自燈明・法燈明の考察

日蓮を切っ掛けとして、仏教やこの世界に対する思索を始めました。

彼らの歴史観(The Lacerta Files)➂

2020年11月30日 08時08分08秒 | The Lacerta File
 爬虫類型人類のLacertaが言うには、彼女達の種族が今の様に進化したのは約1000万年前、その時、人類の祖先となった類人猿は、ようやく木から降り始めたという事であったそうです。彼女は語ります。

「哺乳類にとっては普通のことなので、進化は非常に遅く、あなたの種類に特別なことが何も起こらなければ、私は快適なモダンな家に座って、あなたは服を着た洞窟に座っているので、ここに座って話すことは出来なかったでしょう。」

 彼女らの種族は、進化するのに5500万年ほど必要としました。しかし人類は今から20万年前に出現したと言われていて、そこから考えると彼ら種族とは桁外れに早い進化を遂げた事になります。



 この事についてLacertaは語ります。

「 約 150 万年前に、別の外来種が地球に到着しました。このヒューマノイド種(今日は「イロジム」と呼んでいます)の関心は、原材料や銅ではなく、私たちも驚いたことに、進歩していない類人型のヒューマノイドでした。」

 人類(ホモ・サピエンス)として出現したのが約20万年前と、今の考古学では考えられていますが、Lacertaが語るには約150万年前に、「イロジム(Illojim)」というヒューマノイドが地球に来訪したと言い、その種族の目的は地球の鉱物などではなく、進化の過程にあった人類の祖先であったというのです。

 今の考古学では約370万年前から100万年前に存在していた原人と言えば「エレクトス原人(ジャワ原人)」と言われるものです。これは身長が140cm~160cm、体重は50kg~60kgで脳容積は950mlと、現代人が1100mlなので約75%程度の原人です。

 かれら「イロジム」が何故、この人類の祖先に興味を持っていたのか。Lacertaによれば以下の目的があったと言います。

「この惑星に私たちがいるにもかかわらず、エイリアンは類人猿が少し速く進化するのを「助け」、将来、来るべき戦争でのある種族の奴隷種族として、彼らに仕えさせることに決めました。」

 つまり彼らによれば、「イロジム」という異星人は、来るべき戦争で、その奴隷種族を作る事を目的として、当時(約150万年前)地球上にいた原人たちの遺伝子操作を行い、進化を速めたと言うのです。
 ではこの「イロジム」という種族はどこから来たのか、Lacertaはその星系を「アルデバラン」であると語っています。このイロジムの種族の容姿について以下の様に語っています。

「彼らは非常に背の高い人型の種族で、通常はブロンドの髪と非常に白い肌をしていました(日光は肌と目を傷つけるので避けました。これは私たちのような太陽を愛する種族にとっては絶対に信じられない事でした)。」

 この種族と地球で既に文明を築いていたLacertaの種族は、始めは友好的なコミュニケーションを取っていたと言います。しかし後に彼らは自分達が地球に来訪したもくてきを示し(原人を品種改良し、進化させる)、爬虫類種族が邪魔な存在であると存在であると見なす様になり、結果、彼らとの間に戦争があった事を語ります。

「あなたの 6 番目と 7 番目の天地創造は私たちと彼らの間の戦争の理由でし
た。あなた方はその戦争について、例えばあなたが「聖書」と呼ぶ本の中で非常に奇妙な説明の仕方で部分的に読むことができます。」

 ここで「6番目と7番目の天地創造」とありますが、これは恐らく旧約聖書に記されている「創世記」の6章と7章の事かと思います。そこには「ノアの箱舟」についての記載があります。つまり旧約聖書であった大洪水とは、イロジムの種族と爬虫類種族の戦争が理由となり発生した事だと言うのです。

 彼らイロジムの種族は、地球上から2万~3万人の原人を捕まえ、その後、数百年間地球を離れたと言います。その後、再度イロジムの種族は地球に戻った時、進化させた原人を地球上に連れ戻した後、数千年間、この地球に来る事は無かったと言います。

(続く)

コメント

彼らの歴史観(The Lacerta Files)②

2020年11月29日 10時50分10秒 | The Lacerta File
 さて、Lacertaの語る歴史について今回も読み進めてみます。
 前の記事では約6500万年前の大事件について語っている内容を紹介しました。そこでは恐竜絶滅の原因は、今の人類の考古学でいう「巨大隕石の衝突」ではなく、2つの異星人グループが地球に埋蔵されている「銅」を巡り戦争を起こし、そこで他の世界から来たレプタリアン(爬虫類型異星人)が、核融合爆弾を現在のユカタン半島の場所で爆発させた事が原因であったと語りました。

