台湾治郎

自分の生涯・現在の生活

995 ブログ995 青春の蹉跌。

2014-02-03 15:52:39 | 台湾
石川達三の本です。石川達三は、大体読みました。かれと黒岩重吾の作品が好きでした。青春というのは、いつまで言うのだろう。
10代、20代、30代がギリギリか。
わたしは、現在も・・・。身体が言うことを聞かないでしょう。

若い頃は、みんな失敗をします。人をだますことも、ダマされることも・・
今と成った今では、想い出の一つ。
この主人公は、貧しく育ち、いつか金持ちになりたいとあこがれていた。
彼には、献身的な彼女がいた。そして、幸せに生活していた。
ところが突然、かねもちの美しい女性が現れて、・・・。彼は、この女の結婚すれば、
金持ちになれると思い・・・思惑通りに事が運ぶ。
 一つだけ。邪魔なものが・・・障害があった。
それは、元彼女。彼女のお陰で今日まで生活出来たのに・・・。
かれは、計画的な殺人計画を思い立つ。
いろいろ巡らし、湖に彼女を沈めようと・・・る
結論は、・・・・・。
 是非お読みください。
わたしは、余り悪人には、なれない。人に対しての恨みとかは、ない。
もし、いたとしても、反面教師にして、この人からも学びました。

若い頃は、一杯・・・・しました。
けっしてだますつもりは、全然ありません。
「縁」がその程度だっただけです。
人とひとは、「縁」の中で出会う。
そして、自分なりに良い人、少し嫌な人をかぎ分け・・・。
もうわたしは、良い人しかつきあいません。
 仕事ならつきあいますが、自由時間けずってまで、嫌な人とつきあうのは、ごめんです。
わたしの人生の中で、わたしにダマされたと思っている人ごめんなさい。
良い先生を演じていただけです。
本当は、いつもドス黒い血がどこどこ流れているのです。 今となっては、すべて時効です。


どうかわたしにダマさせたと思っている人ごめんなさい。 再見。


993 ブログ 993 わたしの劣等感。

2014-02-03 02:15:50 | 台湾
わたしは、自分の人生は、劣等感との闘い。
一番は、なんと言っても、「どもり」これは、なぜ起こったのか未だに、わからない。
ただ小学校四年生の時、みんなの前で話そうとしたとき、突然始まった。
どうして、なぜ「ドモル」のか自分ではわからない。只必死に話そうとすればするほど、みんなに笑われた。だから、みんなの前では話せなくなった。ゆっくり話すとそうでもないのだが・・・。わからなった。吃音というものがどうして起こるのか?
十歳で始まり、二十歳ぐらいまで。この十年長かったように思う。
それでも人並みに恋をし、生活的には 、何ら変化は、ない。大学で落語と出会い・・。
これは、すごい。他の人になることが出来る。「演じる」と言うことを覚えた。
演じている人は、不思議とドモらなかった。理由は、わからない。
そんな与太郎や若旦那など、落語の登場人物を自分の生き方に投影すると、言葉がなめらかに話すことが出来た。これは、わたしにとっても、10年来の課題を克服出来た。
これが一番大きい。課題は、誰でも持って居る、劣等感という奴は、誰にもある。どんな大人物だろうと・・・。みんなある。
それが目立つ人のと目立たないだけの差。
 後は、頭が良くないと言うことかな。けど、それは、それぞれの能力の違いだから。
自分の中で、時間さえ掛ければ、解決できると信じている。自分で、そんなにたくさん勉強してこなかった。特に大学時代は、自分の好きなことだけ。好きなことは、そんな苦なくできたが、苦手だと思うと・・。英語がそうだった。「HE」{SHI} の区別が付かなくて、悩んだことを今でも覚えている。自分では、HEと言っているのに、相手には、SHIにきこえるらしい。これは、諦めた。
 今でこそ、小さな問題だが、当時のわたしには、どれも大きな問題。
 そう言う反面。自信があったことは、どんな困難にもめげないこころ。忍耐力。
これは、子供時代の新聞配達から。あさ三時に起きる習慣は、今では、不思議なことだが
当時は、楽にこなせた。それと、身体を切るような寒さ。これは、未だに苦手。
暑さは、耐えられるが寒さは、わたしは、余り得意ではない。
 楽天的な生き方。これは、身につけると、そんなに困らない。それだけ、いろいろ失敗を重ねたと言うことです。結婚して、財布を何度無くしたことか・・・。妻に呆れられた。こんな自分とつきあうのは、もうごめんだと言うときもありましたが・・・。
今も、自己愛は、強い方。だから、人の失敗は、命に関わらなければ、大体許せる。
「にんげんだから」と言う言葉が大好き。  
  今、自分の人生を振り返ると、教師という仕事を選んだことが、大正解。
これ以上、自分のような怠け者にぴったしなしごとは、なかった。
仕事選びは、結構苦労するだろうがやってみると、楽しい。現役教師時代のことは、
わたしには、楽しい想い出。もちろん生徒とのふれあいも。
 今どういうわけか、自分の人生を振り返っている。
ああこんなこともあんなことも・・・。今となっては、良い想い出。
 新しい、想い出を作るために今日は、頑張ろうと思う。
再見。

