kamacci映画日記 VB-III

広島の映画館で観た映画ブログです。傾向としてイジワル型。美術展も観ています。

夕陽のガンマン

2024年04月21日 | ★★★★★
日時:4月11日
映画館:Tジョイ出雲





1965年に日本公開された「荒野の用心棒」を皮切りに一世を風靡したイタリア製西部劇「マカロニウエスタン」。

小学校の頃から戦争映画や西部劇が好きで、本格的にマカロニウエスタン好きとなったのは高校生になってから。その頃はすでに劇場でマカロニウエスタンを観ることはできず、テレビ放送(特に京都テレビと奈良テレビ)が唯一の視聴源だった。

時は流れ1990年代に入ってからマカロニウエスタンの再評価が始まり、何本かの作品が劇場でリバイバル公開されるようになった。広島に越してきていたワタシは、横川シネマの前身だった広島ステーションシネマで「ミスター・ノーボディ」「殺しが静かにやってくる」「J&Sさすらいの逃亡者」を観たのが劇場マカロニ初体験だったはずだ。

余談だが、一昨年、横川シネマで「殺しが静かにやってくる」が上映された時、当時から支配人だった溝口支配人に25年ぶりの再上映に謝意を伝えられたのはマカロニちょっといい話だ。(ちょっと違う)

1990年代後半からもマカロニのリバイバル上映は数年ごとに続き、「続・夕陽のガンマン」「怒りの荒野」「続・荒野の用心棒」「ガンマン大連合」「豹/ジャガー」と主要な作品は劇場で観ることができたし、長年の権利問題が解決して「荒野の用心棒」も朝十時の映画祭にかかり、「ウエスタン」こと「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ウエスト」もシネコンで上映される世の中となった。
劇場で未見の作品として心残りなのは、マカロニウエスタンの代表作にして大傑作、そしてマカロニウエスタン中一番好きな「夕陽のガンマン」だけとなった。

そして、遂にドル三部作として「荒野の用心棒」「続・夕陽のガンマン」とともに「夕陽のガンマン」が劇場上映されるとのニュースが入ったのが昨年。その時は劇場未定だったが、劇場公開日は早々にスケジュールしておいた。
なのだが、公開予定劇場が公表されるとその中に広島が1館も入っていない!そんなバカな話があるかー!

直近の劇場でも出雲市。ということで片道3時間かけて「夕陽のガンマン」を観に行くことになったのである。(3時間もあれば国内マカロニの聖地名古屋でさえ行けるぞ。)

ストーリーはマカロニウエスタンの王道で、クリント・イーストウッドとリー・バン・クリーフの賞金稼ぎが悪党一味を追うものだが何十回見ても面白いし、演出も画面作りも音楽も主役と悪党の顔ぶれもすべてがカッコよさと魅力にあふれている。
バリバリにカッコいいメインタイトルが大スクリーンに流れるだけで血沸き肉躍り、涙が出そうになるし、ゴミひとつない綺麗な画面に大迫力の音響で展開される緊迫感に満ちた物語と撃ち合いは言うまでもなく最高!

何十回も観てきたのに、今になってイーストウッドがいつの間に悪党どもの死体を馬車に積んでいたのか気になったりしたし、最後の決闘が終わって余韻に浸る場面で、イーストウッドの後ろに赤子を抱いた女性が写り込むという無駄な新発見もあって楽しい!
あっという間の2時間。やっぱりマカロニウエスタンはいい!!

ということで、評価はもちろん
★★★★★

「荒野の用心棒」と「続・夕陽のガンマン」の今回の上映も何とかして観たいところだ。
もはや、あと劇場で観たい作品といえば「史上最大の作戦」ぐらいなもんである。

ところで、行きも帰りも当然、車中ではずっとマカロニウエスタンを口ずさんでいたし、途中通る町も町の有力者同士が派閥争いしている物騒な町に見えてくるってもんだ。






題名:夕陽のガンマン
原題:Per Qualche Dollaro in Piu / For a few dollars more
監督:セルジオ・レオーネ
出演:クリント・イーストウッド、リー・バン・クリーフ、ジャン・マリア・ボロンテ

オッペンハイマー

2024年04月11日 | ★★★★★
日時:4月5日
映画館:八丁座
パンフレット:A4 1,200円情報いっぱい



昨年の全米公開時からいろいろと話題になり、アカデミー賞受賞でさらに注目が高まった本作。広島では大学生向けの試写会が開催されたり、劇場公開時にはBBCが取材に来るほど。
ワタシの方は3時間の上映時間や年度末年度初めの慌ただしさもあり、1週間遅れでの鑑賞となった。