 そしてこの大爆発で僅かな生物だけが地球上に残り、そのうちの1つの種族が彼らの祖先であった事を述べていたのです。



 Lacertaは語ります。

「次の 2000 万年の間に、この種は本質的に 27 の亜種に分割(残念ながら、以前の爬虫類の種は、進化の過程で多かれ少なかれ非論理的な方法で亜種に分割される傾向がありました。これは次のようにはっきりとわかります。以前は不必要に多数の動物-恐竜種)があり、この亜種の間で支配をめぐって多くの(主に原始的な)戦争もありました。」

 その事件以降、2000万年という時間をかける中で、二足歩行を始めた爬虫類は進化を重ね、27種類の亜種として進化し、この亜種の間では主導権を巡り戦争も起きていたそうです。そしてその後、地球の自然現象などもあり、27種に分岐した爬虫類型のヒューマノイドのうち、24種は絶滅しました。

 Lacertaは続けます。

「戦争から 5000 万年後、恐竜の終焉後、この惑星には他のすべての下等動物と一緒に 3 種の(今の技術的に)高度な爬虫類しか残っていませんでした。
自然および人工の交配により、これら 3 種は 1 つの爬虫類種に統合され、遺伝子操作の発明により、遺伝子構造内の分裂しやすい遺伝子を「排除」することができました。」

「これは約 1000 万年前のことであり、私たちの進化はこの時点でほぼ停止しました」

 彼ら種族は恐竜の絶滅後、約5000万年かけて進化を重ね、今から約1000万年前には、遺伝子工学を駆使するまでに進化し、そこで自分達の意志で3種類の種族を1つの種族に統合する事をしたと言うのです。

「この様に、私たちはあなた方と比較して、非常に古い種族なのです。私たちが技術を発明し、この太陽系の他の惑星を植民地化し、この惑星に大都市を建設し(時代の痕跡なしに姿を消した)、私たち自身を設計している間、この時期に小さな猿のような動物として木々の中で飛び回っていた種族。 あなたの遺伝子はまだ動物の遺伝子なのです。」

 Lacertaは続けます。
 彼らは進化の後、太陽系内の他の惑星を植民地化し、それぞれの惑星にコロニーを構築するまで進化を遂げました。しかしその間、人類の祖先となる哺乳類は、彼らが宇宙進出するまでに進化する中で、ようやく木々の間を飛び回る様な小さなサルとしての進化しかしていなかったというのです。

「1000 万年前、小さなサルが成長し始め、木から地面に降りてきました(これも気候の変化のため、特にいわゆるアフリカ大陸での事です)。」

 この木から地面に降りてきた「小さなサル」が、後の人類の始祖であったと言います。ちなみに現在の考古学では、約1400万年にヒト科とヒト亜科で進化の分岐が興り、その後、類人猿は世界中に拡散したとされ、その中で約700万年前の最古の人類化石が中央アフリカで発見されたと言われています。

 この進化の過程についてLacertaは、生物の進化とは本来、自分達の種族が経験してきている様に、極めて緩やかな時間を必要とするというのです。彼ら種族は始祖である二足歩行の爬虫類から、高度な文明を築くまでに約5500万年を必要としました。そこから考えるのであれば、人類の始祖が地上に降りこれたのは、は高々1000万年ほど前の事なのです。

 Lacertaは語ります。

「哺乳類にとっては普通のことなので、進化は非常に遅く、あなたの種類に特別なことが何も起こらなければ、私は快適なモダンな家に座って、あなたは服を着て洞窟に座っているので、ここに座って話すことは出来なかったでしょう。あなた方は毛皮を着て、火の秘密を発見しようとしていたかもしれません-または、私たちの動物園の 1 つに座っていたのかもしれないのです。」

 つまり人類の進化の速度とは、実は地球上の生物の中では、あり得ない速度で進化をしたと言うのです。では何が人類の進化の後押しをしたのか。その事についてLacertaの話は続きます。

(続く)


