英語と書評 de 海馬之玄関

KABU家のブログです
*コメントレスは当分ブログ友以外
原則免除にさせてください。

<移民>という視座が照射する日本の魅力と危機-あるペルー女性の場合(下)

2011年11月24日 20時30分45秒 | 日々感じたこととか



畢竟、最早、どの「国民国家=民族国家」にとっても<鎖国>が不可能な現在、国際競争を勝ち抜くためにも、「移民」と「出稼ぎ」を<禁制品>にはできない現在、「移民家庭」と「出稼ぎ世帯」を上手にディールする施策と、よって、その施策を基礎づける思想が希求されていないはずはない。

而して、ならば、個別日本においても、(日本人が「移民」や「出稼ぎ」になる場面をも真面目に考慮に入れつつ。要は、その担当者の方々は、献身的な努力を重ねられておられるのを私はファーストハンドの経験で熟知していますが、極めて曖昧でいきあたりばったりの「海外邦人子女教育」を抜本的に改革することをも含めて)、「外国人の社会統合」と「外国人としての日本人の社会再統合」に関して、制度と政策を見直す、否、政策を起案して制度を創出する必要がないはずはない。現在における英米流の「保守主義」を信奉する私は、きつねのしっぽ姉さんのこの記事を読んで一層そう思いました。

ちなみに、私の言う「保守主義」とは、下記のような傾向性を備えた社会思想のことです。
すなわち、現代における「保守主義」とは、下記のような、英米流の分析哲学と功利主義の哲学、並びに、新カント派の認識論、および、現象学と現代解釈学と親和性の高い、「社会と社会内存在としての人間の双方のあるべきあり方」を巡る立場のことです。閑話休題。

①左右の教条主義に対する不信と嫌悪
②慣習と伝統、歴史と文化の尊重と、それらの構築主義的で恒常的な再構築の希求
③自己責任の原則の称揚と同胞意識の勧奨 
④差別排外主義の忌避
(要は、①~③に共感・承認される外国籍市民とその歴史と文化、伝統・慣習の尊敬と尊重)






而して、個別現在の日本にとっては、いずれにせよ、

(ⅰ)在日韓国人・朝鮮人を、(それが、元来「差別/優遇」の両義的存在を産み出す社会的制度である、よって、比喩ではなく、寧ろ、言葉の正確な語義と言うべき、一種の)「カースト」として<聖別>している、所謂「特別永住権制度」と言う、百歩譲っても「その役割はとっくに消滅した」、なにより、日本人はともかく他の外国人の方々にとって不平等極まりない制度は、可及的速やかに廃止すべきこと。

(ⅱ)そのバブル崩壊と「沿海-内陸」の地域格差の激化に伴い、極めて近い未来に予想されている支那の経済失速にともない、よって、その支那に海外直接投資と輸出の過半を振り向けている韓国経済の沈没(千歩譲っても、支那の経済失速が生起しない、あるいは、その失速がかなりモデレートな形で惹起したとしても、そのこととは無関係に、)支那政府が確実に採用するであろう「棄民政策」の受け皿に日本がなること、加之、支那経済が失速すれば、その国内有効需要の相対的な小ささからして向こう一世代の間は海面に浮上できないだろう韓国からの集中豪雨的といわず大津波級の「経済難民」の受け入れ先になど断じてならないようにすべきこと。


蓋し、「外国人」「移民」「出稼ぎ」に関してこのことだけは、
先ず間違いなく言えることではなかろうか。と、そう私は考えます。

なぜならば、 一人っ子政策の帰結として、日本をも上回るスピードで予想される高齢化社会が必然である、「支那のバブル崩壊」の重篤さは、就中、日本に対するその重大さは、

(a)現在、彼の地でどんだけ富裕層が派手に振る舞おうと、(バブルに至る資本の蓄積期間が、せいぜい30年足らずと短く、)トータルでは支那における資産ストックが極めて小さいこと、(b)しかも、国民の圧倒的多数はいまだ貧しく、資産ストックなどないに均しいこと、(c)繰り返しますけれども、その高齢化のスピードがおそらく人類史上最速で彼の地を襲うこと、(d)これは(a)~(c)の裏面でもあるのですが、「沿海-内陸」の地域格差を抱えるバブルの崩壊は、個別支那においては(大恐慌時のアメリカや、昭和金融恐慌時の日本とも違い)国全体の秩序の破綻を惹起しかねないこと、(e)而して、支那は、間違いなく、移民・棄民政策と、近隣資源確保にドライブをかけること。   


これらであろうと考えます。それは「ざまーみろ!」的な私の願望ではなく、おそらく必然の事態であろう、と。





そして、韓国。その傍若無人な「ウリナラ」的の言動・・・。

お釈迦様もイエスも、「剣道」も「ソメイヨシノ」も、「セーラムーン」も「サッカー」も、否、イギリス人も、それどころか、「人類の起源」も、よって、「世界のすべての言語」も韓国起源であると唱える韓国人。而して、世界で人口に膾炙している次のようなジョークに赤裸々な韓国の「ウリナラ」意識。

世界のすべての工業製品は、アメリカ人に買わせるために、
ドイツ人が発明し、イギリス人が投資し、イタリア人が宣伝し、
フランス人が洗練させて、 日本人【と台湾人】が軽量小型化する。
そして、支那人がその海賊版を作り、最後に韓国人がその起源を主張する、と。


しかし、そんな「ウリナラ」的の言動が逆照射する、
自国に自信を持てない韓国と韓国人。

蓋し、そんな韓国を<母国>とする、在日の人々の<悲劇>とは、社会学的・エスニクカルスタディー的にはそのメンタリティーは<日本人>であるにかかわらず、彼等のアイデンティティーは<非日本人>であることに起因すると考えます。ここでアイデンティティーを<韓国人・朝鮮人>と記さなかったのは、総連のごく一握りの幹部の人々を除けば、それは最早、<韓国人>でも<朝鮮人>でもないだろうから。ならば、彼等に課せられた<悲劇>を止揚する道は、