いきなり結論から言えば、見ごたえのある作品であり、クリストファー・ノーランがよく取り上げる「人間の善と悪」「贖罪」が全面に打ち出された作品だと思った。
オッペンハイマーは傑出した科学者であり、また有能なプロジェクト・マネージャーとして原爆製造の責任者を任され、ナチスを壊滅させるために原爆製造にまい進する。しかし、原爆完成前にナチスが崩壊。国家プロジェクトの行く末も見据えながら原爆を実用化させ、終戦とともに一躍時の人となるが、やがて冷戦と政治に翻弄されていく。

さて、あの論点だが、劇中、広島長崎の惨状は描かれることもなければ、記録写真・映像も画面には出てこない。被爆の実情から目をそらしているという指摘もある。
オッペンハイマーは核兵器を開発したことへの自責の念に苛まれるのだが、それは「世界を滅亡させる核の時代を開いたことに対して」として描かれている。
劇中「1度核兵器を爆発させたら、大気中の核分裂の連鎖反応が途切れなく繰り返されて地球が燃え尽きる」説が何度も言及され、その破滅が理論上の可能性であった連鎖反応ではなく、核兵器の開発と保有国による相互破壊として現実になったことに焦点が当てられ物語が進む。
なので描写への批判も当然のこととはいえ、広島長崎の惨状を真正面から取り上げていたら、映画の論点がぼやけたものになったのではないかと思う。
また、クリストファー・ノーランは映像へのこだわりが異常なので、自分が撮っていない記録写真・映像を使う気は最初からなかったのかも知れない。(←邪推)

以前、フレデリック・ワイズマンのドキュメンタリー映画「ミサイル」を観た時、基地のスタッフがミサイルの発射ボタンを押すことを逡巡しないようにシステマチックに構築された理論と教育に打ち勝つのはなかなか大変だと思ったことがある。
それぞれの歴史観についても同じことが言えると感じた。
自身の日々の仕事を顧みて、やっている仕事が長期的には社会や地球の将来に悪影響を及ぼすのかも知れないと自問することがある。さすがに兵器を作っているという自覚はないが、オッペンハイマーと議論した科学者が発する「物理学300年の英知の到達点が大量破壊兵器なのか」というセリフには涙する。

映画後半ではかっての組合活動や共産主義者との付き合いなどから、赤狩り真っ只中の政府委員会で吊るし上げられ、公職から追放されていく様が描かれる。そのプロセスの恐怖は公正ではない社会になっていくことへの危機感の表れではないか。
マンハッタン計画を描いた映画は過去にもあり、オッペンハイマーをデビッド・ストラザーン、グローブス将軍をポール・ニューマンが演じた映画をうっすらと覚えている。(後で調べたら、前者は「デイワン/最終兵器の覚醒」、後者は「シャドウメーカー」という別の映画だった。)

今回、オッペンハイマーを演じたのは、悪人顔のキリアン・マーフィー。その顔立ちからエキセントリックな役どころが多いが、彼がいたから成立した映画とさえ言えるくらいのハマリ役。
妻役のエミリー・ブラントやグローブス将軍のマット・デイモンなどキャスティングもオールスター映画を思わせる顔ぶれなのだが、ほとんど見せ場がない。
むしろ魅力的に描かれるのは物語として悪人側にいる人間で、映画後半をかっさらうロバート・ダウニーJrのオスカーもさもありなん。他にもエドワード・テラーやロッブ検事、トルーマン大統領(1シーンだが演じるのはチャーチル首相も演じたゲイリー・オールドマン)も強い印象を残す。「バットマン」シリーズ同様、そういった人物描写もノーラン的だ。
時代背景を知っているとはいえ、時の流れが複雑に交錯した映画なので登場人物の心理の変化も意識してもう一度観たいし、大きな問題提起という

評価は★★★★★。

さて、期せずして米のホームコメディ「ヤング・シェルドン」を観ていたら、1984年のテキサスで天才少年が「共産主義を支持する」とインタビューに答え、街中から危険視されるというエピソードだった。笑い話にしているとは言え、アメリカの共産主義恐怖症はなかなか根深い。







題名:オッペンハイマー
原題:OPPENHEIMER
監督:クリストファー・ノーラン
出演:キリアン・マーフィー、ロバート・ダウニーJr、エミリー・ブラント、マット・デイモン

アンブッシュ

2024年01月10日 | ★★★★★
日時:2024年1月6日
映画館:バルト11
パンフレット:A4、800円。半分は軍事評論家 大久保義信氏の解説。





イエメン内戦に介入したアラブ首長国連邦(UAE)軍の戦闘を描くミリタリー映画。戦地のど真ん中で孤立する装輪装甲車の話を聞けば、装甲車好きとしては何が何でも見なければならない。(ちなみにアラビア語で話されるUAEの映画を劇場で観たのは初めて。)