994ブログ 994 わたしに影響を与えた人物編。 恋をした人達。

2014-02-03 00:38:05 | 台湾
まずは、なんと言っても、「幸ちゃん」。
この人は、わたしの永久のマドンナ。
中学二年生から、この人のことを教師一年目まで、9年間わたしに人を好きになる喜びを教えてくれた人です。想い出も、一つや二つではありません。
今も、元気に生活していると信じています。もう何年も連絡取っていません。
 けど、いいのです。自分の心の中に息づいていますから。
昔、幸ちゃんとの思い出を綴ったら、一万字をゆうに超えてしまったことを覚えています。
その原稿は、データを無くし、・・・。
今それを復元しようとすると・・・、果たして出来るか自信ありません。
ゆっくりゆっくりたどれば、きっと欠けると思うのですが。
わたしの青春時代を代表する人です。いつも彼女の笑顔を想い出して生きて居ました。

 もう一人は、雅代さん。彼女とは、ほぼ1年間の付合い。
幸ちゃんとは、また違うタイプの女性。
耐える女性。いつまでも、待っていてくれた人です。
 後年、退職前に何度か、会い。変わっていませんでした。
今も、昔も。同じ性格で生活していました。迷惑とは、思いましたが連絡し合い、
会いに行ったのを覚えています。

 この二人ですね。妻とは、まったく別物。妻は、妻なんです。
自分の若い頃のノスタルジア。故郷のようなものです。

 誰でも持って居る故郷。そんな若い頃の想い出です。

いつまでも、思っていることだろう。
                       再見。

992 ブログ992 わたしの人生に影響を与えた人物。

2014-02-03 00:34:05 | 台湾
もちろん、家族が一番ですが。家族は、特別です。わたしの場合は、彼女といっしょになっていなければ、別の人生を歩いていたことでしょう。奥さんは、入れません。
 両親です。わたしの原型を作ってくれました。
父は、人は、働いてナンボという考え方。
母からは、人間として、大切な『情』を教わりました。この二人の子供ですから、
わたしは、自分の父・母の元に生まれて良かったと今でも思っています。
 
