皆様、こんばんは。
事務局です。
10日の一宮市内は、曇り時々雨を繰り返す、生憎の天気となりました。
本日の寺西は、縫製作業ののち、一宮青色申告会連合会の検討委員会(※)と理事会出席などでした。
※組合の集まりを一本化して、法人になるための流れを作るための委員会です。
前回の続きになります。
上田駅から、東急電鉄様で運用されたのち、一部改修され、譲渡された1000系電車に乗ります。
上田電鉄様は、上田駅から温泉地の別所まで結ぶ、全長11.6Kmの別所線を所有運用する鉄道会社です。
別所線には現在15の駅があります。
昔の別所線の印象といいますと、「もうすぐ廃線になるかも」と言われ、週末になりますと、関東や関西方面から、鉄道ファンの皆様が、どっと押し掛ける、というお話をよく聞いた印象が残ります。
乗った1004編成は、昔、同電鉄で走っていた、「丸窓電車」と言われていたモハ5250形電車の雰囲気を復刻したラッピング車両になっています。
モハ5250形電車は、1980年代、「マルシンハンバーグ」様のテレビCMで、使われたことから、映像として、記憶が残っている方がいらっしゃると思います。
1004編成には、「まるまどりーむ号」という愛称が付いていました(※)。
※二代目。初代は廃車になった
7253編成、7255編成になります。
※「まるまどりーむ号」は、かつて別所線で運行されていた「丸窓電車」と呼ばれた、モハ5250形電車に似せたスタイルに改装した車両で、車体をラッピングした際、シールを使って楕円(だえん)形の窓を再現しているのが特徴です。
車内の内装は、東急電鉄時代とほぼ同じのようです。
東急電鉄ファンの皆様には分かっていただけると思いますが、1988(昭和63)年から製造が始まった1000系列は、不運な電車だったように感じます。
時代の流れに翻弄されてしまった。
乗車した車両は、記憶では、池上(いけがみ)線用だったものが、駅施設改良工事の遅れから、目蒲(めかま)線で使われて、工事終了後、池上線に転属した経歴を持っています。
当時、ある東急電鉄ファンの方が、「池上線にやっと新車が入った」とおっしゃっていたことを思い出します。
昔の池上線の印象が、西島三重子様が歌う演歌「池上線」として残っています。
当時の車両は、「グリーン車」と呼ばれた、外装が緑色に塗られた、戦前戦後に製造された、初代3000系列が運用されていました。
1000系の一部は、全車、池上線で天寿を全うすると思っていましたら、新7000系が製造されて、池上線から撤退を始め、一部は廃車になったり、上田電鉄様に譲渡されていきました。
現在、一畑電車1000系として運用されている1000系も、東横(とうよこ)線から東京メトロ(旧営団)日比谷(ひびや)線乗り入れる運用で、全車、天寿を全うするかと思いきや、こちらも会社の方針が変わり、池上線に転属したり、仲間の一部は、一部改修のうえ、一畑電車などに譲渡されていきました。
1000系を見ていますと、終身雇用で会社を退職後、のちに子会社で働く先輩電車と同じ道を歩むと思ったら、会社の方針が途中で変わり、中途で配置転換又は、会社を退職して、新しい会社で働くことになった、一部の「バブル世代」の皆様と似ているように感じています。
次回に続きます。
■■あしあと■■
●2018年10月11日に追記しました。
xfuuca様、あしあと、ありがとうございます。
●2018年10月12日に追記しました。
goohanasaku様、hagyounonikki様、kikyou10308814様、あしあと、ありがとうございます。
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