コメント

信者と行者の違いについて

2020年11月28日 22時04分35秒 | 思う事
 さて、怪しいと思われる記事を最近書いていますが、ここで少し「創価ネタ」の記事でも書いておきましょう。ちなみに怪しい記事については、基本的に私個人が興味を持って調べている事、考えている事を書いていますので、不快に思うのであれば読み飛ばしてください。
(まあ「創価ネタ」もそんな記事ではありますが・・・)

 先日、ある創価学会の活動家と話をしたのですが、そこで感じた事を今回は書いてみます。

 その人は創価学会の打ち出し通り、真面目に選挙活動を始めていました。そこで私はその人に、広島選挙区の事、また遠山氏と日本会議の繫がり、その他諸々の事について話をし、如何に今の創価学会や公明党が過去の自分達の言動と自己矛盾をしているのか、疑問を投げかけました。そしてそんな今の創価学会な打ち出しに、唯々諾々と従う行動をしていて、果たしてそれで良いのか、私個人としては「動執生疑」になれば、という思いでした。

 しかしその話をした時、相手方に見て取れた感じは「そんな事言われても、どうしたら良いのか」「長年に渡り信じてきた事なので、受け入れられない」「それが真実だとしても、私は何も言えない」等々、そんな事でした。



 確かに、創価学会の組織の中で生きている人に、そんな学会に対して否定的な事を告げたとして「だからどうしろと言うのか!」という事は思うでしょう。その活動家も日々、様々な幹部と連絡をとり、創価学会の進める事を信じて生きているのですから、私の投げかける言葉は、そんな活動家の生活を否定する言葉です。
 また当然、創価学会の中で長年生きて来て、それを「生きる糧」として来た人に対して、私の投げかける言葉とは易々と「受け入れられる」という言葉ではありません。
 また私の言葉が真実であってとしても、相手の活動家は当然、創価学会の組織の中で、そんな事を会員にも言えなければ幹部にも言えるはずが無いのです。だって個人的に確証ある話ではなく、所詮、私からの伝聞に過ぎないわけですからね。

 結果として思考停止をしてしまうのは当たり前で、しかも私との人間関係を壊したく無ければ、言葉すら出て来なくなるのも当然の事なのです。

 これ以上突っ込むと、相手の人格否定にもつながる事にも成りかねませんし、相手に対して精神的なダメージを与える事にもつながります。そしてそんな事をしたら、そもそも相手との人間関係すら崩壊してしまうので、私は「とにかく良く考えてみて欲しい」という事で、話は終わりました。

 本当に創価学会とは罪深い組織ですよね。

 創価学会の活動家は良く「下種をする事が大事」と語り、「折伏こそ今の修行」と、事ある度に勇ましく口に出して言いますが、そもそもそれって現代にそぐう言葉なのでしょうか。

 私は法華経を私なりに読んでみました。併せて日蓮の書いた開目抄も幾度か全文読みました。当然、此等を読む際に創価学会講義集だとか、日蓮正宗の講義録なんて頼りません。何故なら私はこれら2つの宗教団体は信用してませんので、古文の辞典(ネットにあるもの)を頼りに読み込んてきました。

 そこから思った事ですが、まず「下種(仏の種を下す)」という言葉はおかしいですよね。何故ならば法華経の一念三千が指し示した事とは、人は元来仏であると言う事です。だから「仏の種」を下すのではなく、本来なら「気付きの言葉」を語るとか、相手が自身の中にある「仏」を認識出来る言葉を語るわけであり、その為には当然、相手が「法を求めている事」が大前提になると思うのです。

 細かい事ですが、言葉遣いとその認識が、そもそも間違えてませんか?

 あと一つ。「折伏」という言葉も間違えていると思います。折伏とは、相手の間違えた法を、正しい法を以って折り伏させるという意味があります。これについても、相手が「法を求めている事」が大前提の言葉ですよね。

 例えば釈迦も三十歳で成道する前には、只管正しい法を求めていましたし、舎利佛や目連も同様であったと思います。だから彼らは迷う事なく正しい法を求め、舎利佛や目連は迷う事なく釈迦の元に馳せ参じました。

 日蓮も同様で、折伏をした相手は出家僧であり、一般の在家にはどちらかと言うと、相手を言下に否定して教典を紐解き、喝破と折伏なんてしなかったのではありませんか?