最初の一人は、やはり、長島先生。
彼の豪放磊落な生き方が大好きでした。彼の家にも、何度か伺ったことがありますが・・。そのままの生き方で、畑仕事に精を出していました。
わたしは、教師像の一つの典型像でした。尊敬していたとも言えます。
最初の学校でそう言う人物と出会えたことは、ラッキーです。
長島先生には、何とも言えない愛着を感じさせてくれる人物。
 もう、一人は、佐藤先生。
この人の精神は、鋼鉄。鋼の如くというのは、この人のことです。
人のため、学校のため、世の中のため・・・。いつも自分以外のことに、一生懸命生きる姿を目の当たりにしました。わたしの最初の学校で、大体一緒でした。
長島先生と佐藤先生。
 この二人がわたしの理想の教師像。
実に両極にいる二人です。それがコンビを組んで、学年運営していました。
このコンビは、漫才をしているような・・・。ぼけが長島さん、つっこみが佐藤先生。
二人の共通点は、人の話を最後までよく聞くところ。
 生徒指導も、同じ。脅すことなく、生徒をじっくり諭します。
ふたりの味は、全く逆。それがまたいい。
この二人と出会ってなければ、辞めていたかもしれない。
これほど、彼らは、わたしの心の中に入り込んでいました。
ひとりは、ま、人間だから、失敗することもあるさ、それより酒飲みに行こうと優しく行ってくれる人物。

一方は、失敗した原因は、何か、これを今後防ぐには、どうしたらよいか具体的に事例を挙げながら考えてくれる。まるで、自分の悩みの如く。
 この二人は、わたしの教師人生には、欠かすことが出来ない人物。

反面教師は、たくさんいました。けど、尊敬できる人物と成ると、そんなに多くない。
すばらしい人・能力のある人たくさんいましたが・・・。人間性という完璧性を求めようとすると、・・・。どうも。どこか計算があるようで・・・。
もう、わたしの人生もそんなに長くないと思いますが、
長島先生、佐藤先生どうか元気に長生きして、世のため人のため、自分のために生きてください。
再見。

991 ブログ991  わたしの人生に影響を与えた本。

2014-02-03 00:22:41 | 台湾
わたしは、そんなに本は、読まなかった。学生時代位まで。
教員になってからは、専ら推理小説。
それでも、わたしの人生に影響を与えた本3冊挙げろと言うったら、
五味川純平の「人間の条件」
石川達三「人間の壁」
夏目漱石「我が輩は、猫である」「大地」パールバック
人間の条件は、戦争をテーマに梶という主人公の生き様。これは、テレビ・映画両方ヒットしました。特にラストのシーンが大好きでした。捕虜収容所を脱走した梶が飲まず食わずにさまよいながら、日本へ帰ろうとする。そして、とうとう彼は、生きるために『饅頭』を中国人から、盗む。見つかり、彼は、ぼこぼこに殴られる。殴られて、かれは、饅頭だけは、守ろうとする。そして、痛々しげに彼は、歩き続ける。
その間、彼は、一週間も何も食べていない状態。
けど、彼は、その饅頭は、食べない、食べずに日本にいる奥さんの美智子へのおみやげにしようとしている。これを読み終えたとき、食欲は、どうして押さえられるのか?
人間には、愛する人のためには、自分の欲求を押さえるちからがある。
愛の力というのは、・・・・。
人間愛をテーマに。
 2冊目の人間の壁は、学校の先生が主人公。
その先生ではないのです。感動したのは、物語の中で「沢田先生」という方が自分のクラスのいじめを発見し、それが許せなくて、いじめ生徒を殴り、学校をやめるところ。
わたしが教師になる前に読んでいましたから、こういう教師にわたしも成りたいとあこがれた本です。
 猫との出会いは、高校時代。どうして、こんなに夏目漱石の猫は、鋭く、人間観察できるのか。人間のおもしろさ、小説のおもしろさ。人間観察・・・、やめられない。
ものの見方・感じ方。一つ一つの猫の観察が実にすばらしい。
ま、そう言う意味では、その後の作品を読んでも、わたしには、「天才」に思えた。

 色々な本から、いろんな事を学んだがどんな本にも、主張があり、作者の魂がある。
これからもいろんな魂とふれあいたい。本との出会いは、人生を豊かに生きる糧になる。
時として、自分の生きるヒントを与えてくれる。
今は、そんなに本は、読まない。日本に帰ったときだけ・・・。すこし、寂しい気もする。
再見。