劇場は4DX対応シアターでの公開だったが、入り口には「対応していません」表示。えっ、違うんかい。

主人公たちはUAE軍の兵士で、紛争地帯への人道支援活動の一環として食糧を運ぶ任務を担っている。
出動前の駐屯地での描写を見ただけで、映像にかなり力が入っているのが分かる。というより、完全に軍がバックアップしていることが一目瞭然。置かれている備品類からして画面の厚みが違うし、主人公たちの背景でMRAP(耐地雷・伏撃防護車両)が不自然なくらいバンバン走る。

現地で
映画スタッフ「その辺にハンヴィー置いてもらえますか?」
軍広報担当「いやいや、せっかくなんでMRAP走らせましょう!」
なんて会話が交わされたのではと妄想するくらいだ。

もしかするとこのシーンも映画向けのセットではなく、実際の基地や駐屯地でロケしているのかも知れない。

2台のMRAPで出動するが、砂漠の渓谷の真ん中でイスラム教フーシ派の待ち伏せ攻撃にあう。フーシ派がRPGロケット砲や迫撃砲、狙撃手、白兵攻撃を仕掛けてくる中、1台はなんとか退却できたものの、1台は移動できず周囲を敵に囲まれる中で孤立してしまう。

登場するMRAPはオシュコシュやらカイエンやらの実車で、車内外の細かいディテールが大スクリーンで見えたりするともう画面にくぎ付けになってしまう。赤新月社マークをつけた装甲救急車なんて初めて見た。いつかプラモデルで作りたい車両だな。

フーシ派はさらに狭い渓谷の道に対車両地雷を埋設し、孤立したMRAPを救出に来た緊急救助部隊もその餌食になる。
救出部隊がさらに状況を悪化させてしまう構図はどうしても映画としての「ブラックホーク・ダウン」との類似性を感じてしまうが、現実の戦場とはこうしたものなのだろう。

ここから先はほぼ一地帯で話が展開し、さらには出てくる俳優は見たことのないヒゲ面で、おまけに汚れきっているとあって見分けがつかない。愚直なくらいストレートに戦闘シーンが続く。退屈しそうなところだが、そこはアクションシーンになれた監督なのでキチンと見せてくれる。

車載リモート機銃システムRWSやスモークディスチャジャーといった兵装類もフル活用される戦闘シーンも迫力がある。軍全面協力の映画ではよくある話なのだが、特殊効果ではなくおそらく実弾を使用しているんじゃないかと思われるシーンが散見される。

映画スタッフ「あの辺をロケット弾で爆破するシーンを撮りたいんですが・・・」
軍広報「訓練名目で実弾撃ちますよ。迫力が本物だし、何といってもその方が安上がりですよ。」
なんて会話が交わされたのではと妄想するくらいだ。

ラストシーンでは改めて舞台がイスラム教圏で登場人物もムスリムだったことを認識させられる。敵もまたイスラム教徒で、同じ宗教同士で殺し合うことに人間の業の深さを感じさせられる。
さらに普段見ている映画はキリスト教圏の人間が主人公で、ムスリムは基本敵側、良くて異質な味方というステレオタイプだということに気付かされる。
今の現実を認識するためにはこういったイスラム圏の映画もどんどん公開してほしいところだし、アマプラではトルコやイランの戦争映画が配信されているのでちょっと意識的に観てみよう。

世間的は特殊な映画と位置づけられるだろうが、
評価は★★★★★!

ところで、元々、正月一番で観に行くつもりだったが、年始の大渋滞に巻き込まれ上映時間に間に合わず、今年2番目となった。あんな渋滞で立ち往生しているところを待ち伏せ攻撃されてたらイチコロだったところだ。







題名:アンブッシュ
原題:The Ambush
監督:ピエール・モレル
出演:マルワーン・アブドゥッラ・サーリフ、ハリーファ・アル・ジャースィム、ハンマド・アフマド、アブドゥッラ・サイード・ビン・ハイダル


ザ・キラー

2024年01月06日 | ★★★★☆
日時:2024年1月5日
映画館:八丁座

2024年最初の映画はデヴィッド・フィンチャー監督のネッフリ製フィルムノワール。

映画は主人公の殺し屋”ザ・キラー”のモノローグで始まる。彼はパリでの狙撃仕事を請け負い、街に溶けこみながらストイックにその瞬間を待つ。
そして、パリから隠れ家のあるドミニカに戻るとそこは何者かに襲撃されており、居合わせた恋人は袋叩きにされ、重傷を負っていた。
復讐に燃える彼は関係者をたどりながら、事件の真実に迫っていく。

原作はフランスのグラフィックノベルらしく、章立ての物語はパリからドミニカ、ニューオリンズ、フロリダ、ニューヨーク、シカゴと舞台を変えながら淡々と進む。主人公が裏社会の非情な人間なので先の展開が予想できないのだが、どんどん感情移入してしまう。