 だって在家信徒は経典すらしらす、ひたすら「ありがたい教え」を求めていた訳ですから、そこは日蓮は様々な言葉を駆使して、教え諭したのでは無いでしょうか。

 思うに信者と行者の違いとは何か。この点について少し私なりに考えました。

 信者とは、例えば僧侶とか宗教指導者を崇め、そこに御利益を期待する人達の事であり、そこには宗教の哲学的要素なんてのは求めていません。ひたすら宗教指導者の言葉を信じてすがる事を考え、そこから御利益を得る事を期待する人達です。

 一方、行者とは自分自身の人生を考え、自己を高めるために、常に高みを求めて行動している人達を言うのではありませんか?

 高みを求めるから、最高の教えを求める気質もあり、そこには常に教えに対する謙虚さと思考がついています。日蓮も「我が義破られずば用いじなり」と語った言葉にも、この精神が見て取れます。だから折伏という行為も意味をなしたのかもしれません。

 そうなると今の創価学会で活動している人達とは「信者」なのか「行者」なのか、自ずと答えは見えてくるでしょう。彼らの大半は「宿命転換」とか「人間革命」とかいう言葉を語りはしますが、実は人生の奥深くを探求しているわけではなく、単に御利益を求めているだけなのです。だから組織から離れられもしませんし、永遠の指導者と団体が定めた人物の、底の浅い「綺麗事の箴言」に振り回されているのでしょう。

 そう、彼らは信者なのです。
 だから必要なのは「折伏」ではなく、気付きの言葉を教える事なのです。そしてその為には「摂受」の姿勢なのです。

 そもそも思考が、創価学会の信濃町に「ジャック」されている様な人達であり、だから対話もママなりません。だから無理強いして、創価学会から引き剥がすことは難しく、一つ間違えば、相手の心を大きく傷つけ、場合によっては精神を破壊してしまう可能性もあるのです。

 だから大事で無い人であれば、先行き気付くかもしれない言葉を教えてあげて、あとは距離を保つか、もし相手が貴方にとって大事な人であれば、根気よく対話をし続けるしか無いと思いますよ。

 創価学会の活動家達は、行者ではなく信者なのですからね。




コメント

彼らの歴史観(The Lacerta Files)①

2020年11月28日 18時17分51秒 | The Lacerta File
 ここ最近、仕事でもバタバタしていた事もあって、記事の更新をしていませんでした。ここいらで少し記事を更新したいと思います。

 この「The Lacerta File」では、レプタリアン(爬虫類型人類)が地球の歴史について語っています。Lacertaが語る歴史では、彼らの祖先が遭遇した大事件を語る事から始まっています。それは約6500万年前にあった恐竜の絶滅からでした。

 いま私達の考古学で語られているこの恐竜の大絶滅は、約6500万年前にメキシコのユカタン半島北部に小惑星の衝突が起きた事が原因だと言われています。この痕跡は「チュクシュルーブ・クレーター」と呼ばれ、直径は約160キロメートルと巨大なものです。
 2010年にアメリカのサイエンス誌に掲載された説では、衝突した小惑星は直径約10~15キロ、衝突速度は約20km/s、衝突時のエネルギーは広島型原子爆弾の約10億倍と言われています。衝突地点で発生した地震の規模はマグニチュード11以上、発生した津波は高さが約300メートルと言われています。

【NHK画像】 恐竜絶滅 隕石衝突説  NHKより  

 これは以前にNHKで放映された、小惑星の衝突当時の想定動画ですが、この様な事件が起きて、当時地上で繁栄していた恐竜たちは絶滅したと言われています。

 この事は「K-Pg境界」とも言われ、地質学でも約6500万年前の中生代と新生代の境目として確認されており、そこの地層には希少金属であるイリジウム層が確認され、この事から、地球外に由来する巨大小惑星による衝突が起きたと言われているのです。

 しかしLacertaは、これとは異なる見解を持っていました。Lacertaは人類のこの想定した事を「歴史認識の間違い」であると言い、この恐竜が大絶滅した事件の真相とは「2つの敵対的な異星人グループ間の戦争」により「核融合爆弾」が使用された結果であると言うのです。