(α)潔く日本に帰化するか、または、(β-1)特別永住者(かつ、その70%強は、特別永住者の卑属!)などという「ぬるま湯」から出て、名誉ある外国人となるか、若しくは、(β-2)日本を出て行くか、あるいは、後者(β)の場合、その両方の三者のいずれかを選ぶしかないだろう。    


と、そう私は考えます。畢竟、在日の人々の抱える<悲劇>なるものは。厳しい物言いに聞こえるかもしれませんが、しかし、必然なのかもしれません。

なぜならば、彼等の<祖国>自体が、

(A)そのメンバーに対するアイデンティティーの供給、(B)社会統合のイデオロギーの提供という、ある意味、楯の両面の機能において、現下の世界の「国民国家=民族国家」が達成している水準に達しているとは到底思えないから。


そこが、韓国・北朝鮮と支那・ロシアの差であり、まして、戦前の日本やアメリカという立派な国家社会との歴然とした差ではないか。尚、「保守主義」からの<韓国>認識に関しては下記拙稿をご参照ください。


・いろんな意味で結構根深い日本語の韓国起源説
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/d8a7ec627fab192570817c9c7038e195


・キムヨナを<物象化>する日韓の右翼による社会主義的言説
 http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-11139033860.html



蓋し、私が尊敬してやまない小平先生はもちろん、胡錦濤主席やプーチン首相(「皇帝」とも言う。)等々、敵ながら尊敬に値する愛国者を多く抱える支那・ロシアに比べて、口ではどう弁じようとも(弊ブログでは「神功皇后」と同一神格のキム・ヨナ姫等の極めて限られた例外を除けば)、本音では韓国の韓国人でさえ愛国心に乏しいの、鴨。

蓋し、これは「お金さえあれば、一刻も早く我が子をアメリカに帰化させたい/少なくとも留学させたい」と99.99%とは言わないけれど、私の経験からは88.88%の韓国人が考えている現状がそれを雄弁に物語っている。ならば、そんな薄っぺらなさもしい国が一応の<祖国>であってみれば、在日の人々の<悲劇>も必然なの、鴨。

ならば、マルクス『ユダヤ人問題によせて』の掉尾の言葉を借用して、
マルクスの顰みに倣えば、

在日問題の解決は<在日>からの<日本>の解放である。
而して、それは、<在日>からの在日韓国・朝鮮の人々の解放であり、
それは、同時に、<韓国>や<朝鮮>からの世界の解放でもある。


このことは、「ウリナラ」起源説に失笑を禁じ得ない(支那やロシアを含む!)世界中の人々の共通了解可能なことではないでしょうか。尚、対韓国政策を巡る私の基本的な認識に関しては下記書評記事をご参照ください。閑話休題。


・小倉紀蔵『歴史認識を乗り越える』の秀逸と失速
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/44889ea4b8a9aab1299a792e76857f80







畢竟、支那の経済破綻は必定、ならば、支那の「移民プッシュ」要因は「明白かつ現在の危険:clear and present danger」。そして、その支那の混乱に連動して韓国の沈没もまた必定。

而して、(鳩山氏や菅氏の如く、自愛過剰の)性格異常の日本人や、さもしい日本人も少なくない。他方、私の個人的な交流に限っても、リップサービスではなく、立派な韓国人の方々も、まして、本当に人品卑しからぬ在日の旦那衆や奥様方もけっして少なくはありません。けれども・・・。

けれども、しかし、世界で都度実施される「嫌いな国民は何国人?」意識統計調査で、韓国が、あの支那やロシア、アメリカや(京都人並に「いけ好かない」ことでは有名な、でも、実は、「京都人」も捨てたもんやないんやよ。)スイスを蹴散らしてほとんどすべての調査で首位を独走していることに(加之、そう、例えば、在米2世とか3世の韓国系アメリカ人も、自身が韓国と特にビジネス関係にない限り「韓国からの団体客」とアメリカのホテルのレストランで一緒のテーブルに着くのは勘弁と吐露するのも珍しくはないことに)示唆されているように、そんな立派な方々も一度「韓国人のユニフォーム」を着て行動する段になると、ほぼ例外なく、文化とアイデンティティーを異にする他者との間では、「世界標準のコミュニケーション」を取れない<韓国人の現実>を鑑みるに、韓国からの「移民」「出稼ぎ」の受け入れなどは「明白な危険:apparent danger」以外の何ものでもないでしょう。

ならば、支那や韓国との関係は「政凍経冷=政治凍結経済冷却」あるいは「政冷経凍=政治冷却経済凍結」が望ましい。否、理想的には、支那の「分割民営化」が望ましい。而して、それが難しいのなら、支那と韓国に対しては<鎖国政策>が、真面目に日本の最善手、鴨。と、そう私は考えます。

尚、「外国人」を巡る私の基本的な考えについては下記拙稿をご参照いただければ嬉しいです。些か古いものですが、それゆえに私の主張が端的に書かれている、鴨。と、そう思いますから。


・アーカイブ☆外国人がいっぱい
 http://kabu2kaiba.blog119.fc2.com/blog-entry-198.html

・アーカイブ☆揺らぎの中の企業文化
 -日本的経営と組織は国境の消失する時代に拮抗しうるか
 http://kabu2kaiba.blog119.fc2.com/blog-entry-199.html








コメント    この記事についてブログを書く
« <移民>という視座が照射す... | トップ | 宮内庁、「女性宮家」創設検... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

日々感じたこととか」カテゴリの最新記事