計画通りやれ
予測しろ、即興はやるな
やるべきことをやれ
誰も信用するな
対価に見合う戦いだけやれ
感情移入するな、感情移入は弱さだ
弱さは無防備になる

とかなんとか念じながら、証拠を残さないよう細心の注意を払い、常時指紋隠滅用のスプレー(尿素?)を持ち歩き、いくつもの偽名とパスポートを有し、全米何か所かの貸倉庫に秘密基地を持っている。

人探しにせよ侵入にせよ公的な手段は取れない身なので、なかなかアナログな手段も使いながら目的を達成していく。今の映画、やたら「椅子の男」がモニター上でなんでもやってくれて全然面白くならないのだが、前述の日常描写を含めこういう細かい描写や行動の積み重ねにはワクワクさせられてしまう。「ジャッカルの日」しかり「アウトロー」しかり「ジョン・ウィック」しかり殺し屋・一匹狼映画には大切な要素なのだ。

この主人公像にピッタリなのがミヒャエル・ファスベンダー。(今はマイケルと表記されるが、そこは昔からのミヒャエルにこだわりたい。)
元々、感情表現の薄いキャラクターが多い(なんだかんだと彼の映画は割としっかりと観ている)が、ちょっとがっちりめの体格とも相まって無口な殺し屋役に違和感がない。さらに日々目立たないよう、やたら地味なファッションというのも好感が持てる。

サスペンスものが多いフィンチャー監督の演出も手慣れたもので、いい感じに先読みできない緊張感を高めてくれるし、転々とする都市でのロケもそれぞれの街が持つ空気感を醸し出している。(半分くらいは行ったことないけど)

謎解き要素は薄いが質の高いサスペンス・スリラーとして
評価は★★★★☆。






題名:ザ・キラー
原題:The Killer
監督:デヴィッド・フィンチャー
出演:マイケル・ファスベンダー、ティルダ・スウィントン、チャールズ・パーネル


2023年12月24日 | ★★★★☆
日時:12月18日
映画館:八丁座

国内外で賛否の声が聞こえるが、個人的にはいかにも北野武映画らしくって好きかも。

戦国時代や武将に全然興味がなく、主要登場人物4人くらいしか基礎知識がなかったりするのだが、それでもなかなか面白く観れたし、多いとも言われる登場人物も演じている俳優の個性が強烈であまり混乱することもない。

これまでの主要な北野映画「ソナチネ」「アウトレイジ」「座頭市」などに通じる、「らしさ」が全面に出ていて、時代劇というより北野映画として面白い。

度を超えた暴力を行使することに何の躊躇もない登場人物たち、突然の暴力に抗えずに死ぬ名もない人たち、度重なる裏切りにどんどん孤立していく展開、冗談とも本気ともつかない絶妙なセリフ、唐突に手を離したかのように切り替わる編集・・・
世に言うキタノブルーこそ出ないが、これまで何度も見てきた世界観に、ある意味、時代を越えても安心して観ていられる。

配役がまた良くて、みんな北野武映画に出たくて楽しみながら演じているように感じられる。ワタシは日頃から今の日本映画はリアリティのある不細工面の芸人をもっと起用をすべしと思っているので、そういった点でも嬉しい。

北野映画の常連の面々はともかく、大森南朋の羽柴秀長と浅野忠信の黒田官兵衛の絶妙なコンビネーションがいいし、遣手婆の柴田理恵など最高のキャスティングだと思う。
セリフ回しに違和感はあるものの木村祐一の曽呂利新左衛門も「カムイ伝」の赤目師匠を思わせて、なかなかの存在感を出している。

永遠のマンネリ感もあったりするが飽きることなく楽しめたので
評価は★★★★☆。

ところで、クレジットでオフィス北野のKのロゴが出ないのはやはり淋しいですね。







題名:首
監督:北野武
出演:北野武、加瀬亮、西島秀俊、中村獅童


ワルシャワ蜂起

2023年12月03日 | ★★★★☆
映画館:広島市映像文化ライブラリー


1944年のワルシャワ蜂起を描いたドキュメンタリー映画。日本初上映は2015年、東京でのポーランド映画祭のようだが、当時は当然未見。
ワルシャワ蜂起のドキュメンタリーと言えば、NHKが放送した「ワルシャワ蜂起・葬られた真実~カラーでよみがえる自由への闘い~」があり、それと似たような映画かと思えば、全く違うアプローチの映画。

ワルシャワ蜂起中に撮影された映像をを時系列に再編集しているが、まず、よくこれだけの映像が残されていたなと驚嘆する。蜂起への協力を呼び掛ける自由ポーランド軍や戦時下の結婚式、燃え上がる市内、徘徊するヘッツアーなどまで記録されている。それがカラーライズされ、迫真さを増している。