◆恐竜絶滅の事件
 その概要を簡単にまとめてみましょう。
 約6500万年前に、この地球にはヒューマノイド型(人間型)の異星人が訪れており、当時の地球に幾つかコロニーを形成していたと言うのです。そのコロニーは現在の南極の地域と、アジアと言われる地域の他に幾つか作られていたと言います。このヒューマノイド種族は現在の人類が「プロキオン(こいぬ座α星)」と呼ぶ星系から来た種族だと言います。
 このヒューマノイドが地球に到達してから約150年後に、地球とは異なる星系を由来とするレプタリアン(爬虫類型人類)も地球にやって来たそうです。
 当時の地球上では、ヒューマノイド型の異星人とレプタリアン(Lacertaとは異なる種族)、そして地球上に既に存在していたトカゲ(Lacertaの祖先にあたる生物)や他の動物たちが彼らと共存をしていたと言います。

 しかしこの2つの種族の間で、数か月後に戦争が勃発したと言うのです。その理由は、当時の地球に豊富に存在していた金属「銅」を巡っての事でした。

 Lacertaが言うには、この「銅」には強力な電磁場を直角に交差させる事で、新たな元素を生成できる特性があるため、現在においても一部の異星人の間では重要な金属であると言います。そしてこの地球に来訪していた2種族は、この元素を巡り、地上とその軌道上で戦争状態になったと言うのです。

 この戦争はヒューマノイド族が優勢であったと言いますが、爬虫類族は形成逆転を狙い、また地上にある「銅」を傷つけない兵器として、特別な種類の核融合爆弾を現在のユカタン半島に投下、そこで大爆発を起こしたと言うのです。この爆発では水の中にある水素が予測できない融合を興し、結果それは使用した爬虫類族さえも想像しない程の大爆発になったそうです。

 その結果、致命的な放射線量が発生し、核融合物質の過剰生成、また発生した様々な粉塵から、以降、地上では約200年にわたる「核の冬」になってしまい、地上のコロニーに住んでいたヒューマノイド族の多くが死に絶え、また地上にいた恐竜や様々な動物も死に絶えたと言うのです。

 そして戦争に勝利したレプタリアンは、その数年後には地球から去ってしまったと言います。(この理由についてはLacerta達の種族も、今もって判らないと言います)

 Lacertaは言います。

「ちなみに、核融合爆弾の結果の 1 つとして、燃焼プロセスで作成されたさまざまな元素や材料の落下があり、それらの材料の 1 つはイリジウムでした。 あなた方の科学者は今日、恐竜を殺した小惑星の衝突の証拠として地層にあるこのイリジウム濃度を見ています。」

 この大事件では、事件発生後の20年で地上の大半の生物は死に絶えましたが、海の中に生息していた幾つかの魚類や生物、幾つかの鳥類や哺乳類、そしてワニの様な爬虫類と共に、彼らの祖先にあたる2本足であるくイグアノドンの様な爬虫類も生き残ったと言うのです。

 以上がLacertaの語る恐竜絶滅の真相です。

 ここまで読むと、この様な歴史を何故Lacertaを始め、彼らレプタリアンは知る事が出来たのか。大きな疑問がまず湧き出します。

◆北米で発見されたメモリ・プレート
 この事についてLacertaは語ります。

「最初の戦争についての私たちの知識は完全に古代の遺物から来ています。16,000 年前、あなた方が今日北米と呼んでいる大陸で考古学者からです。
 彼らは、そこに約 47 センチメートルの直径を持つ丸いプレートを見つけました。プレートは私たちにとっても未知の磁性材料でできていて、プレートの内側には、結晶の分子構造にコード化された膨大な量の情報を含む別の小さな結晶プレートがありました。」

 この発見したプレートを彼らレプタリアン種族の学者が解析したところ、約6500万年前の戦争による大爆発からの最期の「プロキオン」異星人の残したものだと判明し、そこから知りえた歴史だと語りました。

 またこのプレートには、使用された核融合爆弾の詳細から、地球上に当時生息していた生物に関する情報も記録されており、彼らは自分達のルーツについても、そこから知る事が出来たそうです。

 さて、ここまでが約6500万年前に地球上に起きた事件について、彼らLacerta達種族の見解です。中々突飛な内容であり、聞いたところで「ああ、なるほど」とはなれない情報ばかりです。

 この事について海外サイトの「UFO INSIGHT」では以下の様に論評しています。


「これは興味深い事に、これらのエイリアンの種族の一つは爬虫類でしたが、Lecertaの種族とは違うものでした。実際に彼女は、この種族の事について「この宇宙からではなく」「全宇宙の泡の中の中」、または別次元の領域から来たものであると述べています。これは、ディビット・アイクの爬虫類人類の理論にサイド、注意を向けなければならない様に、とても興味がそそられる事です。彼は「下方の四次元」から来ていると生命した爬虫類人類の実体と酷似した主張をしています。」

