気の向くままに junne

不本意な時代の流れに迎合せず、
都合に合わせて阿らない生き方を善しとし
その様な人生を追及しています

'12. 『絆』 『繋がろう』 は看板だけなの !?  瓦礫処理

2012年03月13日 | 日記・エッセイ・コラム

 一年経って二万三千トン以上とも言われる瓦礫の僅か5,6%しか処理が進んでいないらしいですね。あれだけの事が起きたのですから、被災地の東北だけで処理をするのは、どう考えても無理の有る話し。ならばよその自治体で…という事になり何人かの首長さんが手を挙げるも、今度は住民たちの猛反撃に会う始末。現在は東京都が瓦礫処理(焼却)の受け入れをしていますが、東京だけではまだまだ不十分。埼玉・大分そして沖縄までもが検討中という事なのですけれど、ここでは住民の反対行動に合わない様にと思います。

 『』 『繋がろう日本の輪』 などと様々な言葉が声高に飛び交っていましたね。

 あれらの言葉は一体何だったのでしょう? 嘘だった…などとは思いません。確かに今でもそれは人々の心の中には有るのでしょう。この一年間、多くのボランティアの人達が被災地に入ったり、全国から多額の義援金・支援物資が集められ、『絆』を感じ取る事が出来ました。

 それはそれで良く解るのですが、でも、ちょっと待ってよ・・・という側面が同時に存在していますよ。ボランティアも義援金も支援物資も、言ってみれば被災地の中での事。被災地の外ではというと、県外避難者の受け入れというものが有ります。それはそれでとても大事な事なのですが、一番厄介で難しい『放射線物質汚染』の問題になると、話しは一変してきます。前述した様に瓦礫処理は東北地方、とりわけ福島だけでは不可能な話し。どうしても県外施設での焼却が必要となり求められますが、問題はその為の放射線量。国が定めた許容量以上のものまで受け入れろとは申しませんが、その許容量を遥かに下回っているのにも拘らず、拒む姿勢に問題有りと言いたいのです。

 確かにこれ迄いい加減な数値ばかりを出してきた国家・政府には問題が有り、安全基準の数値を出されても信じられない・・・という気持ちも解りますが、明らかに科学的根拠に基づき、政治家ではなく多くの科学者たちが弾き出した、安全なる数値に依る数値なら、それを信じて瓦礫処理を受け入れても良いのではないか、と思います。また、そうするべきなのだと思います。一刻も早い復興・復旧を望む為には、先ずはそこからなのではないでしょうか? そしてそれこそが『絆」であり『繋がろう日本の輪』の神髄なのではないでしょうか。先程も書きましたが、ボランティアにしろ義援金にしろ(それは大事な事なのですが飽く迄も自分の土地は汚さずに、現場内完結なのであり本当に災害共有にはなってはいないという側面が有るのです。きれい事ばかりの看板を掲げるよりも、『本当の共有』を考えるべきなのではないでしょうか。これは絶対に対岸の火事などではないのですから

 日本人の日本人としての資質が問われている問題です。福島や東北だけの問題ではないという事に、もっと意識を向ける必要が有ります。誰でも「我が身可愛いさ」という気持ちが有ります。でも、人の気持ちを《現状を》おもんばかるというのが日本人固有の美徳でもあるのです。この事は忘れてはいけないものであると私は思います。


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