自燈明・法燈明の考察

日蓮を切っ掛けとして、仏教やこの世界に対する思索を始めました。

映画「エミリーローズ」を観て④

2020年11月15日 09時25分10秒 | 心のかたち
 エミリーローズの映画を観て考えた事、一旦は今回の記事で終わろうと思います。

 他にも興味深い記事を最近ネットで見つけたのですが、これが英文なんですよ。悲しいかな私は英語を諳んじるだけの英語力もなく、そこはGoogle翻訳を使わないと読めません。しかもGoogle翻訳って、ホントに単語などを直訳だけするんで、文書として読むのには手間がかかるんですよ。

 そちらにも少し注力したいので、この話題はこここで一旦終わります。

 私はこの「悪魔(サタン、デビル)」は、ある意味で実在し、それを作り出しているのはやはり人間の心なのでは無いかと思っています。

 少し時間がある人は、以下の動画を見てください。


 この動画は西浦和也という怪談師のものですが、この動画の後半に「死なないブレスレット」という話があります。これは西浦和也氏が収集した怪談ですが、ここにも悪魔が登場します。しかし興味深いのは、この悪魔と契約したブレスレットは日本国内の寺院ではお祓いできないという事です。要は仏教では仏と魔を相手にはするけども、西洋の悪魔は別物だと言うのです。

 また別の話ですが、これも以前にこのブログで少し紹介した事ですが、とある大学で心霊スポットを実験的に作ったという事例が過去にありました。その内容ですが、まったく事故の記録のない山道に、大学生が実験的に花束を置いたそうです。すると数カ月の間に、その場所には誰かが花束を置いたりして、そのうちにそこは白い服を着た女性の幽霊が出るという心霊スポットになり、地元の人達の間でも幽霊の目撃談が出て、実際にその体験談が聞かれる様にまでなったと言うのです。

 一般的には何かしら交通事故があり、そこで人がなくなったという事例があって、心霊スポットというのは出来ると思われますが、この大学生の行った実験では、それとは関係なく心霊スポットが出来上がった事になります。

 これらの事を考えてみると、仏教の華厳経に書かれている「心如工画師(心は工なる画師の如し)」とある様に、やはり人の心には、そういったモノを作り出すという働きがあるのでは無いか。その様に思えます。

 人の心が作り出すモノが、「悪魔(サタン・デビル)」であったり、心霊現象なのであれば、そこには宗教的・民族的な傾向が出てくるのは当然であり、これらの様々な事象についても納得出来ると思うのです。

 しかしとは言え問題は、これらの事象が単なる思い込みによる妄想というレベルではなく、物理的な事象をも引き起こす事があり、エミリーローズの映画においても、主人公の少女に様々な問題が発生して、この映画のケースの場合には結果的にその少女は死に至るという事にもなっています。

 また紹介した怪談師の話の「呪いのブレスレット」の話でも、実際に様々な不幸に襲われ、周辺で大問題になっている事を考えた時、これらすべてを「心の働き」と、軽く受け流す事も難しいのではないでしょうか。そしてその現代の科学では未だ解明されていない、こういった「人の心の働きによる問題」という間隙をついて、そこに怪しげな宗教屋や、エセ・スピリチュアリスト、またはエセ霊能者等が入り込み、結果として人の人生を蹂躙するという事態も起きています。

 心理学者のカール・グスタフ・ユング氏は、人の心が起こす物理的な現象を、けして否定せず、まずはある事と受け入れた上で様々な研究を行ったと言われています。そこにはポルターガイスト現象等もあり、傾向としては思春期の少女に発現する傾向が強いと言う事を突き止めました。

 思うに私達は、今ある科学レベルのみの範疇で考え、それ以外を「胡散臭い事柄」だと排除し、無視する傾向がありますが、人の心の実像については、今の科学では未解明の部分も多く、全てに答えを出すことが出来ていません。またそういう事から、様々な偏見や誤解も生じてきている事もあるので、やはりもう私達の認識する範囲を広げる事も考えるべきでは無いでしょうか。

 「生命の時代、心の世紀」という事は、実はそういう事も関係するのではないか、私はその様に、思えてならないのです。


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