そぞろ歩き

彩の国を中心に、身近な自然や歴史あるいは文化的スポットを訪ね、
その魅力を写真等により“そぞろ歩き2”からご案内中!

初秋の見沼自然公園(埼玉・さいたま市)

2007年09月29日 | Weblog
鴨以外にも多くの水性動物と出会えます

見沼自然公園は前にも紹介させていただきましたが、この公園は見沼の自然を手軽に観察することが出来ます。広大な芝生広場や池、湿地帯が広がり、水性動物や昆虫、野鳥などに出会えます。特に今の時期は彼岸花(曼珠沙華)が道端に咲いていて楽しめます。
また、池には睡蓮が咲き、その間を鴨等が連なって遊弋するなど、のんびりとした風景を目にすることが出来るでしょう。
なを、見沼用水越しに隣接してサギ山公園があります。
 駐車場:有(無料) 

  
池のあちらこちらで睡蓮を目にすることが出来ます

  
彼岸花が見頃を迎えています(群生はしていませんが十分楽しめますよ)

  
蝶やトンボがのんびりと秋を楽しんで?います

見沼自然公園地図(「goo地図へ」をクリックしますと大きい地図にジャンプします)


愛宕神社(東京・港区 愛宕山)

2007年09月21日 | Weblog

歴史を刻む愛宕神社

 愛宕山 (あたごやま)は、東京都港区にある標高26mの天然の山で東京23区最高峰を誇っている。
山上にある愛宕神社は、ご由緒によると1603年に江戸の防火・防災のために徳川家康の命で祀られた神社であった。
江戸時代・三代将軍徳川家光が増上寺参拝の折に山上にある梅が咲いているのを見て、「梅の枝を馬で取ってくる者はいないか」と言ったところ、讃岐丸亀藩の家臣、曲垣平九郎が見事騎馬で正面男坂(86段の急石段)を駆け上がって源平の梅を手折り、将軍に献上したことから、日本一の馬術の名人として全国にその名を轟かせ、併せてこの男坂は「出世の石段」として全国に広まった。
 現在でも「出世の石段祭り」が隔年に催され、勇壮な御輿登りが行われる。(今年は9/22~24)
 また、「桜田門外の変」の際の水戸浪士の集合場所として、江戸城無血開城へ導いた勝海舟と西郷隆盛との会談場所としても知られている。
 なお、山上には、NHKの前身の東京放送局(JOAK)があり、1925年の日本初のラジオ放送は、この愛宕山から送信された。(現在は放送博物館 見学:無料)

  駐車場:有 愛宕神社(社務所へ)、放送博物館(受付へ)



 
男坂(86段の急石段を曲垣平九郎が見事騎馬で駆け上がった) 左側の木が手折の源平の梅
  
上から見た男坂(こんな急勾配をよく馬で駆け上ったものです) 境内の弁天池?(多くの鯉が遊弋していました)
  
本殿前の「招き石」(頭を撫でると福が身につきます) 放送博物館(見学するとテレビやラジオの歴史が学べる)


愛宕神社地図(「goo地図へ」をクリックしますと大きい地図にジャンプします)


乙女の滝(栃木・那須塩原市)

2007年09月15日 | Weblog
美しい乙女の髪を連想させるからとも言われる美しい滝

白笹山から流れ出た水が、沢名川に流れ落ちる落差10m、幅5 mの滝。
名の由来は、流れ落ちる滝が美しい乙女の髪を連想させるからとも、美しい少女がここで髪を洗っていたからとも諸説がある。何れにしても小さな滝ながら美しい滝である、
急な階段を下まで降りると滝壺を間近に見ることができ、なかなか迫力がある。紅葉の時期はとりわけ美しいと評判。
 写真ををクリックしますと案内板が見えます。(戻る時は戻るボタンをクリック)
  駐車場:有り(無料 乙女の滝休息所20台)