さらに、この映像を撮影した国内軍映画班の兄弟がいたという架空の設定があり、物語はこの兄弟の会話で進められる。
さも現場にいたような会話で蜂起の血だらけの実態が生々しく語られるという展開なのだが、こういった演出はあまりないので、これがドキュメンタリー映画と言ってよいのかと悩ましくなる。

確かにWW1のドキュメンタリー映画「彼らは生きていた」でも後録したセリフをかぶせているが、それらはどこかに記録されたものがベースとなっているので、そういった点では完全にオリジナルで書き起こされたものではない。

だが、この監督、ヤン・コマサは「ワルシャワ44 リベリオン/ワルシャワ大攻防戦」を撮った監督と知り、さらに本作上映前のウルシュラ・スティチェック・ボイエデさん(広島大学・学術博士)のレクチャーを聴いて、この手法を取った理由も何となく分かる気がした。

ソ連による解放後、共産政権下ではワルシャワ蜂起は一部の反動勢力による攻撃と位置づけられ実質、なかったこととされていたらしい。(この辺のソ連側の心情は一大国策映画「ヨーロッパの解放」でもさらりと触れられている。)

そのため、ワルシャワ蜂起が公に話せるようになったのはソ連崩壊後で、記念博物館が完成したのも2004年と今世紀に入ってから。

「ワルシャワ44 リベリオン/ワルシャワ大攻防戦」もミュージックビデオ風の場面があり、今の観客に受け入れられるためにはこういった演出もありなのかと思ったが、本作でもこれまで「なかったこと」に封印されてきた歴史に改めて日の光を当てるためには単に映像を綴るだけでは不充分だと判断し、こういった作劇方法になったのかも知れない。

ドキュメンタリー映画としては平坦な出来だが、その背景に考えさせられるという点で
評価は★★★★☆。

残念ながらこの手の映画はなかなかソフト化や配信されないので、次回、見られるのはいつのことやら。






題名:ワルシャワ蜂起
原題:WARSAW UPRISING/POWSTANIE WARSZAWSKIE
監督:ヤン・コマサ

ゴジラ -1.0

2023年11月22日 | ★★★★☆
日時:11月11日
映画館:バルト11

我が家での大事な年中行事といえば、結婚記念日でも誕生日でもなく、「家族揃って怪獣映画を観る日」なのだ。
毎年そんなに公開されているのかと思われがちだが、実は東映ゴジラレジェンダリーモンスターユニバースジュラシックワールドシリーズと、ここ数年ちゃんと怪獣映画はあるのだ。

ということで今年は令和ゴジラ第一弾の「G -1.0」。
戦後間もない東京にゴジラが襲来し、特攻帰りの青年ほかがゴジラの脅威に立ち向かう。

【以下ネタバレあり】
戦後まもない物資不足の中、どうやってストーリーを持っていくのかと興味津々だったが、ツッコミどころもたくさんあるとはいえ、ifものにも通じるなかなかよく出来た展開となっている。
普通、ゴジラと言えば陸上自衛隊とか戦車とか陸戦力が主力だったが、今回は海の男たちが対決する。これまでにない展開に燃えるなあ。広島にたくさんいる元海自の皆さんはぜひご覧ください。

重巡高雄との対決は見どころの一つだが、この戦闘シーンはウェルズの「宇宙戦争」を彷彿とさせるなあ。ちなみに同艦の沈没で700人くらい死んだに違いない。
そう、今回のゴジラはあっさりと人が死にまくる。無慈悲に人を殺しまくる。殺戮のオンパレードで、ゴジラは巨大な暴力、戦争のメタファーのようだ。

個人的にはゴジラが列車を咥える描写にはウルトラマンのようにミニチュアの人間をぶらさげてほしかったところだ。

銀座のど真ん中でゴジラが実力を発揮すると東京は原爆を落としたような惨状となり、リアルな原子雲が立ち上り、黒い雨も降る。
また最近の怪獣映画にありがちな「雨降る夜中に暴れているから何が起きているかわからない」ではなく、ちゃんと白昼堂々、大暴れしてくれていることも好印象。願わくばもっと破壊しろ。

戦後の焼け跡からの復興が意外と細かく描かれ、そこに好感を覚える一方、ああ、こういった話も最近は耳にしなくなったよなと再認識。自分が昭和20年にいたら、どのように生活できたのかと考えるし、自分の親世代はリアルに経験してきたのだ。まさに幼児あきこは自分の親ぐらいの年だろう。
(ちなみにあきこがあまりに上手に泣くので、どうやって演技をつけたのか気になるところ。)