 このLacertaの情報は、当初、デイビット・アイクの情報に当てる形で出されたのでは無いかと思っていたのですが、この部分で言えばデイビット・アイクの主張に近しい内容を語っている事、またデイビット・アイクの主張している爬虫類種族と自分達は異なっているという事を示しています。

 いま人類が考えている約6500万年前の大絶滅の原因。これは隕石衝突と言われていて、一方、Lacertaはそれは隕石等の自然現象ではなく、地球の鉱物資源を巡り、太古の昔に異星人たちの間で起きた戦争が原因だと言っています。

 どちらの話も、確定する証拠にかけるものなので、これの真偽は一人ひとりの判断に、最終的に委ねられるのかもしれません。

 Lacertaの語る地球史、人類史の話はまだまだ続きます。

(続く)


コメント

天神地祇について

2020年11月24日 08時40分39秒 | 思う事
 Twitter見てて驚いたのが、大手町にある「将門の首塚」を、再開発の為に一時遷座したとかいう事。これには驚きました。

 将門の首塚といえば、古くから江戸の地における霊地として、尊崇と畏怖が入り混じった土地であり、関東大震災後には、大蔵省の仮庁舎を建てようとした時、工事関係者や省職員等に不審死が続き、第二次世界大戦後にはGHQが丸の内の区画整理の為に、この地を撤去しようとして、同じく不審な事故が多発、計画を取り止めた場所です。

 いわゆる「曰く付き」の土地なのですが、大丈夫なのでしょうか。とても気になる処です。

 さて、こういう事について、私は創価学会で活動していた頃は、あまり気にも止めませんでした。それはこれは諸天善神やその一つであり、日蓮大聖人の仏法に因らなければ、所詮は謗法の輩の類の話してある。そんな認識でいましたから。

 でもいざ創価学会の活動から離れ、日本の文化や歴史について少し振り返りをすると、そんな単純では無かった事を知りました。

 私が思うに日本とは、その基本にあるのはアニミズム(精霊信仰)であり、やはり多神教の民族であると言う事。そしてそんな民族性を理解しないと、日本人の文化は判らない事が多くありそうです。

 よく町中を散歩してみると、あちらこちらに祠があったり、神社があったりします。そしてそれは日本人の心の奥底に実はつながるモノが有るのではないでしょうか。

 日蓮はこの様な日本人の心の奥底にあるものを、天神地祇と呼んでけして否定はしていませんでした。日蓮が立正安国論で語ったのは、法華経を中心とした仏教でなけれは、この天神地祇も威光を無くし、結果としては国が衰退して滅んでしまうという事なのです。

 この考え方は、まさに鎮護国家の仏教の考え方なのですが、日蓮はその思想の元で、国の繁栄・安泰を考えていたという事になります。

 さてさて、では天神地祇とも言われる日本の「八百万の神」とは、如何なる存在なのでしょうか。これを考えるヒントとしては、以下の日蓮の言葉があります。

「今までは此の国の者ども法華経の御敵にはなさじと一子のあひにくの如く捨てかねておはせども霊山の起請のおそろしさに社を焼き払いて天に上らせ給いぬ、さはあれども身命をおしまぬ法華経の行者あれば其の頭には住むべし」
(新池御書)

 つまり神天上の法門の法門と言い、謗法が過ぎれば、諸天善神は天上界に帰ると言われていても、法華経の行者の頭(こうべ)に住んでいるんだと言うのです。

 つまるところ、もしかしたら天神地祇と言うような、日本人の思う神というのは、人々が心の中から作り出している存在という事ではないのでしょうか。だから人々の心の力が強ければ、この天神地祇というのも威光を増し、心の力が弱くなれば、威光を無くしていく。また暴走すれば怒りを増し、その働きは祟り神の様に振る舞いもする。

 そんな存在なのかもしれませんね。

 因みに今回の将門の首塚の、一時遷座にまつわる事ですが、その結果も日本人の心の在り方に依るのだとしたら、どんな事が起きるのでしょう。

 もしかしたら日本人の心は、相当疲弊してますから、なーんにも起きないかもしれませんね。若しくは荒んでいるから、祟り神の働きが出ないとも限りません。

 さて、皆さんはどの様に思われますか?


コメント