また、乙女の滝から板室温泉経由、車で少々走ると深谷ダム(深谷湖)があり、晴れていれば大倉山等が見られる。
ダムまでの道筋、運が良ければ野生の猿の群れに遭遇するかも。( こちらも駐車場:有り 無料)

  
乙女の滝と沢名川の流れ

  
この沢名川の清流も下流で那珂川と合流。

  
板室温泉から見た、霧雨に煙る茶臼岳   深谷ダム(深谷湖)正面は大倉山方面


乙女の滝地図(「goo地図へ」をクリックしますと大きい地図にジャンプします)


山縣有朋記念館(栃木・矢板市)

2007年09月07日 | Weblog
栃木県指定有形文化財の山縣有朋記念館

山縣有朋記念館は、案内によると有朋晩年の別邸として知られる小田原の古稀庵内に明治42年(1909)、伊東忠太(わが国近代最初の建築史学者、東京帝国大学教授)の設計によって木造洋館として建築。
大正12年(1923)の関東大震災で崩壊したため、翌年、山形有朋の長男伊三郎氏の手によって現地に移築され、平成2年栃木県の有形文化財に指定された。
この建物は洋風建築であるが、全体としては、明治の元勲の別邸とは思えないほど簡素であり、外観は正面のサンルーム部分と玄関の建具を除けば、これといった装飾は用いられていない。
しかし内部は、額縁天井など当時の邸宅建築の質の高さを示している。特に山縣有朋の頭文字Y.Aをアール・ヌーヴォー風にあしらったドアのデザインが見事である。(内部の写真撮影は禁止のためお見せ出来ないのが残念)
記念館内には明治維新前後の遺品が常設展示されている。

なを、この記念館に隣接して住友ミュージアム(光琳と乾山の作品を展示した琳派館と近代日本の洋画を展示した日本洋画館となる)があり、美術好きには必見である。
 駐車場:あり(無料) 入館料:共通割引入場券1,500円

  
 左:山縣有朋記念館正面全景
 右:山縣有朋の頭文字Y.Aをアール・ヌーヴォー風にあしらったドア等のデザイン
(写真をクリックすると拡大)

  
庭園内の水琴窟(耳を澄ますと良い音が聴こえます)    手入れされた前庭

  
住友ミュージアム「琳派館」        同 「日本洋画館」
     
 
山縣有朋記念館地図(「goo地図へ」をクリックしますと大きい地図にジャンプします)

旧青木家那須別邸(栃木・那須塩原市)

2007年09月01日 | Weblog
国指定重要文化財の「旧青木家那須別邸」正面

旧青木家那須別邸は那須塩原市にある道の駅「明治の森・黒磯」の一画にあり、「とちぎ明治の森記念館」として保存されています。
リーフレットによれば、この別邸は、明治時代にドイツ公使や外務大臣、駐米全権大使などを歴任した青木周蔵子爵の別荘として明治21年にドイツの建築工法を多用して建築(明治42年に大規模増築工事、平成10年に栃木県にて解体調査のうえ復元)されたものだそうです。
青木邸の設計は松ヶ崎萬長男爵(ドイツの建築技術を日本に伝えた建築家)によるもので、3階小屋裏部屋や二段勾配風の屋根、ドイツ風窓飾り、屋根窓や外壁に個性的な鱗型スレートを用いるなどの特徴が見られる貴重な近代建築と記されています。
 駐車場:あり(道の駅の駐車場を利用、無料)  観覧料:200円

  
旧青木家那須別邸へのアプローチ      建物の説明(クリックすると拡大します)

  
二階バルコニーから庭園を見る(板室街道へのびる杉並木は昔の面影を残す)  庭園には様々な花が咲いている

  
左:ドイツ建築工法(日本の伝統工法と違い筋交いを多用している。室内壁のカットモデルのため照明がガラスに反射しています。ご了承下さい)
右;ドイツ風窓飾り、屋根窓や壁面鱗型スレート等の特徴が垣間みられる(クリックすると拡大します)


旧青木家那須別邸地図(「goo地図へ」をクリックしますと大きい地図にジャンプします)