気の向くままに junne

不本意な時代の流れに迎合せず、
都合に合わせて阿らない生き方を善しとし
その様な人生を追及しています

(‘76) 5月21日(金) 東岬(あがりみさき)のヤギ鍋パーティーと泡盛75度

2023年05月20日 | 日記・エッセイ・コラム
朝、どちらからとなく、
「今夜は宿を変えてみない」
と云う話しが出て、お互いに、
「そうねぇ」
と同意を求める様な結論に落ち着いた。そこで朝食をとって一服してから、徐ろに荷物をまとめ「なかたけ荘」を出た。次は何処へ行こうか決めていたわけではない。取り敢えず歩き始めた。どのくらい歩いたであろうか。真っ直ぐには歩かず気の向いた方へ角々曲がりながらだったので、なかたけ荘からの距離はそう遠くは無い筈である。そこで一軒の民宿を見つけた。「民宿・さきはら荘」がそれである。ここは「なかたけ荘」とは異い、民家の香りがしない民宿である。が、悪くはない処の様であった。
ちょっと一息ついた後、釣りの道具が有ったのでやった事も無いのにそれを借りて、「なんた浜」という近くの浜に出て暇をつぶして楽しんだ。《意外な事に》何匹か釣れはした…が、これがまたこれでも食べられるのか?《ゴメンナサイ》と云う魚ばかり。さすが南海! はっきりと熱帯性の魚である事が判断出来る。内地では魚屋の店先でまずは見た事もない魚。それでもこちらでは海の幸。ありがたや、アリガタヤ。

夕方、東岬迄車で出向きヤギ鍋の宴会が催された。与那国島の東の外れのに位置する高台、崖の上の様な所。ほんの少し離れた所に軍艦岩と云うのが有った。なる程…と云う感じではあるけれど、どちらかと言うと潜水艦みたいであった。
夕暮れ迄の青空宴会ではあるけれど、雰囲気としてはバーベキュー大会の様だった。生まれて初めてのヤギは珍味として受け取れた。ただあの臭いには最初些か抵抗を感じたが、それでもやがて慣れ始めると、味わいを楽しめられる様になった。明日はこの与那国島を離れると云う一日早い惜別の念が、この束の間の時間を胸の中に刻み込んでいく様であった。

夜は夜で民宿では土方のニイニイ達と、75度の泡盛(どなん)の一升瓶を抱えての宴会。普通の泡盛(30〜45度)とは異い度数が非常に高いので私自身は勿論、洋子には注意していたのだけれど、その場の楽しいムードに包まれ、知らぬ間に羽目を外してしまっていた洋子。トイレに行ったまま戻らずダウン。ふらつきながら立った時に嫌な予感がしたのだけれど間もなく忘れてしまい、ふと気が付くと洋子の姿が見えない。まさかと思いトイレに行ったら返事が無い。そこで隣りのトイレ(個室)から攀じ登り見事(?)救出。遂にダウンの洋子だった。部屋までもたれ合う様にヨタヨタ歩き布団に寝かせ、苦しそうな洋子を見守りながら私もウトウトし始めた。とんだハプニングで幕を下ろした一日となった。

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