方策ヲ講ゼラレタシトノ要望ガ少クナイノデアリマス、加之、老幼者及ビ廃疾者等、最モ救済ヲ必要トスル者ハ、金融ノ途ヲ杜絶サレテ居ル実状デアリマス、是等ノ点ニ付キマシテハ、大正十二年恩給法制定当時ノ当院ノ附帯決議ニモドザイマスシ、又近クハ昭和八年恩給法中一部改正ノ際ニモ、当院ノ希望条項ノ一トシテ「政府ハ恩給金融ニ関シ速ニ適当ナル方法ヲ講ゼラレ度」トノ決議ガアリマシタル如ク、度々問題トナツタ所デアリマス、以上恩給金融ニ付キ申述ベマシタコトハ、多少ノ事情ヲ異ニ致シマスルガ、勲章年金ニ付テモ同様デアリマシテ、折角殊勲者優遇ノ為メ与ヘラレタル年金ガ、徒ニ金融業者ヲ利スルト云フ実例ハ非常ニ多イノデアリマス、政府ハ之ニ対シ種々適当ナル方策ヲ攻究致シマシタ所、政府自身積極的ニ金融機関設立ヲ企画シ、従来ノ弊害ヲ除去スルヲ以テ、最善ノ方策ヲ認メタノデアリマスガ、政府自ラ全部ノ資金ヲ支出シ融通ヲ行ヒマスコトハ、今日ノ財政状態ヨリ見テ困難ナル事情モアリマスノデ、資金ノ一部ヲ政府負担トシ、更ニ民間ノ資力ヲモ取入レ、政府ハ之ニ十分ナル保護監督ヲ加ヘテ、政府自ラスルト略同様ノ効果ヲ収ムルコトヲ目標トシ、茲ニ恩給金庫ナル一金融機関ヲ法律ヲ以テ特置シ、之ヲシテ公正妥当ナル条件ノ下ニ、恩給年金受給者ノ為ニ金融ヲ行ハシメントスルニ至ツタノデアリマス、恩給金庫ハ以上ノ目的ノ外附帯決議ト致シマシテ、受給者ノ福祉増進ニ貢献スベキ事業ヲモ営ム予定デアリマシテ、其性質ハ公益的ノモノデゴザイマス

以上提案理由に説明せられたる如く、恩給金庫の使命は寧ろ恩給年金受給者の福祉増進にあるのであって、担保金融はその手段の一部であると考えてもよろしいのではないかと思う。即ち恩給金庫は担保金融に依って営利を計るものではない。金庫自体の自給自足が出来れば成るべく低利に簡易に金融を行い、以て恩給年金受給者の経済的圧迫からの救済を行うと共に、余力があれば積極的に受給者の福利増進に乗出して初めて恩給金庫本来の目的を達成するのではないかと思う。

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年金担保融資制度の黎明期も現在も、年金世代への与信に係る金融環境の根本的な在り様に大きな変化はないように思える。信用リスクの高い資金需要者に対しては、単に貸し付けるだけではなく、資金需要者に係っている「経済的圧迫からの救済」のために「余力があれば積極的に」福利増進に乗り出すべきだ。信用リスクの高い資金需要者に呼応できるような合法金融の領域を用意しておかなければ、ともすれば彼らは違法金融に走ってしまう可能性が高い。いつの時代にもいる違法金融業者は、そこを虎視眈々と狙っている。こうした与信政策に関する基本思想にも大きな変化を求める必要はないだろう。戦前の話なので忘れられがちではあるが、先達が示してくれた思考から学び取ることも時には重要である。『貸す親切』か、『貸さない親切』か。答えは自明だ。

どの時代にも普遍的な政策思想はある。健全な与信サービスとは、契約前であれば与信する相手(受信する者)を真剣に調査・審査し、契約後には定期的にフォローやケアをするというものであるはずだ。それが年金受給者のような高齢者であれば尚更である。与信サービス責任の範囲は、貸付実行だけで済むものでなく、返済完了までに至らなければ一段落しない。

福祉医療機構であれ日本政策金融公庫であれ、年金担保融資制度の単なる執行機関に止まってはいけない。年金担保融資制度を利用する年金受給者の福利増進のためにも、「年金担保融資サービス責任」を果たす体制を構築していくべきだ。福祉行政経験者の登用による年金受給者のケアなどに大々的に取る組み始める時期に来ている。行政や政府系機関の徒な肥大化は決して許されない。だが、知識や経験を豊富に持った人材をして世の中に裨益させていくことは、結局は国民の福利厚生を向上させることになる。

こうした年金担保融資制度の廃止は、融資財源問題に帰着する。具体的には次の機会に譲るが、巨額の資金ニーズを自分が将来受給する年金に求めるのか、税金を財源とする公的資金に求めるのか、という政策哲学の選択となる。本制度の廃止ということは、後者が選択されようとしていることに他ならない。