民間兵団による自己犠牲も厭わないボランティア精神の発露にはちょっと違和感を覚えつつも、自分も何か技能を持っていたら対ゴジラ作戦に間違いなく参加しそうな気がする。

惜しむらくはセリフのクサさ。そこでそんな発言するか?ってセリフが散見されて、一瞬、興ざめ。
あと、ゴジラが放射熱線を出す前の演出も、個人的には不要。

震電の登場は観覧直前にプラモ関連ニュースからネタバレされてしまい、インパクトがなくなってしまったが、そうでなくても違和感があったかな。

自分が幼いころ観ていたゴジラとはすでに別次元の怪獣映画になってきていると肌で感じるが、やはり年1回は必要なのだ、怪獣映画。

ということで、評価は★★★★☆。

ところで、大海原の風景とクジラとかシャチといった海の巨大生物が苦手で、船酔いもするウチの奥さん、映画終わった時には半目開きで死んだような顔してた。



ジョン・ウィック:コンセクエンス

2023年09月24日 | ★★★★☆
日時:9月22日
映画館:イオンシネマ広島





人間には3種類ある。殺し屋と組織の人間とクラブで踊る奴らだ。
などと揶揄される(されているのか?)ジョン・ウィックワールド。

前作で犯罪組織の上部団体、主席連合に宣戦布告した伝説の殺し屋、ジョン・ウィックだが、本作では殺し屋ご用達のホテルチェーンの1つ、大阪コンチネンタルに身を潜める。
ニューヨークから大阪へ行くのだから、空港で張り込んで仕留めりゃいいじゃんと思うのだが、なぜか主席連合にはそういった知恵の働く人間がいないらしい(笑)

その大阪コンチネンタル、「ブレット・トレイン」の京都駅の次にあるのではないかと思わせる誤った日本感満載の楽しいホテル。支配人は真田広之、やっぱり新幹線ゆかりで行くようなホテルだ。

ジョン・ウィックを追う主席連合は、彼の旧友ケインを殺しに差し向ける。盲目なのだが、座頭市ばりに杖を片手に殺しの技を披露する。
さらにジョン・ウィックに掛けられた賞金を狙う賞金稼ぎ、名無しも介入して、殺しが殺しを呼ぶ事態に発展するも、当然、警察なんかは出てこない(笑)

大阪では○○とXXの剣対決となるが、ここはチャンバラではなく、抜刀一閃で決着してくれた方が印象的だったろうな。

ちょいといろいろあって、舞台はベルリンへ。主席連合、なぜ空港を張らない?
ジョン・ウィックはここのクラブを仕切る巨漢デブ、キーラの暗殺をする羽目になるが、こいつが驚くような身のこなし。後で調べたら、これがスコット・アドキンス。特殊メイクで巨漢デブに仕立てていたのだから、なかなか手が込んでいる。
ちなみにここのクラブもなかなか豪勢で、インテリアデザインの凝り方がこのシリーズらしいところ。

なのだが、ここまでアクションが過去3作のブローアップバージョンにしか感じられず、ちょっと水増し感もあり、この後が不安になる。

ストーリーは最後の決戦の場、パリへ。主席連合、なぜ・・・(以下略)
ここに来て、ジョン・ウィックの賞金も爆上がり。パリ中の殺し屋が彼を目掛けて押しかけてきて、まさにパリ中は「増える賞金、死体の山」に。
ここからの限度を超えた殺しのオンパレードに笑うしかなくて最高なのだが、これを黙認しているパリ市民も怖い。
鳥瞰で捉えたビル内銃撃戦など「ヨーロッパの解放/ベルリンの戦い」での国会議事堂市街戦を彷彿とさせる。

そしてラストの決戦につながるのだが、本作、いたるところにマカロニウエスタンへのオマージュが。ケインはオルゴールの入った懐中時計を持ち、賞金稼ぎは「Nobody」。キアヌ・リーブス自身、監督は「続・夕陽のガンマン」を意識していたと言及しており、ジョン・ウィック、ケイン、賞金稼ぎはまさに「イイ奴、悪い奴、汚ねえ奴」の変形だし、狙撃を阻止する時には頬に刀を押し当てる。もちろん「人間には・・・」とも言うし、「He killer is mine」のセリフもある。最後のオチもある意味、オマージュだ。

3時間という長時間だが、ほぼ飽きることもなく、殺しに満ち溢れるジョン・ウィックワールドを堪能できたので大満足。
よって、星になった人の数で映画の星も決まるワタシの評価も
★★★★☆

ところで、主席連合の代理人(告知人)のひげ面の巨漢、目元に見覚えがあると思ったらクランシー・ブラウン。過去のアクション映画で鳴らした人の再登場もこのシリーズの嬉しいところ。






題名:ジョン・ウィック:コンセクエンス
原題:John Wick:Capter4
監督:チャド・スタエルスキ
出演:キアヌ・リーブス、ドニー・イェン、イアン・マクシェーン、ビル・スカルスガルド

