二村嘉一のネオジャパニズム

 世界の中で生きて行く、私達の創る新しい日本の形とは

 今後の10年間、やっておきたい事。

2014年11月29日 19時05分52秒 | 日記・エッセイ・コラム
 
 
 
 人生が自分のものである事は事実だ、なので自分で人生を切り拓いて

行く必要がある。自分ももう45歳になってしまった、今までの人生を

振り返ると、反省と後悔ばかりだ。それでもまだ人生がある、未来が

ある。結婚もしたいし子供も欲しい。現代を生きて行くにはお金が必要だ

生活はお金だからだ。でもまあ、自分はもう普通のサラリーマンには

なりたくないし、なれないと思う、精神科の主治医にも、障害者年金を

使って生きて行って下さいといわれていて、事実上普通のビジネスマンは

無理だという事をいわれていると思う、サラリーマンになれたとしても

それは障害者枠での入社になり、給料も少ないと思う。



 なので僕は、恐らく自分の性格からして、自立をして自営業か会社経営

みたいな事をしたくなると思っている。まずは、法律の勉強をして法曹資

格を得て、10年後ぐらいにアントレプレナーシップをガンガンに発揮を

して、一気に勝負をかけるというシナリオだ。無謀な野望だが面白いと

そう思う、夢はでかくなんと財閥経営者になることだ、渋沢栄一子爵みたいに

日銀のような公的機関になるような企業を経営してみたい。ものすごい野

望だ、織田信長みたいだ。クゥーッ!!男のロマンだね。



 今の日本は、豊かだとは思うけど、夢や希望に満ち溢れているかと言われ

れば、けしてそうとはいえない世の中だそう思う。法律や税務、会計など

起業に向けて今後10年ぐらい勉強をして、それから行動に移そうかなと

そう思っています。自分でも、やっぱり僕は病気だと思うし、正気の沙汰では

ないと思うので、たぶん考えているだけで終わってしまうと思うし、今後

その病気が悪化して、ずっと入院生活になるかもしれないのですが、それでも

夢は夢として持っていたいですね。



 今まで、父と母が森永牛乳の牛乳屋を経営をしていて、それが普通の生き方と

思い込んでいましたが、あれは父と母の生き方だったんだなと最近そう気が付き

ました。堅実で、そして地味でそして毎日ある仕事でしたので、蓄えがあるので

何とか父と母は老後をやっていけそうですね。僕はその家業であった牛乳屋を継

ぐ事ができなくて社会の中で無職になってしまいましたが、一からやり直すつも

りで、今後の人生を生きて行けば良いかなと思っています、それでは。



 これからの残りに咲いた花ならば美しさだけ残してくから


 God bless you !