ミッション:インポッシブル/デッドレコニング part one

2023年08月27日 | ★★★★☆
日時:8月25日
映画館:サロンシネマ
パンフレット:880円







毎度毎度、トムくんの派手なアクションばかりが話題になって、敵をだまして事件を解決する「スパイ大作戦」の肝心の面白みが薄味な本M:Iシリーズ。007シリーズほど思い入れはないが、義務的に劇場に足を運んできた。そして、遂に前後編で登場。(パート2はまだ撮影していないらしいので、もしかしたらパート10くらいまであるのかも知れない。)

さて、今回の事件はベーリング海航行中のアカそうな某国の原潜が魚雷の誤発射で自沈。艦内には試験中の最新AIが搭載されていたのだが、海底に沈んだAIが自己を持って暴走し、世界中の情報機関のシステムに侵入して、全世界の情報をコントロールしようとする。このことに気付いた世界中の情報機関はAIをコントロールできる2本の鍵を探して、世界中で暗躍しだし、アメリカ政府もIMFのイーサン・ハントに鍵の入手を命じるのだが・・・

スパイ映画には毎度おなじみのアイテム争奪戦がテーマなのだが、今回、面白いのは敵がAIそのものだという点。ロボットや無人ドローンが登場するわけではなく、AIに見初められた世界破滅型のテロリストがその手足となって立ちふさがる。

長らくスパイ映画の敵役だったソ連と東側諸国がなくなってから・・・なんて思っていたが、映画史的にはすでにスパイ映画に東側が登場した年数より崩壊してからの年数の方が長くなっている。犯罪組織やテロ組織がいくら頑張ってもアメリカの国力に並ぶわけがなく、M:IシリーズもなんとかしてIMF側をピンチにさせようと苦労してきたことが感じられたが、今回の敵AIはアメリカ側を上回る力を持っているのでその辺は説得力がある。

今回は過去シリーズに出てきた女性も多数登場し、ハント君と絡めていくが、M:Iシリーズに出てくる女性はいつも似たような雰囲気なので正直、どの映画で何をしてた役だったか分からない。さらに最近の007同様、「過去に出会った女性とどーしたこーした」と話を別の方向で膨らませるのはやめてほしい。そんな面倒くさいヤツを現場に使うな(笑)

力まかせのアイテム争奪戦が2時間40分続くが、意外と飽きない。ここはやっぱり敵AIの強さがストーリーに上手く活かされて、IMF側が守勢に回っているせいだと思う。

肝心の鍵がどうやって争奪戦の俎上に出てきたのが最大の謎なのだが、その辺はパート2で語られるかも知れないし、そのままスルーさせるかも知れない。それよりこのアイテム争奪戦の構図が「続・夕陽のガンマン」そのままなのは興味深い。パート2のクライマックスはきっと原潜内での三角決闘に違いない。

次のパート2で敵AIに近づくには宇宙から降りるしかないのではないかと思うと、そういえばトムが先日宇宙でロケしたって話がニュースに出ていたような覚えがある。あれはパート2の撮影ではなかったのだろうかと邪推したり。何年先か知らないが、パート2まで今回の映画の内容を覚えておくのが最大の不可能任務だな(笑)

ところで、ローマで女テロリストが激走させる4WD。予告編ではロシアのティーグル装甲車に見えたけど、ちょっと違う。劇中ではイベコ社のリンチェ装甲車っぽくもあったが、後で調べてみたらハマーH2の映画用改造車だったらしい。なかなかそれらしくカッコ良くできており「ダイハード/ラストデイ」の装甲車しかり、派手なカーチェイスを演出するには使い慣れている民生車の改造車の方がいいのかも知れないというのが今回最大の収穫。

最近のM:Iシリーズの中では面白かったので、評価は
★★★★☆







題名:ミッション:インポッシブル/デッドレコニング part one
原題:Mission: Impossible - Dead Reckoning Part One
監督:クリストファー・マッカリー
出演:トム・クルーズ、ヘイリー・アトウェル、レベッカ・ファーガスン、イーサイ・モラレス、サイモン・ペグ、ヴィング・レイムス

インディ・ジョーンズと運命のダイヤル

2023年07月09日 | ★★★☆☆
日時:7月7日
映画館:109シネマ広島



第1作目「レイダース/失われた聖櫃」を観たのは中学校の時だったから、今、ワタシが普段会話する人の半分くらいはまだ生まれてなかったことになる。自分も年を取ったわけだ。(そういう自分も大好きなマカロニ・ウエスタンや007シリーズの開始時は生まれてなかったのだが)

時代の変遷はオープニングでもいきなり実感させられる。最初の出てくるのはパラマウントのロゴではなく、ディズニーのシンデレラ城のロゴなのだ。

さて、時は1945年、ナチドイツ崩壊時にインディ・ジョーンズはトビー・ジョーンズの考古学者と一緒に2000年前の精密機械、アンティティキラ争奪戦に関わる。

ここで敵役となるナチ親衛隊の大佐役は嬉しいことにトーマス・クレッチマン。ドイツ版「スターリングラード」から「ヒトラー最後の12日間」「ワルキューレ」に至るまで21世紀にドイツ軍人役ならこの人である。ここ数年はでっぷりお腹が出てしまって、かっての精悍さがなくなったのは残念なところだが、インディを縛り首にしようとする非道さを発揮する。
砲弾飛び交う戦場で縛り首ってどっかで聞いたようなシチュエーションだなあ・・・。
いつものようにお気軽なアクションを展開し、20mm対空機関砲でドイツ兵をなぎ倒したおかげでアンティキティラはアメリカの手に。

さて、時は飛んでアポロ11号の3人の凱旋パレードで賑わう1969年、インディも70歳。大学の退官パーティのさなか、アンティキティラを狙う一団に襲撃される。インディ、アンティキティラをほぼ私物化しており、相変わらず手癖が悪い。

アンティキティラ自体は現実に実在しており、正確には「アンティキティラ島で発見された機械」と言われている。用途は天体の動きと暦を連動させた天文計算機だったらしい。
ただそれでは面白くないので、劇中ではさらに不可思議な機能が備わっている。実際のアンティキティラ島の機械になかなかの謎設定を付加するあたり、面白いプロットだと思う。

途中から今回のヒロインでトビー・ジョーンズの娘、ヘレナと一緒に、謎の一団(って顔ぶれからすぐにナチの残党と分かる)が追うアンティティキラの正体を探す探検の旅に出る。
トビー・ジョーンズと言えば、「ジュラシック・ワールド/炎の王国」の金持ちとか「キャプテン・アメリカ」の科学者とかどちらかと言えば敵側の人間って感じで、その娘となると何かと胡散臭い。

「いつもと一緒でいつもと違う」という続編ものの鉄則どおり、今回も「古代の人はなぜそんな面倒くさいことまでして隠した?」という謎解きがあり、インディシリーズお約束の「生き物いっぱい」のシーンもちゃんとある。

今回の敵役はマッツ・ミケルセン扮するフォン・ブラウン博士がモデルになったような数学者。劇中言及はされないが、たぶん欧州大戦の終了後、米軍のペーパークリップ作成でアメリカに連れてこられ、宇宙開発研究に従事していたという設定なのだろう。一学者に過ぎず、背後に強力な権力の裏付けがないので、これまでの悪役に比べるとちょっとパワー不足の感は否めないが、目的のスケールのデカさではシリーズ随一。ただの骨とう品泥棒ではない。

ただパワー不足なのは70歳になったインディも同様。「レイダース」のカーチェイスみたいな派手なアクションは、さすがに無理があるのでもはや展開されないし、得意技の鞭も1回しか振るわない。それに映画途中から体を張る役回りはヘレナに移る。

実はジョン・ウィリアムの音楽も同様。もちろんテーマ曲は健在だが、重いシーンでも肩の力を抜かせる軽妙なジョン・ウィリアム節が聞こえてこない。彼の音楽を聴くと「映画館で映画観た」って実感できたのに、今回はさみしい限り。

それに今回、ワクワクするような巨大メカが出てこない!

今回のインディ、目新しいところがほとんど感じられない。いずこも見たような設定とシーンばかりだし、クライマックスのくだりはTVの「ミステリーゾーン(トワイライトゾーン)」で全く同じ話があったほどだ。
しかし、よく考えてみたら元々「レイダース」のコンセプト自体がスピルバーグとルーカスの「昔、ラジオや映画館で楽しんだクリフハンガーものを現代に甦らせよう」だったわけだから、長年映画ファンをやっていると仕方ないのかも知れない。

物足りない部分もあるが、前作「インディ・ジョーンズ クリスタル・スカルの王国」よりは面白かったし、クライマックスの大仕掛けと伏線は個人的には好みだ。(まあどうやって帰れたのかは目をつむろう)
なので評価は

★★★☆☆(0.5★くらいはプラスしてもいい)

ところで、本作の重要なテーマは「時間の経過」である。
そこには70歳すぎでもまだまだ頑張れるというインディの姿もあるだろうし、その一方で裏メニューは「強い意志を持てば25年でも我慢できる」なのだろう(ちょっと違う)







題名:インディ・ジョーンズと運命のダイヤル
原題:Indiana Jones and Dial of Distiny
監督:ジェームズ・マンゴールド
出演:ハリソン・フォード、フィービー・ウォーラー=ブリッジ、マッツ・ミケルセン、アントニオ・バンデラス